28.ふりかえり
「おはよう、美麗」
「‥おはよう、響君」
いつもの待ち合わせ場所で、いつもの挨拶。
違うところを挙げるなら‥‥
「冬服だな」
「‥うん、響君も」
「花壇の花、何か種類変わってきた気がするけど、10月はどんな花が咲くんだ?」
「‥えっと、10月はシクラメンとパンジーはもう少しだから‥‥あっ、ガーベラがそろそろ咲くと思う。それと———」
季節は移ろい、10月。
青々としていた木の葉も黄色や赤のような暖かな様相に色付いてきて、制服も衣替えで夏服から冬服へと変わった。
今年の夏は本当に最高だった。
海では体力の95%をクロールに費やすという失敗をおかしたが‥‥
あの後、『戻ってくるのが遅い』『お腹減った』とスゲー怒られて、食後のデザートのカキ氷を全員分奢る事になった。
そして顔だけ出して砂に埋められた。
それと、美麗と水族館にも行った。
『‥ラッコ可愛いね』と貝を割るラッコを見て笑う美麗。
そんな美麗を見て抱きしめたい衝動を抑える俺の理性が割れそうだった。
美麗はお弁当を作ってきてくれていて、少し味付けが変わっていたので聞いてみたら俺の母さんから俺の好みの味付けを教わったから、それを自分なりにアレンジしてみたらしい。
正直めちゃくちゃ美味かった。
美味い美味いと食べる俺を見て『‥やったぁ』と小さくガッツポーズをしながら嬉しそうに笑う美麗を見て俺の理性が割れた。
帰りにお揃いのようなイルカが描かれているスマホケースを買った。
スマホをくっつけると、俺のスマホケースの青いイルカと美麗のスマホケースのピンクのイルカがキスをしながら尾ひれをくっつけてハートマークを作り出したりする。
この話を浩二にしたら『もう‥‥やめて‥‥』と言いながら顔を両手で覆った。
美麗と花火がある夏祭りにも行った。
髪の毛をポニーテールにした浴衣姿があまりにも可愛くて、ずっと可愛いと言っていたら真っ赤になった美麗に突然頬にキスされて
『‥それ以上言うと、次は口を塞ぐから』
と言われ、これはもっと言うべきなのか、やめておくべきなのかを何度目になるのか分からない脳内響会議で討論した。
ちなみにこの会議は当日中に結果は出なかった。
ちょっと期待しながら30分に1回程度に言ったりはしたけど。
あんず飴を咥えながら夏祭りを手を繋いで2人で歩いて、たこ焼きのソースが俺の顔についてるって言われて2人で笑い合って、最後には花火を見て。
こんなに花火が綺麗だと思った事は無かった。
いや、今まで花火を見ても特に何も感じなかったんだ。
好きな人と‥‥美麗と一緒に見るからこそだな。
美麗と公園で『暑いなー』なんて言いながらアイスを食べたりもした。
そう、そんな事でも楽しいんだ。美麗と一緒なら。
9月になって学校が始まると、10月に開かれる文化祭の準備が始まるのだが、ここでちょっとした揉め事が起こった。
というのも、メイド喫茶をゴリ押しする男子に女子がブチギレて【男女混合メイド喫茶】なる混沌としたものをやる事になったんだ。
つまり、女子と‥‥男子がメイドの衣装を着て接客をする。
美麗のメイド姿見たいなー。と静観していたのがあだとなった。
男女一組となって、女子が男子を監修する。
希望のペアがいなければくじ引きで決めるという話になり、俺は当然美麗とペアになった。
5着分程、男子用の衣装やウィッグまで驚安の殿堂で揃えられ‥‥もう逃げられない。
ちゃんと衣装が入るかの確認を日別で設けて、俺の番になった時。
美麗の部屋で化粧を施されウィッグを被った俺を見て、美麗は目を見開いた。
『!‥‥‥早苗さん』
だよな‥‥そうだよな。
女顔だから女装が似合うとか、そういう話ではなく俺が女装すると母さんになる。
予想はしていた。
鏡を見せられて俺の口角は引き攣った。
そんなこんなで準備は進み‥‥
そして今日が文化祭当日だ。
「———響君、聞いてる?」
そう言って美麗が覗き込んでくるが、もちろん聞いている。
「ああ、ガーベラって白とかピンクとかオレンジの平べったい感じに咲いてる花だよね?」
「‥うん。‥‥何か考え事してた?」
「んー‥‥今年の夏は美麗のおかげで楽しかったなって」
「‥私も、響君と一緒だから楽しかったよ」
美麗が立ち止まって繋いだ手を少し持ち上げて、もう片方の手で俺の手を包み込んだ。
温かい。
俺は空いている方の手で美麗の頭を撫でた。
くすぐったそうに、気持ちよさそうに美麗が目を細める。
そこからは、夏休みの事を話しながら学校へと向かった。
学校に着いて花壇の世話を終えると、メイド喫茶の準備を始めたのだが‥‥
思えば俺は美麗が爆笑するところを見た事が無かった。
まあ、美麗は指をさして爆笑するタイプではなさそうではあるが。
それが今‥‥浩二を見て、口を必死に結びながらも堪えきれずにモニョモニョとさせて肩を震わせている。
爆笑一歩手前といったところか。
当日までは、特に男子のメイド姿はペア以外にはなるべく見せないように秘密とされていたんだが、浩二は顔が濃いしガタイもいいからメイド姿のインパクトが半端なかった。
某念能力漫画のビ◯ケを彷彿とさせられて俺も爆笑させられた。
満更でもなさそうに美麗と、ペアの宇佐美の前でポージングをして笑かせる浩二が羨ましくてしょうがない。
俺はといえば‥‥
「俺、青羽いけるかもしれない」
「待て!それは開けてはいけない扉だ」
「なあ、青羽。一度でいいんだ。一人称を僕にして俺を罵ってくれ」
「駄目だこいつ等‥‥早く何とかしないと‥」
男の娘として大人気だ。
母親を変に口説かれているような複雑さもプラスされて気分は最悪だ。
女子は女子で、『自信を無くした‥』と言いながら膝をついてorzな体勢になってゆく。
おい、お前等が決めた企画だろうが。
こうして、混沌とした喫茶店は、混沌とした状態で開店した。
俺が男子に指名される度に段々と目から光を失ってゆくクラスの女子達。
『俺はノーマルなんだ』と繰り返しブツブツ言いながら、たまに頭を抱えるクラスと客の男達。
女子の客も俺だと気付くと『負けた‥』と言って暗い表情になってゆく。
唯一違ったのは、休憩中の美麗と一緒に来た白百合に指をさされて爆笑されたくらいか。
そうだ‥‥完全に盲点だったが、ペアの片方が仕事中は片方が休憩という形式になっていて、美麗と一緒に文化祭を回れなかった。
美麗は白百合とか宇佐美と一緒に回れて楽しめたみたいで良かったけど。
来年は受験とかあるけど、絶対に一緒に回ろうと約束した。
そして‥‥
俺は指名ナンバーワンになり、黒歴史が刻まれながら誰も幸せになれないうちのクラスの文化祭は幕を下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます