9.おうえん
相沢が俺を避けるようになってから1週間が経った。
「おはよう、相沢」
「‥おはよう」
朝の、校庭の隅にある花壇で交わす挨拶。
この朝の一言だけが相沢が俺に口を開いてくれる唯一の会話になっている。
避けられるようになった次の日に、2人だけで話したくて朝の花壇まで行って聞いてみた。
俺が何か自分でも気付かない内に、気に障るような事をしてしまったのか。もしそうなら謝りたい。仲直りがしたい。
そう伝えても、相沢は悲しそうな辛そうな顔で黙るのみで何も言ってはくれなかった。
相沢が嫌がる事をするのは本意ではないから、それ以上は何も言えなくて‥‥
いや、違う。
そんなものは言い訳だ。
俺はただ、相沢に嫌われるのが‥‥怖いんだ
情けねぇ‥‥
昼休みになると相沢はすぐに教室を出て行って
「なあ響、パン買って屋上で食べない?」
「ああ‥」
俺は浩二からの誘いにのって屋上で飯を食べる事にした。
屋上のベンチで校庭を眺めながら浩二が喋りだす。
「いやー、魂抜けそうな顔してんねー。避けられてるみたいだけど、諦めちゃうの?」
諦める‥‥?
俺が?相沢を?
ふと校庭の隅の花壇が目に留まった。
「相沢はさ、優しいやつなんだよ。校庭の隅に花壇があるだろ?あの花壇さ、委員会とかまったく世話してないのに色んな花が咲いてるんだ。あれ、相沢が世話してるんだよ」
「へー、そうなんね」
「何で世話してるのか聞いた事あってさ、そしたら『お花は綺麗だから。見る人を笑顔にできるから。』って言うんだよ。深読みしすぎかもしれないけど、裏を返せば『私は可愛くないから。見る人を笑顔にできないから。だからせめて私の手で育てた花で誰かが笑顔になってくれたら嬉しい』って言ってるみたいで‥‥違うんだよ。相沢はほんとに可愛くて綺麗なんだ。相沢が笑うと、俺も幸せな気持ちになって笑顔になれる。名は体を表すっていうけど、相沢にぴったりだよ。相沢は美しくて麗しいと俺は思う」
「あー、うん。めちゃくちゃベタ惚れで諦める気は無いってのはすごく伝わった」
そうだよ、諦める気なんてない。
いつまでうじうじしてんだよ俺。
恋人になれなくても相沢の味方でありたいという決心に嘘はない。
だったら‥‥何で相沢を独りにしてんだよ。
何怖がってんだよ。
「ああ、めちゃくちゃベタ惚れだわ」
「おっ、ちょっと顔に生気が戻ったかにゃ?」
「さんきゅ、今度飯奢るわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
授業が終わったのですぐに鞄を持って教室を出た。
そうしたら、階段に差し掛かったところで声をかけられた。
「相沢さん」
青羽君と抱き合ってた人‥‥
やっぱり近くで見るとすごく綺麗。
あの日‥‥多分告白していたのだと思う。
今なら信じられるけど、青羽君は前に私に告白してくれた。罰ゲームとかではない、ちゃんとした告白。
青羽君は‥‥私の事を好いてくれている。
だから、こんなにも美人な人の告白をもしかしたら断ってしまったのかもしれない。
でも、あの日見た木漏れ日の中で抱き合う2人の光景はまるで絵画のように輝いていて、居た堪れなくなった私は‥‥逃げ出した。
「‥えっと」
「私は白百合愛。ちょっと話があるんだけど」
屋上までずっと無言で移動した。
辺りを見渡して他に人がいない事を確認すると白百合さんはこちらを向いて話始めた。
「あなた、響君の事避けてるでしょ。何で?」
「‥私では、青羽君と釣り合わないから」
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
何も言い返せない。
「でもね、それはあくまで周りがそう思ってるだけ。所詮は第三者、当事者じゃない。響君はきっと、そんなの気にならないし気にしてない」
「‥私は‥‥」
自分に自信が持てない。
こんな私でも青羽君は可愛いと言ってくれた。
きっと‥‥本心から言ってくれている。
でも‥‥
「私は響君が好き。私はちゃんと伝えた‥‥振られたけどね。あなたは?好きなんでしょ?」
青羽君は格好いいけど、私は可愛くない。
私と一緒にいると、みんなから好かれている青羽君が浮いてしまうかもしれない。
一緒にいて私がブスだと言われたら、また青羽君に悲しい顔をさせてしまうかもしれない。
私が近くにいるせいで青羽君が悲しむくらいなら、私は‥私はっ!
「可愛いあなたには、私の気持ちなんて分からないっ!」
「分からないわよ!‥‥私に近付く人はみんな、媚びるような目で私を可愛いともてはやすけど、そんな人達にいくら可愛いと言われても嬉しくもなんともない。本当に可愛いと言われたい人に言われない私の気持ちは、あなたには絶対に分からない!」
その真剣な表情から白百合さんの本気が伝わってくる。
この人は本当に本気で青羽君が好きなんだ。
私は‥‥
青羽君は私のモノクロだった世界に色をつけてくれた。
誰とも関わる事なく過ごす日常。そんな私の毎日を変えてくれた。
テストを頑張ると言った時の笑顔も
一緒に出掛けるのをOKした時の笑顔も
待ち合わせ場所で服を褒めてくれた時の笑顔も
一緒にいると嬉しいと言ってくれた時の笑顔も
ヌイグルミをプレゼントしてくれた時の笑顔も
また誘うと言ってくれた時の笑顔も
抱きしめて可愛いと言ってくれた時の心まで温めてくれるぬくもりも
背中をそっと押すように重ねてくれた手の平のぬくもりも
全然ね
頭から離れないの
「私は‥‥青羽君が好き」
私がそう言うと白百合さんは肩の力を抜くように笑った。
とても優しい笑顔。
「エールを送るのはこれで最後だから。自分の気持ちを伝えないと、絶対後悔するから。好きな人に好きと言うだけ。簡単でしょ?」
「白百合さん‥‥ありがとう。私、頑張ってみる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後、いつも相沢と昼飯を食べているベンチで俺は考えていた。
多分、避けられるようになってしまったきっかけがあるはずだ。
思い出せ、相沢との会話を‥‥相沢のちょっとした仕草を‥‥相沢の顔を‥‥あぁ‥相沢可愛いな
完全に思考がだめな方向にいった。
「はぁ‥‥今日は帰るか」
鞄を取りに教室に戻ると、白百合がいた。他には誰もいない。
「響君」
「白百合?」
俺の机のフックには鞄が掛かったままだから待っていたのだろうか?
「相沢さんの家、知ってる?」
「ああ、分かるけど」
「それなら、まだ帰ったばかりだから行ってみた方がいいわよ。今日なら、今なら、多分避けられずにちゃんと向き合って話せるから」
「白百合が何か言ってくれたのか?」
「さあね」
「白百合‥‥お前、いい女だな」
「今更好きになっても遅いわよ?ふふっ」
「ありがとう!行ってみる!」
鞄を持って立ち去る時に後ろから聞こえた
「はぁ‥‥何やってるんだろう私」
という声に、心の中でもう一度お礼を言った。
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