其の二

『他に何か心当たりはありませんか?』

 俺の問いに、彼は『ここを見てください』と、いくつかある書留の封筒の差出人欄を指さした。

 住所はまちまちだったが、名前だけは全て、

”疾風”とある。

『手掛かりと言えばこのくらいです。』

 苗字としては変わったものだな。

 疾風・・・・”はやて”或いは”かぜ”だろうか?

 いずれにしても偽名には違いない。 

『心当たりはありますか?』

 念のために訊ねてみたが、彼は黙って首を振るばかりだった。

『分かりました。お引き受けしましょう。探偵料は基本一日六万円と必要経費。万が一拳銃等が必要になった場合は、危険手当として四万円の割増を頂きます。これが契約書です。一応目を通されて、納得が出来たらサインをお願い致します。他に質問は?』

『ありません』

 彼はそう答え、俺が差し出した書類に手早くサインをして寄越した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は彼宛に一番早く届いた封筒に記されていた住所を調べた。

『都内調布市深大寺』となっており、どうやら一軒家らしい。

 だがその場所は既になかったが、周辺住民に聞き込みを行ったところ、確かに今から16年ほど前まで、当該住所には一軒家が建っていたものの、既に取り壊され、今ではマンションになっているという。


 その家には年老いた夫婦と、それから姉と弟が住んでいたが、まず母親が亡くなった。

 その前後には娘の姿も見なくなり、間もなくして父親が亡くなったという。

”何をしていた人なのかねぇ。随分資産があったらしいけれど、特に何か働いている風にも見えなかったわよ”

”だからって決して人付き合いが悪かったわけでもなかったね。道で逢えば挨拶もしてくれたし、二人のお子さんたちは清掃とか、盆踊りとか、町会の行事には進んで参加もしてくれていたしね。”

”買い物はもっぱら息子さんがしていたみたいですよ。息子さんは夜勤のある仕事だとかで、昼間スーパーマーケットやショッピングモールで見かけました。

”お父さんは足が悪くって、お母さんの方は心臓が悪いって聞いたことがあったわね。まだご両親が健在だった頃は,娘さんと息子さんがご両親を散歩に連れ出していたのをよく見かけましたけどね”

 一家の名前はと俺が訊ねると、

”ええと、何だかちょっと変わった名前だったわね・・・・”

十文字ともんじさんだよ。そう、そんな名前だった”

 俺は礼を言ってその場を立ち去ると、今度はアパートを管理している不動産業者に連絡をしてみた。


”ええ、そうです。十文字さんですよ。ここに家を建てられたのは、今から40年は前ですね。私の親父の代の時に、土地と家を紹介したんですから、ええ、随分羽振りのいい一家でね。何しろ土地も家も一括で払ってくれたくらいですから。”

 確かに羽振りがいいな。40年前とはいえ、土地付き一戸建ての家を一括で払うくらいの資力を持ち合わせていたんだからな。

”で、何をしていたか、その辺りはお分かりですか?”

”詳しくは知らないんですがね。何でも貿易関係の会社を経営していたとかで”


 俺はますます興味を持った。

 ベイカー街の天才ほどではないが、俺だって”興味を引く事件の方が引き受け甲斐があることに違いはないのだからな。

◇◇◇◇◇◇◇◇

『ええ?貴方探偵なのに、”疾風はやて”を知らなかったの?』

”忙しい”とぼやく彼女を呼び出し、俺が晩飯をおごっている席で、彼女は300グラムのサーロインステーキとコンソメとサラダのフルコースを目の前にして、目の前に座っている俺を見て、辺りを憚らずに呆れたような声を出した。


 もっともここは赤坂にある高級ステーキハウスの個室ダイニングだ。

 叫んだって他には聞こえなかっただろうが。

『探偵だって知らないことはあるさ。だからわざわざこんな高い店に君を呼び出して、1セット一万五千円のフルコースで釣ってるんじゃないか』

 俺はぼそぼそとハンバーグをフォークで切り、口に運んでかみ砕いて飲み込み、答えた。

 彼女・・・・そう、”切れ者マリーこと、警視庁外事課特殊捜査班主任、五十嵐真理警視である。

『呆れたわねぇ。それでよく商売が務まる事』瞬く間にステーキを平らげ、サラダとスープも済ませてから、デミタスを注文し、口をナプキンで拭いながら、意地悪な目つきを俺に向ける。

 まったく、人のおごりだと思って気楽に喰いやがる。俺は腹の中で一人ごちた。

『疾風一味って、聞いたことがない?』

 そこまで言われて、俺はやっと”ああ”と思った。

 疾風一味というのは、今から約30年前まで、全国を股にかけて荒らしまわった窃盗団の事である。


 狙ったのは大抵が裕福な実業家や、私服を肥やしている政治家が多かったので、反体制、反権力を持って知る多くの新聞やマスコミは彼らの事を、

『義賊』

『怪盗』などと持ち上げていたようだ。


 おまけに警察が躍起になって捜査をしたものの、一度も逮捕されたことはなかったことも、変態メディアを喜ばせた要因でもあったのだろう。


 その当時は学生運動なんかもあって、”体制に逆らう”ってのが、一種の流行みたいになっていたからな。


 だが、どんなへ理屈をつけてみても、泥棒は泥棒だ。

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