22.たんじょうび(ぷれぜんと)


テストも終わり、夏休みまであと数日といったところ。

放課後の教室で、俺は浩二に相談を持ちかけていた。

ちなみにテストの結果は美麗が前回同様に3位で、俺は11位だった。



「最近美麗が冷たいんだ‥‥」


グデっと力を抜いて上半身を机の上に倒す俺を見て、頬杖をついて呆れ顔の浩二がため息をついてから口を開く。


「俺にはラブラブにしか見えないよ。むしろ、俺のカフェイン摂取量が心配だよ」


「放課後に用事があるってどこかに行くんだ。聞いてもまだ秘密って言って教えてくれないし」


秘密って言う時に楽しそうに笑いながら、繋いだ手をキュッキュッって何かを伝えるように握ったりするもんだから、それ以上聞けなかったり。


「浮気でよく聞く話だけど、相沢ちゃんはしないだろうね」


「‥‥浮気だったら相手を殺して俺も死ぬ」


「相沢ちゃんは生きるんだね」


「それは冗談だとしても80年は引きずる」


「平均寿命超えてるね。今響が‥‥」



と、そこで浩二が「あ‥」と声をあげる。



「相沢ちゃんが何してるのか多分わかったり」


「はっ!?」


ガバッと上半身を起こして浩二を見る。


何だそれ、美麗の事で俺が分からなくて浩二が分かるってすげー悔しいんだけど。


「響は自分の‥‥あー、いや。何でもない」


「いや、最後まで言おうぜ」


「んーん、むしろこれは最後まで気付かない方がいいと思うな」


「んー、浩二が分かって俺が分からないのがモヤモヤするけど‥‥ま、美麗がまだ秘密って言うんだ。俺はそれを信じて待つかねー」


「信じてるんだね。相沢ちゃんの事」


「美麗に対して、心配はしても疑念なんて湧かないな」


そう言って笑うと浩二は顔を引き攣らせた。


「うげっ。カップルは疑念から綻ぶって言うけど、ほんとこのカップルは‥あー!コーヒー飲みたい!マックでも行こうよ」


「ああ、いいけど」


はぁ‥‥信じてはいるけど‥‥

美麗成分が足りない。






結局、美麗と放課後をあまり一緒に過ごせないままに終業式も終わり、明日から夏休みだが今日は美麗は白百合と買い物に行ってしまった。


「ただいま」


家に帰ってリビングまで入ると母さんがおかえりなさいと言いながら機嫌が良さそうに近くまできて


「はい、これ」


と、洒落たロゴの入った袋を渡された。


「これを着て明日の10時に駅前。時間厳守。おーけー?」


「え?」


袋を開けてみると、服が入っていた。

グレーのカットソーに黒のスキニーパンツ。


「何この服?母さんが買ったの?」


にしてはセンスが良すぎる気がする。

そもそも母さんが俺の服を買うのは小学校卒業と同時にやめたはずだが‥


「違うわよ。ふふ、この幸せ者」


一体何なんだろうか。

聞いても母さんは楽しげに笑みを返すだけだし。


その夜に、会う約束をしているわけではないけど、一応美麗に連絡を入れたら美麗も明日は用事があると言っていた。


朝はいつも一緒だったけど、やっぱり美麗が恋しい。

思いっきりデートしたい。


美麗と一緒に行きたい場所なんかをネットで調べたりしながら少し夜更かしをした。






「ふぁ、眠ぃ‥」


欠伸を噛み殺しながら駅まで向かう。

昨日は夏休み中に美麗と行きたい場所を検索したりしてたんだが、


海‥‥美麗の水着姿を想像してジタバタして

花火大会‥‥美麗の浴衣姿を想像して一人部屋で照れていた。


そんなわけでだいぶ寝るのが遅くなった。

朝の待ち合わせで目覚ましが無くても6時に目が覚めるようになった俺が目覚めなかった程だ。



「到着っと」


10時5分前に昨日渡された服を着て指定された場所に着いたはいいけど、これからどうすればいいんだ?

なんて考えていたら、近づいてくる人影が‥‥


それは、



いつもストレートの髪をサイド編み込みにして後ろで結んでいて、太陽の光の反射で綺麗な黒い髪が揺れながら天使の輪を作りだし


薄く化粧もしていて、俺にとっては愛らしくて仕方がない顔が少し違った印象を与えつつも魅力を損なう事なく引き立てられていて


服装もいつも着ているようなモノトーンではなくノースリーブのピンクのロングワンピースで、まるで背景に満開の花畑でもあるのではないかと錯覚する





まごう事なく天使だった。




見惚れて身動きができない俺に、天使は目が合うと嬉しそうに駆け寄ってきて


「‥響君、誕生日おめでとう」


そう言って微笑んだ。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ。


そうか。美麗の事が気になってて完全に忘れてた‥‥


そもそも、今までの誕生日は『面倒だ』と言って、母さんが買ってきたケーキ食べるくらいだったから。自分の誕生日ってあまり印象強く無かったんだよな。


今日は俺の誕生日か。



天使、否。美麗はこめかみのあたりの髪の毛を触ろうとしたのか、手を肩のあたりに持っていったが、サイド編み込みにしていて今は触る髪が無い事に気付いて手を降ろしてモジモジとしながら話し出す。



「‥1ヶ月前に響君に、誕生日プレゼントに欲しいものを聞いたら‥‥えっと‥私と一緒に過ごせるならそれだけでいいって言ってくれたから」



それは覚えている。

というか、欲しいものを聞かれても美麗しか頭に浮かばなかったから正直に答えた。



「‥‥昨日、愛ちゃんと一緒に新しい洋服買いに行って」



そこで、美麗は今日の髪型とか服を見せるように一回転して




「‥オシャレしてみた私とデートがプレゼント‥‥なんちゃって‥‥」




そう言って、美麗は照れたようにはにかんだ。




ああ‥‥もう‥‥なんなんだよ。



正直、胸がいっぱい過ぎて呼吸困難になりそうだ。



喉がかれるまで好きだと叫んでも全然足りないくらいの愛しさが込み上げてくる。



「今までの誕生日で‥‥間違いなく一番のプレゼントだよ」


そう伝えると美麗は「良かった」と嬉しそうに笑う。


「この服って、ひょっとして‥」


と俺は自分の着ている服を見る。


「‥うん。宇佐美さんと雑誌で男物の服を見たりして、早苗さんと買いに行ったの。その時に早苗さんが店員さんに、娘の彼氏の洋服を買いにきたなんて言ったりして楽しかった」


美麗が思い出し笑いをする。


「それじゃあ、放課後にあった用事って‥‥」


「‥洋服のお金、自分で稼いだお金で買いたかったから、短期のアルバイトしてたの。宇佐美さんの親戚の喫茶店で」


「そうだったのか‥‥喫茶店?お、男の客に言い寄られたりしなかったか!?」


「‥ほとんどキッチンだったから大丈夫。そもそも私に言い寄る人なんていないよ?」


「俺ならめちゃくちゃ言い寄るし、毎日通う」


「ふふ。だから秘密だったの。営業妨害はだめ。‥‥でも‥うん。響君が言い寄ってくれるなら、私はそれだけでいい」




何と言えば伝わるだろう。

美麗が選んでくれて美麗が買ってくれた服で、俺のためにオシャレをした美麗とデートをする。この嬉しさを。


何と言えば伝わるだろう。

アルバイトしてまで頑張って俺を喜ばせようとしてくれた。

俺もだよ美麗。俺も美麗が喜ぶ姿が何よりも嬉しいんだ。


何と言えば伝わるだろう。

俺が言い寄りたいのも美麗だけで、それに美麗が応えてくれるならそれだけでいいって。




‥‥もう、無理。




「美麗っ」


俺は美麗を抱きしめた。


美麗は、人前で抱きしめたりするのは恥ずかしいからだめって言うけど




もうね、限界だった。




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