24.たんじょうび(やくそく)


暗くなる前に遊園地を出た帰り道。

辺りが薄暗くなってきたのが電車の窓から見えたところで、美麗が最後に連れていきたいところがあるというので、最寄駅の2つ手前の駅で降りた。


少し寂れた自然公園のような場所で、今は丘の上に向かって歩いている。

日中の蒸すような暑さを取り去ってゆく夜風が気持ちいい。


「‥来たことある?」


「初めて来た。こんなとこあったんだな」


「‥今日のデートの場所を色々探して、見つけたところ」


美麗がそう言ったところで丘の上に着いた。




開けた景色を見て、一瞬言葉を失った。


「‥ここね、星降りの丘って言うんだって」


そこは、白い星の形をした花が確かに降ってきたかのように一面に咲いていて、夏なのにまるで雪景色を見ているかのような幻想的な光景だった。



「綺麗なところだな」


「‥うん。調べた時に言い伝えみたいなお話も載ってた」


「どんな話なんだ?」


俺が聞くと、美麗はゆっくりと前に歩き出して、白い花が生み出す雪景色に向けて喋り出す。



「‥300年くらい昔、この近くに仲睦まじい夫婦が住んでいて、ここは夫が妻に想いを告げた思い出の場所だったの」


確かにこんなに綺麗な場所での告白なら思い出の場所にもなるだろう。


「‥戦が始まって、武士である夫は駆り出されて、妻は夫の無事をこの場所で毎日祈り続けた。‥‥でも、いつまで経っても夫は帰ってこない」


悲恋の話だろうか‥‥。


「‥何故ならその頃、夫は目に傷を負って味方とも逸れてしまって、独りで真っ暗闇の世界にいたから。でもね、夫は真っ暗闇の世界のはずなのに僅かな光が見えていたの。その光に向かって、何度も躓いたり、ぶつかったりしながらも夫は歩き続けた」


そこまで話したところで、俺の少し前で背を向けていた美麗が振り返った。


「‥そしてついに光に辿りついたの。そこにいたのは夫が愛してやまない妻で、そこは2人の思い出の場所‥‥ここなんだって」



‥‥思った以上に情緒溢れる話だった。



白い花と美麗の長くて綺麗な髪が風に揺れて、美麗がまるで踊っているように見える。


「‥響君、今日は楽しかった?」


「ああ、最っ高に楽しかった」


俺が笑うと美麗も嬉しそうに笑う。


「‥良かった。私は今日、響君にね『ありがとう』って言いたかったの」


「え?いや、お礼を言うのは俺の方だろ」


そう言うと、美麗は首を横に振った。


「‥私だよ」



美麗が静かに歩を進めて、俺の手を取ると両手で優しく包み込んだ。


「‥響君、喜んでくれるかな?そう考えながらするアルバイトは、楽しかった。だから、ありがとう」


「‥私は響君のおかげで塞ぎ込んでいる自分を変える一歩を踏み出す事ができた。だから、ありがとう」


「‥今まで、お母さんと一緒に料理なんて作った事なかったの。だけど今は2人で笑いながらお弁当作ったりしてるんだよ?これも響君のおかげ。だから、ありがとう」


「‥私は響君に見つけてもらえなかったら、多分今もずっと独りのままだった‥‥だから、私を見つけてくれて、ありがとう」



そこまで言うと、額を俺の胸にあてた。


「‥響君。もし私を見失う事があっても、また私をちゃんと見つけてね」




本当に‥‥この、俺の可愛い彼女は、何回俺の胸をいっぱいにすれば気が済むのだろう。


もう‥こんなのさ、言葉にできるわけないじゃないか。



「美麗‥」


美麗の頬に手を添えると、美麗はそっと目を閉じて



星の降る夏の雪原で、俺と美麗の影が重なった。











駅から美麗の家まで送る途中、愛しさと嬉しさとほんの少しの気恥ずかしさで無言になる中、俺は宣言する。


「あのさ、美麗。約束するよ。俺は美麗を見失ったりしない‥‥けど、もし‥もしも見失う事があったとしても、絶対にまた美麗を見つけるから」


そう言って繋いだ美麗の手を離さないと言うように、ほんの少しだけ力を入れて握ると


「‥うん、約束」


美麗も離さないでねと言うように握り返した。




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