7.かわいい


デートの日以降、相沢の当たりが柔らかくなった。



「相沢、さっきの授業で分からないところがあったんだけどさ」


「‥どこ?」


相沢は、人に勉強を教えるのは初めてだから上手く教えられるか分からないと言ったが、とても丁寧に教えてくれて分かりやすかった。




「貸してもらったこの本、めちゃくちゃ泣けたわ」


「‥うん、私も泣いた」


相沢が薦めてくれた本は、普段本を読まない俺でも読みやすくて、それよりも相沢と感想を言い合うのが趣味を共有しているみたいで何だかくすぐったいけど温かい気持ちになった。



「一緒に昼飯食おうぜ!」


「‥どうせついて来るんだし、いいよ」


相沢と過ごす昼休みの校舎脇のベンチは、最早俺が学校に来る一番の楽しみになっている。



そんなデートの日から数日経った日の放課後、喉が渇いていた俺は授業が終わるとすぐに飲み物を買いに行き、戻るとすでに相沢はいなかった。


帰ったのだろうか?


自分の席まで戻ると前にある相沢の席の椅子に相沢の鞄が置いてあった。帰ったわけではないらしい。


まだ教室にいた浩二に聞いてみる。


「浩二、相沢知らないか?」


「相沢ならクラスの女子何人かと出てったよ」




何か胸騒ぎがした






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「相沢、ちょっと来て」


そう声をかけてきたのは、クラスでも目立つ女子。後ろにも3人連れている。



ああ‥‥やっぱり来てしまった。そう思った。



昔も気を遣ってくれる人はいた。


中学の時、クラスでも人気者の女の子だった。

私が読んでいた本と同じ本を読んでいて、最初は放課後だけ話をしていたんだけど、段々と休み時間に教室でも話すようになって‥‥

そうすると、‥‥こうなる。


それで、その後に私がまた壁を一枚作ると、その気を遣ってくれた人も離れていく。


本当は壁なんて作りたくない‥‥でも壁を作らないと、これはずっと続くから。



大丈夫、いつも通り。


また独りになるだけ。




校舎裏まで連れてこられて、私が壁を背にするように囲まれた。


「テメーみたいなブスが青羽君に近付くんじゃねーよ」


何かを言うと、もっと酷い事をされる。

だから何も言わない。


「何とか言えよブス!」


「痛っ」


肩を押されて背中が壁にぶつかった。


「黙ってんじゃねーよブス」




‥‥ブス


‥‥自分がブスだって、そんなの私が一番分かってる。

小学校でも、中学校でも、ずっと言われ続けた。




髪をとかしてもすぐにくしゃくしゃにされるから、髪をとかす事をやめた


そばかすを馬鹿にされるから、前髪を伸ばして少しでも隠れるようにした


腫れぼったい目を貶されるから、レンズの厚い眼鏡をかけて誤魔化した


口を開くと罵られるから、人と関わらないようにした



でも‥‥



それでもね、私も女の子なの




こんな私でも‥‥‥女の子なの





ブスだって言われたら悲しいし‥‥傷つくよ






「おい、聞いてんのかよブス!」


また肩を押されて眼鏡が取れた。


「うわっ、眼鏡ないともっとブスになった」

「よくそんな顔で青羽君に近づけるよね」

「知ってる?このブスこの顔で恋愛小説読んでるらしいよ」

「えーキモッ!」

「「「きゃははは」」」



涙が滲むのを堪える。



一度、お母さんの前で何で私はブスなのかと泣いた事があった。

あの時の悲しそうなお母さんの顔が忘れられない。

だから私はブスだと言われても泣かないと決めた。




そう、ブスと言われるのも少しは慣れたはずだった‥‥でも


青羽君に可愛いと言われて、私はきっと浮かれてしまった。


青羽君は優しいから、人が傷つくような事は言わない。


さり気ない気遣いができて、みんなから好かれている。


だから、私に可愛いって言ってくれたのも、きっと気を遣ってくれてだって分かってる。






だけど‥‥‥嬉しかった。






嬉しいと思ってしまった。

これは、そんな身の程知らずな私への罰なんだろう。



青羽君。


休日に誘ってくれてありがとう。男の子と待ち合わせなんて初めてで、ドキドキして、まるで普通の女の子になった気持ちになれたよ。


喫茶店では周りは綺麗な彼女を連れた人ばかりで、それでも私と一緒が嬉しいと言ってくれてありがとう。その言葉が私は何よりも嬉しかった。


ヌイグルミ、プレゼントしてくれてありがとう。大切にするからね。


青羽君、こんな私に可愛いって言ってくれてありがとう。



今まで、ありがとう。




「もう青羽君に近寄るなよブス」


泣いたら駄目。そう思っても一雫だけ零れてしまった。

涙が地面に落ちた、その時






「おい、お前等」




青羽君‥‥?



「相沢に何を言った‥‥何をした!答えろッ!!」



青羽君が見たこともない顔で怒っている。


「こ、このブスが青羽君に付き纏うから‥」


「そんな事言いやがったのか‥‥」


青羽君が私の前に立って、私を囲んでいた子達に掴みかかろうとするのを後ろから抱きつくように止めた。


駄目‥‥私は‥‥大丈夫だから。


青羽君は驚いて振り返ったけどすぐに視線を前に戻して


「‥チッ、お前等もうどっか行け」


と言うと、私を囲んでいた子達は走り去っていった。




青羽君が振り返ると、その顔は今にも泣きそうな顔で


「俺のせい‥‥‥だよな。ごめん。」


違う!青羽君のせいじゃない!青羽君にそんな顔させたくない。


「‥ううん、ごめんね。泣いちゃって。ブスだって言われるのなんて、慣れてるはずだったのに」


そう、青羽君のせいじゃない。悪いのは私だから。浮かれてしまった私が悪いから。

青羽君にそんな顔をさせてしまう私は、もう青羽君から離れるから。



でも、青羽君は



「慣れるってなんだよ‥‥」



そう言って青羽君は私を抱きしめた。



「そんなの、慣れちゃ駄目だ」



「でも‥‥私は‥‥」



ブスだから。そう続くはずだった言葉を青羽君は遮った。




「そんなの俺がっ!俺が全部上書きしてやる!相沢は可愛いんだよ‥‥相沢がそう言われてきた何倍も、俺が可愛いと言って上書きしてやる!」


「‥‥ぇ」


「相沢は可愛い。相沢はすげぇ可愛い。相沢はめちゃくちゃ可愛い」




勘違いしちゃ駄目。




そう思っても弱った私の心は、その言葉を素直に受け止めてしまう。



涙が出てくる。


「‥っ‥‥っ‥‥もっと‥‥言って‥」



「あぁ!何度だって言ってやる!相沢は可愛い。相沢はいつ見ても可愛い。相沢は笑うともっと可愛い」


必死に涙を止めようするけど





「俺の中ではお前が世界で一番可愛い」





その言葉でもう止める事なんてできなくなった

ずっと、ずっと耐えてきたものが全て溢れ出した


「‥っ‥っく‥‥っ‥ぅぇぇええええん」








何分くらい経っただろうか。

青羽君はまるで小さな子供のように泣き続ける私を、泣き止むまでずっと優しく抱きしめて可愛いと言ってくれた。


青羽君を見上げる。

私の顔は涙でいつもより酷い事になっているだろうけど、でもこれだけは目を見て言いたかった。




「ありがとう」






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「ありがとう」




涙の跡を残しながらも、ありがとうと笑う相沢は

もうどうしようもないくらいに


可愛かった。




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