15.いいんちょう
午前7時過ぎ、まだ誰も来ていない教室に入り軽く掃き掃除をしたら席に着いて読書をする。
それが、このクラスの学級委員長である私、宇佐美静香の日課です。
‥‥掃除は最近始めたのですけど。
もう暫くすると青羽君と相沢さんが来て、鞄を置いたら校庭の隅にある花壇で2人仲良く水やりをする事でしょう。
青羽君‥‥私は青羽君に恋をしていました。
といっても、秘めたまま灯った炎が消えてゆく程度の淡い恋です。
きっかけは去年の文化祭。
私と青羽君は一年の時も同じクラスでした。
文化祭は喫茶店をやろうとロングホームルームで決まったのですが、喫茶店が複数並んでしまい学級委員長と兼任で文化祭実行委員もやっていた私はクラスの希望を通せませんでした。
結局、クレープの屋台をやる事に決まったのですがクラスのやる気は著しく低下しており、半数が準備に非協力的。
そんな中、私は青羽君と看板制作をしていました。
普段は無気力に見える青羽君だけど、気遣い上手で誰かが困っているとさり気なく助けてくれる。
男女共に青羽君には好印象を抱いており、彼が準備に参加してくれなければ半数すら手伝ってくれなかったかもしれません。
「なぁ、釘打ちは俺がやるから宇佐美は少し休んだら?ずっと動き回ってて全然休んでないだろ」
「ううん、私もやります」
金槌で釘を打つなんて初めてだけど、私は意地になっていました。
クラスの半数が協力してくれない事にイライラしていたから?
クラスの希望を通せなかった罪悪感もあったかもしれません。
とにかく、私のせいでこのクラスの文化祭自体がダメになってほしくなかった。
そんな時、手元が狂って釘が傾いて金槌で手を叩いてしまいました。
「痛たたた‥‥」
準備に参加せずにスマホをいじったり、雑誌を読んだりしていたグループがそれを見て笑いました。
「「「きゃはははは」」」
「痛そー。もうクラスの出し物とか適当でいいじゃん」
「いいんちょー、真面目に頑張るからそんな事になるんだよー。だっさーい」
私のせいでクラスの雰囲気が悪くなってしまったけど、それでもせめて協力してくれた人にはクラスの出し物を楽しんでほしい。
でも、今のペースだと間に合わないから、私は下唇を噛んで作業を続けようとしました。
すると、
「なぁ、何が可笑しいんだ?」
そう言って青羽君がそのグループに目を向けました。
「宇佐美が悪いわけじゃないのに、それでも責任を感じて一生懸命に頑張るのを本当に格好悪いと思ってるんなら、お前等クソだせーよ」
我ながらチョロいと思いますが、その言葉で私は恋に落ちました。
私を笑った子達は下を向いて黙りました。
そこで、メニュー表を作っていた沢渡君が来て青羽君に肩を組んで口を開きました。
「まぁまぁ。きっと君らもホントは手伝った方がいいって頭では分かってはいるけど、何をしたらいいのか分からないんだよね?最初に反発しちゃったから素直に聞く事もできなくて、ついそんな態度取っちゃっただけだよね。一緒に頑張ろーよ。さて、いいんちょーお仕事ぷりーず」
協力してくれる人が1人、また1人と増え、最後にはクラスみんなで協力して無事に文化祭を迎えられました。
2年になっても青羽君と同じクラスになれた事に喜びました。
ある日、青羽君がかなり早い時間に教室に入ってきました。
目に薄っすらと隈がある。徹夜でもしたのでしょうか。
席に着いた青羽君は、窓の外を見ると一瞬目を見開いてそのままずっと同じ所を見ていました。
視線の先には‥‥相沢さん。
青羽君はとても優しい表情をしていて‥
それは、ちょくちょく目で追っていた私でも見たこともないような表情でした。
でも、見た事は無かったけど知っている。
あの表情は‥あの目は、私が青羽君に向ける目と多分同じですから。
「宇佐美、おはよう」
「‥宇佐美さん、おはよう」
「青羽君、相沢さん、おはようございございます」
2人が教室に入ってきました。
席に鞄を置くと
「よし、あぃ‥美麗、行くか」
「‥うん。ひ‥響君」
今はお互いに名前で呼び合おうと頑張っているらしい。
2人が付き合い始めてもうすぐ1ヶ月程でしょうか。
そんな2人に‥‥いや、相沢さんに最初こそ嫉妬の目を向ける人もいました。
私も向けてしまったかもしれません。
でも、2週間もするとそんな目を向ける人はいなくなりました。
沢渡君が流してくれたメッセージも効果があったと思います。でもそれ以上に‥‥
青羽君が本当に相沢さんを大好きで大切にしてるって伝わるから。
私も男性との交際経験があるわけではありませんが、このカップルは見ていて微笑ましく思います。
誰かが入る隙間なんてありません。
噂ではありますが、あの白百合さんも告白して振られたという話です。
青羽君にとっての相沢さんに敵う人なんていないのでしょう。
青羽君もだけど、相沢さんも変わりました。
前は無表情で下を向いてばかりでしたが‥
先週、初めて相沢さんに声をかけました。
「今度からは教室の掃除は私がやるから、相沢さんは青羽君とゆっくり花壇のお世話してきて」
そう言うと相沢さんは驚いた顔をした後に
「‥ありがとう、宇佐美さん」
と笑いました。
こんなに綺麗な笑顔で笑う人の、どこがブスだと言うのでしょうか。
私と相沢さんは、いつも朝に顔を合わせて会釈するだけの関係でした。
だけど、本当はずっと言いたかった。
掃除手伝いますよって。
花壇のお世話、一緒にしてもいいですかって。
その本、面白いですよねって。
この本も面白いので読んでみませんかって。
私と‥‥友達になってくれませんかって。
だけど、私は臆病でした。
ブスだと陰口を言われて孤立している相沢さんと仲良くしたら私まで孤立してしまうのではないか。
去年、喫茶店が駄目だったとクラスに伝えた時に感じた疎外感をまた味わう事になってしまうのではないか。
私は‥‥弱いです。
相沢さん。
今更だって分かっています。
でも、
怖がりで臆病な私だけど、
今からでも、私と友達になってくれますか?
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