8.ごめん
朝、教室に入って
「おはよう、相沢」
「‥おはよう、青羽君」
相沢と笑顔で挨拶を交わして席につくと、昨日の4人が相沢に近付いてきた。
警戒しながらその4人を見ていると相沢の前に来たそいつらは
「「「「昨日はごめんなさい」」」」
と、頭を下げた。
わざわざ俺が来てから俺も見ている前でチラチラとこっちを見ながら謝るのは若干の下心が透けて見えて気分が悪いが、謝らないよりは謝った方がマシだとは思うので黙っている事にした。
一応顔に罪悪感のような色は見える。
昨日こいつらは、相沢が俺に付き纏っていると言ったが誰がどう見ても俺から相沢に話しかけてるし、こいつらもそれが分かっているのだろう。
相沢の背中を見ると強張っているような気がして、俺は相沢の背中にそっと手の平を重ねた。
すると、やっぱり強張っていたみたいで力が抜けていくのが分かった。
相沢は深呼吸を一つすると
「‥謝ってくれて、ありがとう」
と言った。
こんな時でもありがとうと言える相沢は素直にすごいと思う。
相沢は慣れたと言っていた。
陰口だけじゃなくて、昨日のような事も以前にあったのかもしれない。その時は謝ったりされなかったかもしれない。
それでも、今までずっと独りで頑張っていたのかもしれない。
力になりたい。恋人になれなくても、俺は、俺だけは無条件で相沢の味方でありたい。
4人が去って背中から手の平を離すと相沢は振り返って「ありがとう」と言った。
こちらこそだよ‥‥危ない時は相沢を守らせてほしい、困った時は助けさせてほしい。俺が役に立てたなら嬉しいよ。
俺はただ笑顔で応えた。
「ねえ、響君」
昼休み、購買でパンを買った俺は相沢がいるはずの校舎脇のベンチに向かおうとしたところで、走って追いかけてくる白百合に止められた。
「何だ?白百合。あと、名前で呼ぶなと何度言えば‥」
「話があるんだけど、いいかな?」
「まあ、別にいいけど」
本当は相沢のところに行きたいんだが、約束してるわけでもないしなぁ。
今日の昼前の授業が男女別の体育で、男子側が少し長引いたので着替えて教室に行くと既に相沢はいなかった。
白百合と並んで歩いて校舎脇に程近い木陰まで来た。
木が多くて日差しも葉の隙間から細い光が差しているだけの目立たない場所。青々とした木の葉が風に揺れて心地の良い音を出している。
白百合は俺に背を向けると喋り始めた。
「響君」
「ん?」
「私が響君に助けてもらった時の事、覚えてる?」
「まあ、まだ4ヶ月くらいしか経ってないからな。覚えてるよ」
「私が、私のせいでって言った時に、何て言ったかは覚えてる?」
「女の子の体に傷がつくより男が怪我した方がマシって言ったな」
「うん、正確には千倍マシだろうが。だね」
「よく覚えてるな」
「それはもう。腕から血が流れてるのに真剣な顔してそんな事言うんだもの」
「少しは冷静になれただろ?」
「ふふ、それじゃあ私が学校で最初に何かお礼させてって言った時になんて言ったかは?」
「んー‥‥」
「『女の子を助けられたって事で俺の自尊心が満足してるから、それがお礼って事でいいよ。助けられてくれてありがとな』だね」
白百合が振り返り、目が合う。
「白百合‥‥」
「そんなのさ、‥‥惚れるなって方が無理な話だよ‥‥」
「俺は‥」
俺が何かを言う前に
「ねえ?私じゃ駄目?」
白百合に抱きつかれた。
‥‥‥木の葉の掠れる音に紛れて、誰かが遠ざかるような足音が聞こえたが、そっちを見る余裕は無かった。
「響君が今、他の人を見てるって分かってる。でも、それでもね‥‥好きなの‥‥好きなの‥‥響君が好きなの」
「ごめん」
俺は白百合の肩に手を置いてそっと体を離した。
白百合はこぼれそうな涙を堪えているが、そんな顔でも絵になるなと思った。
「俺が心から可愛いと思えるのは相沢だけなんだ。だから、白百合の気持ちには応えられない」
「そっ‥‥‥か。ごめんね、困らせて」
「いや、そんな事ない。正直に言うと助けた事でちょっと熱が上がっただけだって軽く考えてた。‥‥ごめん」
「結構押してたつもりだったんだけど、押しが足りなかったかな?」
「白百合みたいな美少女にガンガン押されてたら‥‥どうだろうな」
「ふふっ、‥‥ふぅ。呼び止めておいて勝手だけど、ちょっと一人にして欲しいかな」
「ああ、分かった」
校舎脇のベンチに行ってみると相沢はいなくて
次の日から相沢が俺を避けるようになった。
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