疾風(かぜ)からの償い
冷門 風之助
其の一
依頼人が俺の
俺はエアコンを全開より少し弱めて、
”生憎コーヒーを切らしていましてね。今はコーラしかないんですが”というと、依頼人はハンカチで汗を拭い、
”ちょうど良かった。私もコーラは大好物なんですよ”と笑ってくれたので、俺は冷蔵庫から昨日買ってきたばかりのコークのリッターボトルを出し、棚から持ってきたロンググラスを向かい合わせに並べて置いて注いだ。
琥珀色に近い泡がはじけて、いい音を立てる。
俺は軽く口をつけ、ソファに座りながら依頼人の顔を見る。
どこと言って取り立てて変わったところのない、薄いグレーのスーツの上下にノーネクタイ。年齢は恐らくまだ30になってはいまい。
中小企業に勤める平凡なサラリーマンといった男だった。
『新聞記事に載った貴方の活躍を知りまして、それでこちらに依頼をしたいと』
今年の五月ごろだった。
鎌倉に住んでいたある財産家の所有物だった宝石に関わる事件を解決し、それがどういうものか新聞記事になり、俺の名前まで掲載されてしまったという訳だ。
俺たちの業界で言うところの”飛び込み”ってやつだ。
正直言って、この手の依頼人は当たり外れが多い。
だからって、客であることには変わりないからな。
『筋が通っていて、法に触れておらず、なおかつ離婚と結婚に関わる依頼でなければ、大抵はお引き受けします。とりあえず内容を聞かせてください。その上で受けるか受けないか決めさせて頂くということでどうでしょう?』
彼はコークを半分だけ飲み、ハンカチで口を拭うと、
”分かりました”そういい、傍らに置いてあったバッグを開け、中から大きめの書類袋を出して中身を出した。
何枚もの小切手のコピーを束にしたものだった。
『拝見します』俺はそう言って、一枚一枚手に取ってみた。
額面は全て百万円、日付を見ると、全て同じ日付になっている。即ち11月1日だ。
『私が物心ついてから、ずっと続いているんです。額面も変わりません』
彼の名前は
『私は四歳の時に両親と死別しまして・・・・その後は児童養護施設に入り、高校を卒業するまでそこにいました』
最初に亡くなったのは父親で、自殺だったという。
父親は当時ある有名な製薬会社の部長をしていたのだが、ある時翌月に取引先に支払う現金を一時的に自宅の金庫に保管していたのだが、それを当時関東一円を荒らしまわっていた窃盗団にやられてしまったのだそうだ。
会社からは父が横領をしたのだと疑いをかけられるし、取引先の信用はなくしてしまうといった散々な目に遭い、元来真面目で気の弱い父は、それが原因で自殺をしてしまったのだそうだ。
残された母と彼は其の日から生活に困窮し、身体の弱かった母親は入院する羽目になり、程なくして父の後を追うように亡くなってしまい、結局幸次はこの世の中にたった一人で残されてしまった。
身寄りがなかった彼は、そのまま児童養護施設に入ることになった。
幸い彼は学校の成績が良かったので、通常なら中卒で施設を出なければならないところを、そのまま奨学金を貰って高校に通うことが出来た。
そして卒業する間際の事、彼は施設長に呼ばれて、こう告げられたという。
”君がこの施設に来て以来、ある人物から書留郵便で小切手が送られてくるようになった。”
封筒の中には便せんが入っており、達筆な文字でこうあった。
(昔貴方のご両親、特に御父上に言い表せないほどのご迷惑をお掛けしたものです。ついてはそのご恩返しのために、今後毎年、貴方が施設を出るようになるまで、百万円づつ送らせて頂きます。学資にするなりなんなり、お好きなようにお使いください)
小切手は毎年、11月の同じ日に、一円も欠けることなく送られてきた。
額はきっちり百万円。
施設側で確認を取ってみたが、その小切手は間違いなく本物で、銀行で換金した後、信託預金として彼名義で口座を作り、預けてあったという。
ただ、差出人の住所は存在せず、名前も偽名だったので、それ以上のことは分からないという。
彼は施設を出た後、自動車部品工場で働きながら大学の二部に通い続けた。送られてきた金はその際の学費の足しになったことは言うまでもない。
『お陰で私は何の問題もなく大学生活も送れました・・・・。乾さん、貴方に依頼したいのは、この大金の送り主を探して欲しいのです』
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