19.けつい
昨日の夜、白百合からメッセージが届いた。
白百合愛:明日の朝は美麗ちゃんの家の前まで迎えに行ってあげて。多分不安だと思うから。
青羽響:え?それは全然大丈夫だけど、美麗に何かあったのか?
今日の放課後、美麗は白百合と遊んでいた筈。
何かあったのだろうか?
白百合愛:私からは詳しく言えないけど、強いて言うなら『決意』ね。
白百合愛:昨日の放課後デート中、美麗ちゃんが席を外してる間に随分と可愛い子に逆ナンされてたみたいじゃない?
青羽響:え?いや、喫茶店の場所を聞かれて連れて行ってくれって言うからそれは断って、メモに簡単な地図を書いてやったりはしたが。それと俺が可愛いと思うのは美麗だけだぞ。
白百合愛:はいはい、ご馳走様。はぁ‥‥そんなところだろうと思ったわよ。後ね、世間ではそれをナンパって言うのよ。地図なんて渡されたら苦笑いでもしてたんじゃない?
なるほど、一緒に喫茶店に行こうっていう遠回しなナンパだったわけか?本当に場所が分からなくて困ってた可能性もあるとは思うが。
‥‥でも、確かに苦笑いはしてたな。
青羽響:確かにしてたな。
いや、待てよ‥‥‥‥何で白百合が昨日の事を知ってるんだ?
美麗が戻ってきたのは、地図を書いて渡した子が立ち去ってしばらくしてからだったはず‥‥
まさかっ!
青羽響:美麗に見られてた?
白百合愛:はい、よくできました。
白百合愛:そういう訳で、明日よろしくね。
そんなやり取りがあり俺は今、美麗の家の前で待っている。
もしかしたら美麗が嫉妬‥‥したのだろうか?
でも、それで『決意』ってどういう事だ?
10分程待って、玄関の扉が開き中から出てきたのは‥‥
不安の色で顔を染めた美麗だった。
美麗の変化はすぐに分かった。
髪が綺麗にとかされて、長い前髪はピンでとめて、眼鏡を外している。
だけど‥‥これは、ちょっとイメチェンしたとか、そんな簡単な話じゃない。
言わば美麗の髪と眼鏡はコンプレックスの象徴だ。
俺は前に美麗から聞いている。
何で美麗が髪をとかさなくなったのか。
何で美麗が前髪を伸ばしているのか。
何で美麗が目が悪いわけでもないのに眼鏡をかけているのか。
何で美麗が自分から人と関わろうとしないのか。
何かあると思ってはいたんだ。
なのに、その時の俺は眼鏡を拭くために眼鏡を外した美麗を見て何気なく
『眼鏡を外してる相沢も可愛いな』
と言ってしまった。
色々と理由を聞いて
『‥また、馬鹿にされるんじゃないかって‥‥罵られるんじゃないかって‥‥怖くて‥‥だから、まだ‥‥外したままには‥‥ごめんなさい』
そう言って謝る美麗の顔を見て、俺は自分の能天気さに心底情けなくなった。
「美麗‥」
「え‥‥響君?」
美麗が玄関を出て門戸まで来たところで、手をとると震えているのがわかった。
「大丈夫か?」
美麗は俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は不安が残りながらも、目には逸らせない力強さがあった。
「‥大丈夫。あのね、聞いてほしい事があるの」
「ああ、聞くよ」
「‥こんな私でも響君が可愛いって言ってくれるなら、少しでも、ほんの少しでも、響君の前では可愛い私になりたい。可愛くなろうとしてる私を響君に見てほしい。周りから見たらきっと私は響君と釣り合ってない‥‥だけど、それでも私は響君の傍にいたいから‥だから、自分にできる努力は全部したい」
その言葉で、俺の視界が滲んだ。
「‥私ね、一昨日の放課後に、響君と女の子が話してるところを見て‥‥足が動かなかったの。ただ道を聞かれてただけかもしれない。何してるの?って声をかけるだけでいい。頭ではそう思っても、あの時の可愛い女の子と、窓に映った自分の姿を見て‥‥やっぱり足は動かなくて‥‥‥私はもう逃げたくない‥‥だからっ!私は‥私が響君の彼女だって胸を張って言える私になりたい。‥‥だからね、頑張った」
それは確かに美麗の『決意』だった。
手の震えからも分かる。
まだ、怖いのだろう。
そんな美麗が頑張ってくれた。
涙をこらえてるから上手く息ができなくて言葉にできないけど‥
大丈夫だぞ美麗。美麗の事を貶すやつなんてもういない。いたら俺が絶対に許さない。
美麗、可愛いよ。本当に、本当に可愛い。
誰が何と言おうが、俺の彼女は美麗だよ。
美麗は最高の彼女だよ。
少しでもほんの少しでも伝わるように。安心できるようにゆっくりと抱きしめた。
「もう俺、美麗から離れられないよ」
「‥うん、離れちゃやだ」
「俺も美麗に相応しい男になるように、頑張らないとな」
「‥だめ。これ以上格好良くなられると困る。嫉妬‥するよ?」
「俺が可愛いと思うのも、好きだと思うのも美麗だけだからな。嫉妬し損になるぞ」
「‥それでもね。自信もまだもてないし‥不安になったりもする‥‥‥だからね‥‥安心‥‥させて?」
「美麗」
「‥響君」
美麗の瞳に映る俺の姿が、美麗がまぶたをゆっくりと閉じて消えてゆく。
俺はゆっくりと美麗に顔を近づけて———
「ん゛ん゛っ」
至近距離から聞こえた咳払いにギョッとして後数センチで唇が触れるというところで咳払いの主を見た。
スーツ姿の気の良さそうな人で、その人は相沢家の玄関の扉の前に立っていて‥‥
まさか‥‥
まさか‥‥
「‥お父さん」
ですよねッ!!!
やばい、全然気づかなかった‥‥
「君が青羽君かい?」
笑顔でそう聞いた美麗の父親に正面から向かい合い、姿勢を正して頭を下げた。
「はい、美麗さんと交際させて頂いている青羽響です。宜しくお願いします」
「はは、そんなに畏まらなくていいよ。うん、話は聞いてる」
美麗の父親は美麗の顔を見ると、満足そうな顔をしてまた俺に顔を向けた。
「‥‥ずっとね、どこか空元気だった美麗が多分君と出会ってからかな?いい笑顔を見せてくれるようになったんだよ」
優子さんからも言われた事だ‥‥美麗の父親も、母親も、よく美麗の事見てるんだな。
「それに、朝から不安そうにしていた娘をそんなに幸せそうな顔にできるんだ。まあ、今はいいところを邪魔しちゃって少し不満気かもしれないけどね」
苦笑いを浮かべつつ言葉を続ける。
「だったら父親から言える言葉は一つだよ」
美麗の父親は俺の肩に片腕をのせると
「娘をよろしく」
そう言ってウィンクをして歩き出した。
「はいっ!大切にします!」
そう返した俺に
「あっ、そうだ」
と美麗の父親が振り返ると
「親の前でのキスは、結婚式で見せてくれ」
そう言って歩き去る美麗の父親の背中を、真っ赤な顔をした2人で見送った。
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