23.たんじょうび(しゃしん)


駅前で思わず美麗を抱きしめてしまったわけだが、俺は悪くない。

可愛い美麗が悪‥‥いや、美麗に悪いところなんて一つも無いな。


つまり誰も悪くない。


段々と冷静になってきた頭でそんな事を考えていた。


このままずっと抱きしめていたい気持ちと、美麗を困らせたくない気持ちがせめぎ合っていると、美麗が身じろぎする気配がして一瞬にして冷静さを取り戻した俺は


「急にごめん」


そう言って美麗を離そうとした‥‥



のだが、美麗の方が離さないとばかりに俺の背中に手を回してギュッと体を寄せて、小さな声で


「‥今日は、いいよ」


と囁いた。




じゃあな、冷静な俺。






そんなわけで、不足していた美麗成分を駅前で補充したのち、俺と美麗は遊園地に来ている。



教室で浩二とたまたま遊園地の話になった事があって、たまには絶叫物でも乗りたいよなとか言っていたのを聞かれていたようだ。


特には浩二と行くなんて話はしてなかったのに、事前に美麗が『‥ごめんなさい。私が響君を遊園地に誘ってもいいですか?』と、浩二に確認をとったというのが何とも美麗らしい。



遊園地のフリーパスまで美麗が用意してくれていて、これはもう美麗の誕生日は半年以上先だけど今から色々と計画しようと。そう思った。




「次はどこ行ってみようか?」


ちなみに今はお化け屋敷から出てきて、休憩スペースで一息ついているところだ。



遊園地に着いて、まずは美麗に絶叫系は大丈夫か聞いてみたところ、まさかの乗った事が無い発言でとりあえず一番マイルドそうな絶叫系アトラクションに乗ってみたら意外と平気そうだった。


一度昼を挟んで、美麗が好きそうな童謡が舞台のメルヘンなアトラクションに乗ろうと提案すると美麗が嬉しそうに笑ったのでその笑顔に癒されつつ、ゆったりと午後の部が始まり一番ハードな絶叫系アトラクションに乗っても美麗は平気そうだったので趣向を変えてお化け屋敷に入ってみたわけだ。



それにしても、お化け屋敷があんなにいいものだったとは‥‥


ただ暗いだけの空間で、作り物のギミックが動いたり仮装した人が騒いだりするだけ。

そういう認識だったんだが、認識を改めなければならない。


俺に震えながらしがみつく美麗を尻目にお化け役の男は目で語っていた。


『俺、いい仕事しただろ?』


と。


お化け屋敷は素敵なところである。




「‥もう少しゆっくりしたいから、観覧車に乗りたい。‥いい?」


「ん、了解」


先に席を立って座っている美麗に手を伸ばすと、ありがとうと言って嬉しそうに美麗が握ってくれる。

こういう小さな事でも幸せを感じる。




観覧車は終盤に乗る人が多いのか、夕方前のこの時間は空いていて、すんなりと乗る事ができた。


景色を楽しんだり、パンフレットを開きながらここ行ってみる?なんて話をして、もう少しで頂上といったところで隣にいる美麗が俺の目を見て少し照れたように


「‥響君、お願いが‥あるんだけど‥いいかな?」


と言った。


「ん?何だ?もちろんいいぞ」


それに俺は笑顔で応える。


内容次第?いやいや。美麗のお願いなら何でも聞くし、叶えてやりたい。


俺の返答を聞いた美麗はゆっくりと立ち上がり‥




俺の膝の上にちょこんと座った。




へ?



んんん!???




「あ‥‥え?」


焦る俺をよそに美麗は静かに背中を倒す。


俺の胸にくっついた美麗の背中からトクントクンという心音が伝わる。

‥‥多分これ、俺の心音も伝わってるだろうな。


すると、美麗がスマホを掲げて内側のカメラに切り替えた。


「‥写真、撮りたい」


そういう事か。俺は美麗の肩のあたりから顔を覗かせる。

美麗の髪からふんわりとした花のようないい香りがした。

2人でカメラに向かって笑いかけてシャッター音がなる。


「これがお願い?」


「‥うん。2人で写ってる写真、無かったから」


俺と美麗が照れ笑いをしながらも幸せそうな顔をしている様が画面に写っているスマホを、美麗はとても大事そうに胸に抱えた。



っああぁぁあっ、可愛い‥‥美麗を思いっきり抱きしめたい。


美麗の背中から伝わる体温と、髪とうなじのあたりから漂ういい匂いが思考力を奪ってゆく。


ダメだッ、急に抱きしめたら美麗がビックリしてスマホを落としてしまうかもしれないだろ?


落ち着け、冷静になれ響。まだ慌てるような時間じゃない。



と、ふいに二の腕あたりをツンツンとつつかれるような感触がして意識を戻すと、美麗はいつの間にかスマホをバッグに仕舞っていて俯いているようだった。


美麗の背中から伝わる心音が早くなっている気がする。

心なしか伝わる体温も上がっているような‥


「どうした?」


そう聞くと、美麗はこう言った。





「‥後ろから、ギュってして?」





冷静な俺は、この日2度目の旅に出た。




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