26.ちちおや


「会いたくて会いたくて震える」


「相沢ちゃん、今日は女子会だっけ?」


誕生日の翌日の昼過ぎ、今日は浩二の家にきていた。


ちなみに昨日の夜は胸が苦しくて中々寝付けなかったから、腕立て伏せと腹筋を延々とやっていて今は若干筋肉痛気味である。


‥‥起きたのも昼前だったし、夏休みに入ってすぐに生活リズムが乱れてるな。

明日は美麗と朝学校に行くから今日は早く寝よう。



「ああ‥‥って、何で知ってるんだ?」


「終業式でいいんちょーから聞いたんよー。めっちゃ楽しみにしてたみたい。んで?会いたいなら女子会後にでも会ってきたら?」


「今日はまずい‥‥今日の俺は、美麗の前では『あ』と『う』しか喋れない変な生き物になってしまう‥多分」


昨日の帰りまでは平気だったんだ‥‥だけど、今美麗の顔を思い浮かべるだけで‥‥ッ


「おー、耳まで真っ赤な茹で響が出来上がった。なになにー?昨日の誕生日、盛り上がってチュウでもしちゃった?」


「ッ!‥‥聞いてくれ!浩二」


誰かに聞いてもらった方が少し冷静になれるかもしれない。

俺は浩二の肩をガシッと掴んだ。


「ぇ‥やだ、怖い。聞きたくない。お砂糖はっ、お砂糖はやめてっ!」


浩二が首を横にブンブン振っているが、無視だ。


「まず、朝の事なんだがな———」


と、昨日の事を始めから言おうと思ったところで



ガチャっとドアが開く音がして



「おにぃ〜、中学の時にやったテストとか残ってたら頂戴」



と、浩二の部屋に訪問者が現れた。ノックは無かった。


「あ、響さん。こんにちは‥‥って、2人で何してるんですか」


「ん?おう、弥生ちゃん久しぶり」


今の俺の体勢は‥‥身を乗り出して俺が浩二の肩を掴んで‥‥うむ、絵面が良くないわこれ。


「マジで響に惚気られる5秒前だったよ‥」


「あ、響さんの彼女の話してたんだ」



沢渡弥生、中学3年生の浩二の妹だ。

前髪を真ん中あたりでちょんまげみたいにヘアゴムで括って、学校のジャージにTシャツというTHE部屋着スタイルの弥生ちゃんは、浩二の部屋に入ってくると隅で畳んである浩二の布団の上に座った。

弥生ちゃんに美麗の話をした事はないが、浩二が言ったのだろう。


「んー、テスト残ってたかなー」


俺の拘束から抜け出した浩二がガサゴソと机の引き出しを漁っているのを見ながら、思いついた。


「弥生ちゃん。俺が受験の時に使ってた参考書もろもろ、探せばまだあると思うからあげるよ」


俺がそう言うと、弥生ちゃんはパンッと胸の前で手のひらを打ち鳴らした。


「わっ!マジですか。さすが響さん、イケメン。格好いい。結婚してください」


「無駄だよ弥生。響と相沢ちゃんのカップルには1ミリも隙間が無いから。むしろ容量を超えた糖が溢れてる」


「む〜、今は受験勉強で忙しいけど、高校に入ったら素敵な彼氏絶対見つけるんだから」


そう言ってポフっと浩二の布団に体を倒した弥生ちゃんに苦笑した。


「おう、頑張れ受験生。ちなみに高校はどこ狙ってんだ?」


「高校はですね‥‥」


弥生ちゃんは学区内の公立で1番の進学校が希望らしい。うちの高校は2番だが、この夏休みの学力の伸び次第ではうちの高校に進路変更するとか。



「それよりも!響さん。響さんを落とした彼女さんに興味があります!響さんの彼女さん、可愛いですか?」


急に起き上がって目をキラキラとさせて弥生ちゃんが聞いてくる。


「マジ天使。目に入れても痛くない。むしろ目に入れたい」


「響さんのキャラが明らかに変わってる‥‥おにぃから見ても可愛い?」


「んー‥‥ねえ響。いいのかな?俺が相沢ちゃんの事、可愛いって言っちゃって」


「ッ、今は‥いい。だけど‥‥美麗に向かって可愛いって言う男は俺だけがいい‥‥」


あの、少し照れたように笑う顔は‥‥できれば、俺にしか見せないでほしい。


「お〜、独占欲ってやつですねー。というかそのセリフ、『お前に向けて可愛いと言う男は俺だけでいい』って壁ドンでもされながら言われたら鼻血でそうですね」


‥‥今度言ってみようかな?



浩二が中学の頃のテストをいくつか弥生ちゃんに渡して、しばらく浩二と部屋でだらだらゲームをしていると俺のスマホが鳴った。


ん?母さんからメッセージ?


「相沢ちゃん?」


「いや、母さんから。何か今日はご馳走用意するから飯は食ってくるなだって」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




結局、喫茶店には3時間くらいいて、最後に海に行こうという話になった。


そして、今日のところは解散で今度は3人で水着を買いに行こうと約束した。


‥‥楽しみ。



しばらく家に向かって歩いていると、メッセージが届いた。

響君かな?そう思ってスマートフォンを見ると



青羽早苗:美麗ちゃん、今暇かしら?夜までで予定ある?


早苗さんだった。特に予定も無かったので即答する。


相沢美麗:大丈夫ですよ


青羽早苗:私からも響に何か誕生日プレゼントあげようかなって考えたらね、ここは美麗ちゃんに来てもらうのが一番のプレゼントかなって


青羽早苗:というわけで一緒に夕飯作らない?あっ、響には内緒ね


相沢美麗:分かりました。すぐに向かいますね


今日は響君に会いたかったから、嬉しい。

お母さんに連絡を入れて、私は響君の家に進路を変えて歩き出した。






「響はね、少し薄味というかサラッとした方が好みなのよ」


「‥はい、覚えました」


早苗さんに響君の好みの味付けを教わる。


夏休みになったばかりだけど、今から学校が始まってお弁当を作るのが楽しみになってきた。

響君が美味しいって言ってお弁当を食べてくれる姿を思い浮かべて頬が緩む。


しばらく早苗さんと料理を作っていると、玄関の方でドアが閉まる音がしたので、響君が帰ってきたのかな?と思ってリビングの入り口を見ると



「ただいま」


と短い黒髪にがっしりとした体格の、スーツ姿の男の人が入ってきた。


目がキリッっとしていて、厳格そうな人だなと思った。


「パパ、おかえりー」


早苗さんがそう言って、一瞬遅れてこの人が響君のお父さんだと認識した私は、すぐにその人のところへ向かって


「‥相沢美麗と申します。響君とお付き合いをさせてもらってます。宜しくお願いします」


そう言ってお辞儀をした。

顔をあげると‥‥



響君のお父さんは眉をひそめていた。



第一印象で嫌われてしまった。



そう思ったんだけど‥‥何だか‥‥違う。

視線から、嫌な感じがしない。

これは‥‥‥緊張‥‥している?


暫く目を合わせていると、響君のお父さんはゆっくりと口を開いた。


「響を‥‥‥‥‥‥」


「‥‥」

私は息を呑んだ。


「‥‥‥‥‥‥頼む」


「‥はい」


「‥‥‥‥‥‥これ」


と、何かお菓子が入っているような箱を手渡された。


「ぷっくくくく」


早苗さんがお腹を抱えて笑っている。


「大丈夫よ。この人ね、若い女の子との接し方が分からないだけだから」


はーお腹痛いと言いながら早苗さんは続ける。


「女性社員が一切いないむさっくるしい職場みたいで‥ま、私としてはその方が安心なんだけどね。それで、今日響の彼女を家に呼んでるって言った時のメッセージの返事の焦り具合もほんとに面白くって‥‥見る?」


「お、おい早苗」


響君のお父さんがおどおどしていて、私が最初に抱いた厳格そうといったイメージも少しずつ変わってきた。


「ふふ、旦那様の威厳のために黙っておきますかねー」


「‥‥着替えてくる」


そう言ってリビングから出て行き、ドアが閉まる寸前にまたドアが少し開いて、響君のお父さんが顔だけだした。


「‥‥言うなよ?」


「はいはい」


早苗さんはそう返事をして、ドアが閉まるのを見届けると


「あっ、それ駅前の評判のいいケーキ屋さんのケーキだから後で食べましょ。『何か用意した方がいいんじゃないか?』『どんなものが喜ばれる?』って聞いてきたからケーキでも買ってくれば?ってお店のリンク送っておいたのよ。その後も『響の彼女は生クリームとチョコレートどっちが好きなんだ?』とか聞いてくるし」


‥‥これは言ってしまってないだろうか?


「無愛想な人だけど、悪い人じゃないのよ?どちらかというと面白い人なんだけど‥‥」


「‥はい、悪い人ではないって分かります。でも面白い人‥なんですか?」


「そうねえ‥‥あ!プロポーズを受けた後の話なんだけど、婚姻届を書いてる時にね、一緒に離婚届も渡されたのよ」


「えっ!?」


「その時の言葉がね、『僕は面白くもない人間だし、仕事が忙しくなると家を空ける事も多くなるかもしれない。それで、つまらないとか、寂しい思いをさせてしまって‥‥もしも君が浮気をしそうになったら、浮気をする前にこれに名前を書いて提出してほしい。ただ、これだけは言っておく。僕は君と一生を添い遂げたいと思ってる』って」


そう言って早苗さんは懐かしむように笑った。


「ね?面白い人でしょ?そう言われて思ったのよ。馬鹿にすんなって。浮気なんてしてやるもんかって」


それは、とても‥‥素敵なお話だと思った。

そして私もいつかは響君と———




そんな幸せな未来に思いを馳せていると


「ただいまー‥‥って、あれ?この靴って」


そんな声が聞こえて、響君がリビングに入ってきた。


「美麗‥」


「‥響君」


さっきまで想像していた事と‥‥響君の顔を見て昨日の出来事を思い出してしまって、響君の顔をまともに見れない‥‥


バッっと俯いてしまったけど、チラッと響君を見ると、響君も顔を逸らしていて、


ぁ、目が合って‥ッ

私はまた俯いてしまう。


そこで、


「おやおやおやー」


と、早苗さんが楽しげな声を出した。

早苗さんの方を見ると、ニンマリと表現できるような笑顔をしていた。


「響、ちょっとこっちにいらっしゃい」


「何だよ‥」


早苗さんに呼ばれて、響君が近くに来たところで


「ふんっ!」


と、響君が早苗さんに押されて


「んなっ!?」

「ひぅ!」


響君は私に覆い被さった。


「あ‥う。うあ‥‥う」

「ぅぁ、う、うぅ」



嬉しさと、恥ずかしさと、でも離れたくないと響君は私の背中に手をまわしてくれて、私も響君の服の胸元をギュッと掴んで、言葉にならない言葉を出す私と響君。


早苗さんの前だったと思い出して早苗さんを見ると、早苗さんは満面の笑みで口を開いた。




「何これ、超面白い」




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