其の三

 そうして”疾風一味”は、全国を股にかけて散々犯罪を重ね、今から10年ほど前、忽然とその活動を停止した。

 警察は躍起になって捜査をしたが、証拠はまったく掴めず、しかも人を殺したり傷つけたりという凶悪犯罪を一切行っていなかったため、時効が適用され、遂に公訴時効の期限が過ぎて、彼らの犯罪は軒並み迷宮入りになってしまったという。(殺人や傷害と言った重過失だけしか時効の適用がないというのは、諸君らもご存じの通りだ)

 しかも殆ど証拠はない。

 僅かに発見されたのは、ドリルビットの破片で、これが非常に特殊な素材で造られたものだった。分かったのはそれだけである。

『それ以外は?』

 真理は唇を歪めて、ここも禁煙なのね。と、小さく呟いてから、

 彼女は苦々しい表情で首を振った。それだけで答えが分かろうというものだ。

『警察も案外だらしがないな』

 真理は何も答えず、コーヒーのお代わりを注文する。

『返す言葉もないわね。でも、何で貴方が今更そんな大昔の泥棒について知りたがるの?』

『守秘義務だから何もいえん・・・・と答えたいところだが、情報を回して貰った手前、無下にも出来ないからな。』

 俺はナイフを置いて、彼女と同じデミタスコーヒーを注文すると、依頼人から預かった”疾風”と書かれた封筒を見せた。

『なるほど、匂うわね・・・・でも、時効が成立してしまっている以上、警察こっちとしてはもう何も出来ないわ』彼女はコーヒーを飲み終わると、優雅な手つきでナプキンを使って口を拭うと、椅子から立ち上がった。

『役に立てなくてごめんなさい。ご馳走様』

『いや、そんなことはない。十分に役に立ったよ。』

 結果が分かったら知らせて頂戴。彼女はそう言って、そのまま立ち去って行った。


 俺は彼女が去っていった後、コーヒーをゆっくり呑み、腕を組んで考え込んだ。


 こういう場合、シンプルに物事を組み立ててみた方がいい。

 やはりその十文字ともんじという一家を調べてみるべきだろうな。

 俺はそう思い、伝票を持って立ち上がった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『進藤先生に御用ですか?でも残念ながら先生は今学会に出席しておられまして、

 明後日までお戻りになりませんよ』

 東西工業大学といえば、工業系の私立大学としては、恐らく一流とみて差し支えなかろう。

 今回の一件とこの大学の教授がどう関係しているのかって?

 なに、それほど難しいことじゃない。

 あのドリルビットについて調べていたら、ここに行き当たった。それだけの事さ。

 ええ?何故警察がそれに気が付かなかったかって?

 それはおいおい分かるさ。

『仕方がありませんな。ではまた出直します』

 俺はそう言って、一旦キャンパスを出た。

 そうして2日後、再びキャンパスにやって来た。

 東西大学工学部機械工学科第二研究室。

 俺が受付で再び案内を乞うと、今度は何も言わず、

『進藤先生がお会いになるそうです。2階の三号室にどうぞ』

 受付の警備員はそう言ってすんなりと俺を通してくれた。


 階段で2階に上がり、三号室を探す。

 ドアをノックすると、中から、

『はい、どうぞ』と、俺の想像とは違った声が聞こえてきた。


 ドアを開けると、そこはまさしく研究室。

 俺のような科学オンチがSF特撮の中でしか拝んだことのない世界があった。

 

 何台か並んだパソコン。

 実験機器。

 どこからか漂う試薬の匂い。

 何冊も積み上げられたファイルや書物。


 その中の机から身体を持ち上げたのは、白衣姿の女性だった。

 髪を頭の上で結い上げ、黒縁の野暮ったい眼鏡に化粧っ気も殆どない。

 しかし、なかなかの美人であることは間違いがないようだ

 年齢は30代半ば・・・・いや、ことによると40はいっているかもしれない。


『進藤、進藤真琴博士ですね。私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうというものです』

 俺はいつものように認可証ライセンスとバッジを提示してから話を始めた。

『進藤真琴・・・・長年探偵で飯を喰っている割には、先入観でモノを見ていたんで、てっきり男性だと勘違いしてしまいました。』


 彼女は俺の言葉を聞いても、相変わらず無表情のままで、

『毎度の事ですから、気にしていません』とだけ答えた。

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