32.しゅうがくりょこう(ごめんなさい)


———修学旅行のしおり:レポート欄———


■清水寺

飛び降りてもワンチャンありそう


■金閣寺

金色だった


■銀閣寺

銀色じゃなかった


——————————————————



「小学生かっ!」


俺のレポート欄を見た浩二が憤慨した。


修学旅行から帰ったら班ごとにレポートの提出がある。

美麗と宇佐美が作った修学旅行のしおりにもメモ用にレポート欄が設けられていて、2日目の自由行動を終えて旅館に戻ってきた俺達は、部屋で寛ぎながら今日貰ってきた資料なんかを整理しつつその時に浩二が俺のしおりを見たってわけだ。


「いや、施設内に入る時にご自由にお持ち下さいから持ってきたパンフがあれば事足りるかなと」


「それは‥‥うん、確かにそうかも」


実際に印象に残ってるのはパンフでは伝わらない、文字にも表せない事ばかりだからな。


紅葉と相まった清水寺の景観とか、それをバックにした美麗の可愛さとか。

後者に関しては、それこそ念入りに焼きつけた。


そういえば、逆藤ならぬ池に金が輝くように反射した逆金閣寺は綺麗だった。美麗と一緒に逆金閣寺がフレームに入るようにしながら並んで写真を撮ったほどだ。


「夕食まで時間あるけど、どうしよっか?」


確かに、今日は時間が余ったので早めに旅館に戻ってきた。

時計を見ると夕飯までまだ2時間以上ありそうだ。


「そうだなー。飯前に風呂でも行くか?」


「あっ、いいかも」




というわけで、浩二と風呂に向かう事にした。

脱衣所で、一応美麗にも風呂に入ってくるとメッセージを送っておく。


露天風呂の方に行くと、何人かうちの学校の連中がいたが、何故か黙って仕切りの方へ耳を傾けていた。


何だろうか?


俺も湯に浸かりながら聞き耳をたててみると‥



『‥私ね、中学の修学旅行も京都だったの』



この声は、美麗?






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






時間に余裕を持ったプランを立てた為、早い時間に旅館に戻ってきてしまいました。


今は美麗ちゃんと部屋でレポートに使えそうな資料を見たりしていて、ふと美麗ちゃんが顔をあげた。


「‥まだ、夕食まで結構時間ある?」


夕飯の時間は18時半。今は16時なので‥


「2時間以上空いてますね。‥‥そうだ、お風呂に入りませんか?」


結構歩き回ったので、気温自体は肌寒いですがうっすらと汗をかいた事もあり、美麗ちゃんに提案してみると


「‥うん。私も、お風呂に誘おうかなって」


美麗ちゃんも同じ事を考えていたみたいで、嬉しそうに笑いました。


美麗ちゃんとは、何というか波長がとても合う。


行動パターンが同じと言いますか、待ち合わせでお互いに40分前に着いた時はつい笑ってしまいました。



それに‥‥


美麗ちゃんは絶対に人を馬鹿にしたりしない。


女の子は、集まると誰かの悪口を言ったりして盛り上がる事がある。

私はその輪に居るのが苦手でした。


その瞬間の私は、ただ愛想笑いを浮かべて相槌をうつだけの人形となる。


思ってもいない人の悪口を、同調させるように言わせようとする人が嫌だった。

私は愛想笑いを浮かべる。


それに同調して流させようと促す人も嫌だった。

『私も思ってた。宇佐美さんもそう思うよね?』

それに、私はそうですねと返す。



嫌だった。


そんな事、思ってない。


でも‥‥



それを嫌と言えずに、同調して、流される自分自身が‥‥私は一番‥‥


嫌い。






美麗ちゃんと、のんびり露天風呂に浸かりながら、今日の事を振り返りました。


「今日は楽しかったですね。紅葉が綺麗でした」


「‥うん。清水寺から見た紅葉、凄かった」


それから、清水寺の舞台から見えた景色の話をしたり、他にも


「銀閣寺では、青羽君が銀色じゃないってがっかりしてましたね」


「‥昔は、銀箔貼ってたんじゃないか?って言うから、否定したらもっとがっかりしちゃった」


美麗ちゃんが可笑しそうに笑う。


美麗ちゃんと青羽君を見ていると、本当に温かい気持ちになります。


そういえば、明日の青羽君は面白い事になると思う。だって明日は、


「明日、着物着るの楽しみですね」


せっかく京都に来たのならと、朝に着物のレンタルの予約をしました。


出発が少し遅くなり、沢渡君を待たせてしまうのが心苦しいですが、青羽君は美麗ちゃんの着物姿を見る為なら無制限で待てると言っていたので問題無いでしょう。


「‥うん、楽しみ」


美麗ちゃんはそう言って笑うと、その後に物憂げな表情をしました。


どうしたのでしょうか?


「‥静香ちゃん、私‥‥修学旅行、楽しい」


「はい、私も楽しいです」


美麗ちゃんは少し俯いてから口を開きました。


「‥私ね、中学の修学旅行も京都だったの」


「え?ひょっとして、行った事あるところがスケジュールに入っちゃってますか?」


それが言い出せなかったのでしょうか?

でも、美麗ちゃんは首を横に振りました。


「‥私の修学旅行は、初日に全体で行った博物館と、京都駅だけ。自由時間は、渋々私を入れてくれた班の人達に、ついてくるなって言われて‥‥ここで待ってろって‥‥私は、京都駅にある待合室でずっと本を読んでた。班の人達が戻ってきたら後ろを歩いて旅館に戻って‥‥また次の日も同じ」


その言葉は、私の想像を絶するものでした。


イジメと変わらない‥‥いえ、イジメです。

先生にバレないように、帰りだけまるで何もなかったように一緒に帰ってきたのでしょう。


ずる賢くて、醜くて、汚いイジメ。


「‥だからね‥‥今はすごく、すごく楽しい」


顔をあげた美麗ちゃんは


「‥静香ちゃん、私と友達になってくれてありがとう」


そう笑顔で言いました。




友達になってくれてありがとう。


そう言われた私の胸がズキリと痛んだ。

この痛みの原因は分かっています。だって私は‥私には、ありがとうって言われる資格なんて‥


私もきっと、同じ中学の、同じクラスの、同じ班だったら‥‥周りに同調して、流されて、同じ事をしてしまったはずだから。


私は‥‥美麗ちゃんに言わないといけない。


正直に言ってしまったら、美麗ちゃんに嫌われてしまうかもしれない。

そう考えると‥怖い‥怖くてたまりません。


でも、ちゃんと謝りたい。


何のわだかまりも無く、美麗ちゃんと笑いあいたいから。




「美麗ちゃん。私、青羽君の事好きだったんです」


「‥‥ぇ」


「あ、今は違いますよ。青羽君は私の憧れだったんですよ‥‥いいえ、憧れって意味では今でも憧れているんですけどね」


「‥うん」


「自分の言いたい事を素直に言えて、行動もできる真っ直ぐな青羽君に憧れていたんです」


私は‥‥


「青羽君みたいになりたかった」




青羽君は誰が嫌われているとか、そういうの全然気にしなくて。


嫌われている人が1番あぶれてしまう体育の授業でのペア決めなんかでも、


『ペア決まってるか?俺余ってんだよ。良かったら組もうぜ』と声をかけたり。


だけど、近くにいた私は聞いていました。

その前に、『浩二、悪い。他のペア探してくれ』と小声で沢渡君に言うのを。


それは、私の理想とする姿で。

私では、なることができない姿。


沢渡君も仕方ないなって顔して笑ってて、こんな風に分かり合える友達が欲しいと思った。



クラスで、美麗ちゃんがブスだと陰口を言われていた時も、私は何も出来なかった。

何も出来ないどころか、思ってもいない相槌さえうった。


私は、知っていたのに。


放課後にサボって掃除されていないはずの教室で、気持ちよく授業を受けられるのが誰のおかげなのか。


殺風景なはずの校舎の一画に咲く色とりどりの花を見て綺麗だなと心癒す事ができるのが誰のおかげなのか。




「私、本当は、ずっと前から‥‥美麗ちゃんと友達になりたかったんです」


私は‥‥


「でも、私は臆病で‥‥美麗ちゃんに声をかけたら、私も孤立するんじゃないかって‥‥怖くて‥声をかける事もできなくて、‥青羽君みたいにはなれなくて‥‥周りの目ばっかり気にして」


美麗ちゃんに‥‥


「私は‥‥ずるいから‥‥美麗ちゃんに声をかけたのも、美麗ちゃんが陰口を言われなくなった後で‥‥」


謝らないといけない。


「ごめん‥っ‥なさ‥い‥」


泣いたら‥‥だめです。


「こんなっ‥‥卑怯な私なんて‥‥友達‥失格ですよね‥‥だから、私は、美麗ちゃんに、ありがとうって言われる資格なんて‥ないんです」


泣いてしまえば、優しい美麗ちゃんはそれだけで許してしまうから。


「でも‥‥どうしても‥‥謝りたくて‥‥ごめっ‥な‥っ‥さい」




「‥静香ちゃんは、私と友達なの、嫌?」


「そんなことないっ!私はっ‥ずっと‥美麗ちゃんと‥‥友達でいだいでず」


涙をこらえて、声が震えて、もう上手く喋る事もできない。

だけど、これだけは伝えたい。

私は、美麗ちゃんと、ずっと友達でいたい。


「‥うん、私も。静香ちゃんは大切な友達。ずっと友達でいたい」


そう言うと美麗ちゃんは、ゆっくりと抱きしめてくれて


「‥私は、静香ちゃんに感謝をしても、恨んだ事なんてないよ。そのお話を聞いた、今でも。」


美麗ちゃんの温もりが、優しさが、私を包み込んでくれて


「‥だから、もう1回言うね。‥‥静香ちゃん、私と友達になってくれて‥‥ありがとう」


「美麗ちゃんっ‥っ‥ぅ‥ぅう‥ひっく‥‥美麗ちゃぁぁぁん」


もう、涙をこらえる事なんて、できませんでした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






良かったな‥‥美麗。

汗とは違う、少し目尻に溜まった雫を拭った。


妙に静かな隣を見ると、



‥‥‥って、うお!浩二が隣で号泣してる。


「おっ‥おでっ‥っ‥だめなんよ‥っ‥こういうの」


「お、おう。そうか」


周りを見ると、何人か確実に汗とは違うものを目から凄い勢いで垂れ流している。



俺は、そっと風呂から抜け出した。



部屋に戻っても浩二はいないし、湯冷しに旅館の周りを散歩していると美麗から電話が来た。


『響君!?大丈夫?』


美麗が一拍置かずに喋るのは相当焦っている時だ。どうしたんだ?


『今、風呂上がりに旅館の周りを散歩してるんだが、どうしたんだ?』


『‥なんか、脱水症状で男子が何人かお風呂で倒れたって聞いて‥』


『あー‥』




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