25.じょしかい


響君の誕生日の翌日の朝。

夏の日差しが燦々と照りつける中、私は花壇のお花に水をあげに学校へ向かっていた。


毎日、響君と一緒にやっていた水やりだけど夏休み中はどうするかという話になって、私は学校から近いから出来るだけ毎日行くけど、響君は少し遠いから3日に1度という話に落ち着いた。


響君は毎日来たいって言ってくれたんだけどね。




‥‥‥響君


昨日‥‥‥キス、したんだよね。


私は足を止めて、そっと指先で自分の唇に触れた。

本だと、初めてのキスはレモンの味がしたとかいうけど‥‥違った。



響君の温もりが伝わって‥


響君の気持ちが伝わって‥


もう、響君の事しか考えられなくなるくらいに満たされて、そう、



あれは‥‥幸せの味だった。


「ッ!ッ!」


昨日の事を思い出してしまって、無意識に自分の二の腕をペシペシと叩いた。

昨日の夜、あれだけベッドの上でバタ足をしてもずっと胸が苦しかった。


今もそう。

苦しいと言っても嫌な苦しさじゃなくって、収まりきれない好きという気持ちが溢れて止まらないような、そんな感じで。




‥響君に、会いたいな。


私は、3日に1度にしてもらった事を少しだけ後悔した。






昼過ぎ、私は喫茶店で愛ちゃんと宇佐美さんが来るのを待っていた。

愛ちゃんとも、宇佐美さんとも、2人で出かけた事はあったけど、3人で外で会うのは初めてだったから楽しみで早く着きすぎてしまった。



「相沢さん」


「‥あ、宇佐美さん」


メニューに載っているケーキを見ていると、宇佐美さんがかなり早めに来てくれた。


宇佐美さんはとっても可愛い。

学校ではいつも眼鏡をかけているけど、今日はコンタクトにしているみたいで眼鏡はしていなかった。

ミドルヘアの黒髪を内巻きにしていて、薄いグリーンのノースリーブのブラウスに黒のタイトスカートがすごく似合っている。


「待たせてしまいましたか?」



宇佐美さんが申し訳なさそうな顔をするけど、そんな顔しないでほしい。

だって‥‥まだ待ち合わせの30分前だよ?


宇佐美さんは優しいから、待たせないようにいつも待ち合わせより早く来る。

前にもお互いに待ち合わせの40分前に来ちゃった事があって‥あの時は、待ち合わせ時間意味ないねって2人で笑っちゃった。



私は首を横に振った。


「‥楽しみで、私が早く着いちゃっただけだから‥‥気にしてくれて、ありがとう」


宇佐美さんは柔らかく微笑んで席についた。




それから、私がアルバイトをしていた喫茶店の話を少しした。

店長の宇佐美さんの叔父さんが『美麗ちゃんが作る料理美味しかったから、いなくなって味が落ちたって言われたらどうしよう』と半泣きになっていたと教えてくれた。


冗談だったとしても‥‥嬉しい。



そこで、宇佐美さんが真剣な顔になった。


「あの、相沢さん‥‥私もっ‥‥美麗ちゃんって‥‥呼んでもいいですか?」


「!‥う、うん」


「やったっ、それで‥私の事も名前で呼んでくれたら‥‥嬉しいです」


「‥静香ちゃん」


「美麗ちゃん」


くすぐったくて、ちょっとだけ恥ずかしい。

宇佐美さん‥‥静香ちゃんと、もっと仲良くなれたみたいですごく嬉しい。


「ふふ。少し、照れますね」


「‥うん、照れる」


そう、2人で笑い合っていると‥‥



「だからっ!着いてこないでって言ってるでしょ!」


「いーじゃん。あ!会うのってその子達?ほら、俺等もちょうど3人だから一緒に遊ぼうよ」


そんな声が聞こえたのでそっちを向くと、愛ちゃんと見たことのない3人の男の人がいた。


愛ちゃんは席の前まで来ると


「ごめん、入り口で変なのにつかまった」


そう言った後にキッとした顔をして3人の男の人の方へ顔を向けた。


「言っておくけど、この子の彼氏めちゃくちゃ恐いからね?手を出すと小指が無くなるかもしれないわよ?」


そう言って愛ちゃんは私を見た。



えっ!?響君、恐くないよ?



「‥‥え?」

「小指って‥‥そっち系か?」

「おい、マジだったらやべーよ」


3人は小声で何かぶつぶつと喋り出して


「お、俺達ちょっと用事できたから」


そう言って喫茶店から出て行った。




「はぁ‥‥鬱陶しかった」


そう言って席に着いた愛ちゃんにこれだけは言っておこう。


「‥響君、優しいよ?」


そうしたら愛ちゃんは笑顔になって


「ふふ‥試しにナンパされてるってメッセージ送ってみたら?すごい顔しながら物理法則を超えて5分で駆けつけるわよ、きっと」


と言って、静香ちゃんも


「ありえますね」


そう言って笑った。


私も‥‥少しだけ、本当に5分で来てくれるかもしれないと思ってしまった。




3人集まって、愛ちゃんの飲み物が届いたところで、話は昨日の私のデートの事になった。


「それでそれで?観覧車に乗ってどうしたの?」


「‥一緒に写真撮った」


「わー!見たいです」


「‥えっと、これ」


私は、昨日観覧車で撮った写真を表示させたスマートフォンをテーブルの上に置いた。


「きゃーっ」


静香ちゃんは両手で顔を覆って、足をパタパタさせた。


「幸せオーラが可視化できそうね」


愛ちゃんはそう言ってコーヒーを飲んだ。

愛ちゃんには可愛い飲み物が似合いそうだけど、最近よくブラックのコーヒーを飲んでいる気がする。

それはそれで、大人っぽい愛ちゃんに似合ってはいるんだけどね。


愛ちゃんはストローから口を離すと口角を上げた。


「そんないい雰囲気だったんなら、キスの一つでもしたんじゃないの?」


そう、愛ちゃんに言われた瞬間、私の顔は沸騰した。



「‥‥え、ホントに?」

「‥‥したんですか?」



私はコクリと頷いた。


「‥観覧車じゃないけど‥‥キス‥してもらった」


「ど、ど、どうでしたか?」


静香ちゃんが前のめりになった。

うぅ‥‥顔が熱い。


「‥幸せの‥‥味がした」


私がそう言うと2人は顔を両手で覆ってテーブルに突っ伏した。






「‥‥糖死しそう」


愛ちゃんがボソっと言った言葉の意味は分からなかった。



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