21.ははおや


翌日にテストを控えた日曜日の昼下がり、俺はただひたすらに掃除をする機械になっていた。


「母さん、親父は今日ゴルフで帰り遅いんだったよな?」


「そうよー」


「‥‥母さんも出掛けてもいいんだぞ?」


「絶対に嫌」




事の発端は昨日の夜の事だった。

お互いに自宅で勉強をしていた俺は、集中力が切れたところで美麗に電話をかけた。


すると美麗はワンコールもしないうちに電話に出た。


『もしもし、美麗』


『‥うん。どうしたの?』


『声が聞きたくなった』


『‥私も、ちょうど電話するところだった。‥同じ理由で』


それが何とも愛おしくてつい


『今から会いに行ってもいいか?』


なんて聞いてしまった。


『‥もう遅いからだめ』


『じゃあさ、明日は一緒に勉強しないか?もう一通り復習まで終わって明日は軽く教科書流し見るって感じだったんだけど美麗は?』


美麗をデートに誘ったあの日から勉強はちゃんと続けていたから、今回は10位以内に入れるかもしれない。


『‥うん、私もそんな感じ。いいよ』


『それじゃあ、場所どうしよっか。図書館?』


『‥響君の家‥‥行ってみたい』




そんなこんなで美麗がうちに来る事になり、それを話した母さんは出掛ける予定をキャンセルした。


「響の彼女が来るなんてイベント、逃せるわけないじゃない」


母さんがニヤリと、廊下にクリーナーをかける俺を見て言う。


美麗は人の表情の変化に聡いから、若干不安だが‥‥母さんなら大丈夫だと思いたい。


っと、そろそろ時間だ。


「迎えに行ってくる」


「行ってらっしゃい。お菓子は美麗ちゃんが持ってきてくれるのよね?」


「ああ、アップルパイな。めっちゃ美味いから」


「ふふ、楽しみにしとく」






「美麗」


駅まで迎えに行くと、白のブラウスにミディ丈のプリーツスカートをはいて清楚にまとまっている美麗がすでに待っていた。

手にはバッグとは別に小さなバスケットを持っている。


「‥響君、こんにちは」


美麗は俺が目の前までくると自分の服装を見てから俺に上目遣いで


「‥変じゃないかな?」


と、聞いてきた。


どうしよう。正直可愛い以外の感想が出てこないくらい可愛いんだが‥‥多分美麗が聞きたいのは、俺の母さんに見せるにあたって変じゃないかって事だよな。


よし、ここは緊張とかほぐれるような気の利いた言葉でも一つ




「可愛い」




言えるわけもなく正直に言った。


「‥ありがとう」


美麗は顔を赤くして俯いてしまったが‥‥

こういう時、いつもなら前髪をとめているピンを外して前髪をおろすか、こめかみのあたりの髪の毛をいじって照れ隠しするんだが、両手が塞がっていてそれができない感じが‥‥見ていて何というかこう可愛すぎるというか、ゾクゾクするというか。

いや、後者に関しては開けてはいけない扉のような気がする。



すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、綺麗にアイロンがけされていると思われるブラウスに、母さんに会う前に皺を作ると美麗が落ち込みそうだから耐えた。


頑張ったわ俺。






「ただいまー」


玄関の扉を開くと


「おかえりなさい」


どうやら待ち構えていたようですぐに母さんが出てきた。


俺の後ろにいた美麗が隣に並んで挨拶しようとしたところで、母さんの顔を見て驚いている。

‥‥そっくりだもんな。


「美麗ちゃんよね?初めまして。響の母親の早苗です」


「‥あ、相沢美麗です。響君とお付き合いさせて頂いてます。ご挨拶にお伺いするのが遅くなりすみません」


「もっと気楽にしていいわよ。彼氏の親に会いに行くって結構覚悟がいるって私も分かるしね。あっ、私の事は早苗って呼んでね」


「‥あ、はい。早苗さん。あの、これ手作りですみませんが、良かったら食べて下さい。お口にあえばいいのですが」


「ふふ、まだまだ硬いわねー。紅茶用意してあるから一緒に食べましょ」


「‥はい、お邪魔します」




リビングまで行って、切り分けるのに母さんが台所へ行くと美麗もそちらへ向かう。


「‥あの、お手伝いします」


「あら、座ってて大丈夫よー」


「‥それではテーブル拭きます」


「あ、それじゃあこれでお願い」




テーブルを拭きながら、すでに席についた俺に美麗が


「‥響君に似てる」


と言った。


「うん、顔が似てるってよく言われるよ」


そう返したら、美麗は首を横に振った。


「‥顔だけじゃなくて、何というか‥‥雰囲気とか全体的に似てる。いいお母さんだね」


そう言って笑う美麗に、何か自分の母親を褒められるのにこそばゆさを感じつつも嬉しさが勝り


「ありがとう」


と頭を撫でたのだが、視線を感じてそちらを向くと母さんがキッチンテーブルに肘をついてニマニマとこちらを見ていた。




3人で席について、美麗は緊張するように母さんが食べる姿を見ている。


「んー!すっごく美味しい」


母さんが頬に手をあてて美味しそうに食べる姿を見て胸を撫でおろすようにホッっとしていた。




アップルパイも食べおわって、紅茶を飲みながら一息吐きつつ


「美麗ちゃん。私的には今のところ結構高評価よ」


多分、不安がっていると思われる美麗に母さんが安心させるように言った。


「‥あのっ、早苗さん。早苗さんにもっと評価してもらうにはどうすればいいですか?私、早苗さんに気に入ってもらえるように頑張ります」


でも、美麗は高評価では満足できなかったらしい。

いや、至らない点があったと思ったのかもしれない。


「そうねー。娘がいたらやりたかった事ってことで、今度一緒にお買い物行ってお茶しましょ」


母さんが楽しげに笑うと


「はい、是非」


美麗は本当に嬉しそうに笑った。

玄関で母さんも言っていたが、彼氏の母親って普通は気まずいのかもしれない。

でも、そんな風に笑う美麗を見て母さんは


「何この子、可愛いんだけど」


どうやら陥落しかけているようだ。

そうだろう。美麗は可愛いだろ。



とにかく、母さんと美麗が仲良くなれそうで良かった。




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