10.すき


「はぁ‥はぁ‥はぁ‥」


汗でシャツが張り付く。

家までは来たはいいが、そもそも家にいるのか?


って、そうか電話すれば良かったな。

とスマホを取り出したところで声をかけられた。




「あら?あなたひょっとして青羽君?」




その人は、ちょうど相沢の家から出てきたところで、そのまま玄関のドアを背にするように動きを止めた。

ほんわかとした優しそうな人で、何となくだけどこの人が相沢の母親なんだと確信めいたものを感じた。


「はい、そうです」


「あらー、聞いてた以上にイケメンねー」


「え?いえ」


「それで、何の用かしら?」


「はい、あの改めまして俺‥あいざ‥美麗さんの友達の青羽響と言います。美麗さんはもう帰ってますか?」


「ご丁寧にありがとう。私は美麗の母親の相沢優子です。美麗なら帰ってるわよ。今は部屋にいるんじゃないかしら」


良かった。もう家にいるらしい。


「あの、今から美麗さんを呼んでもいいでしょうか」


そう聞くと相沢の母親の優子さんは下唇に指を当てて


「んー‥‥その前に聞きたい事があるの。あの子ね、学校での事ってあまり話してくれないのよ。教えてくれる?」


どこか試すような目でそう言った。


「学校での話ですか‥‥」


「美麗、ずっと心から笑ってなかったと思うの。何もできなかった私が何か言う資格はないかもしれないけど‥‥でも少し前からね、あっ心から笑ってるって笑顔を見せてくれるようになってね」


「そういうの、分かるものなのですね」


「母親だもの、分かるわよ。そんな笑顔を見せてくれるようになったのは、青羽君のおかげかな?」


「そうであるなら嬉しいです」


「それで、最近また作り笑いになっちゃったのも青羽君が原因なのかな?」


「‥‥かもしれません」


「責めてるわけじゃないのよ。だから最近の学校での事が気になっちゃってね」


「相沢は、いつも一人で本を読んでます」


「周りから何か言われたりしてない?」


「‥‥クラスで1番可愛くないって‥陰口を言うやつはいます」


他称だとしてもブスという言葉は使いたくなかった。

優子さんはそれを聞いて悲しげな顔をした。


「そう‥‥正直に話してくれてありがとう。私からしたら優しくて可愛い自慢の娘なんだけどね」


「知ってます!美麗さんが、年配の人を手助けするところも、誰も世話をしていない花壇に水をあげて花を咲かせるところも、一人になっても投げ出さずに掃除したりするところも、ありがとうって笑った顔も、そういうの全部ひっくるめて美麗さんは優しくて綺麗で頑張り屋で、俺の中では世界で一番可愛い人です」


そう言うと優子さんは満面の笑みで


「うん、合格。‥‥ふふ、良かったわね美麗」


そう言って後ろ手で玄関のドアを開けた。


「え?」


開いたドアの先には



「‥青羽君」



相沢がいた。



「それじゃあ私は一人で買い物に行く事にするから‥青羽君、いじわるな事聞いちゃってごめんなさい。あなたの気持ちを聞いてみたくて。美麗の事よろしくね」


俺は呆然としながら、機嫌が良さそう離れていく優子さんの背中を見送った。




「‥入って」


相沢のその声で我に返って、相沢の家にお邪魔する。


「お邪魔します」


リビングまで案内されて相沢が飲み物を用意してくれたが、座ってゆっくりする前にどうしても聞きたい事を先に聞く事にした。


「相沢、ごめん!俺、何か気に障る事しちゃったか?何で避けられてるのか分からないんだ。悪いところがあるなら謝りたいし直したい」


相沢に頭を下げると、何故か相沢も頭を下げた。


「‥ごめんなさい‥‥青羽君は悪くない。私が‥‥劣等感で避けてた」



その瞬間、肩から力が抜けてゆく。



「良かったぁー、嫌われたかと思った」


でもさ、相沢。

劣等感を感じるなら俺の方だよ。

相沢のような可愛い人に俺は相応しいのか‥‥

でも、俺頑張るから、

だから、俺は相沢と一緒にいたい。



相沢は頭を上げたが俯きながらゆっくりと口を開いた。


「‥私と一緒にいると青羽君の株が下がると思って」


「俺の株は俺が買い占めてる。周りなんて知らない、俺は相沢と一緒にいたい」


「‥私、可愛くないよ」


「言っただろ?相沢は俺の中では世界で一番可愛いよ」


「‥卑屈だよ」


「俺が全部塗り替えてやる」


「‥やきもち妬くかもしれないよ」


「俺が可愛いと思えるのは今も未来も、ずっと相沢だけだよ」


「‥こんな私だけど‥‥私は‥‥私は‥」



相沢は震える手で、スカートをぎゅっと握りしめた。


それは、多分自分に自信がもてない相沢が、必死に自分を鼓舞しているように見えた。








「青羽君の事が‥‥‥好き‥‥です」








その言の葉は、風が吹けば飛ばされてしまいそうな程に消え入りそうな声で。

だけど、相沢が一生懸命に俺に伝えてくれた言葉で。


俺の一番深いところに確かに響いた。


好きな人から好きだと言われる幸せに胸がいっぱいになって、思わず相沢を抱きしめた。


「俺も相沢が大好きだ!俺の恋人になってほしい」


俺が胸に埋めてしまった相沢が俺を見上げて、最高に可愛い笑顔で返事をしてくれた。




「はいっ」




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