跳躍

 いっせーのーで。長ぐつで踏み切った通学路のコンクリート。

 いっせーのーで。今より小さなスパイクで踏み切った駈瀬辺かせべの競技場。

 いつでも。どこでも。何度も。走って跳んだ。

 俺の胸には「路風みちかぜ」があって、利久の胸には「春ヶ丘」が今はある。


 大きく踏み切れ、いっせーのーで!!


 小学生選手権、俺と利久は二位と三位だった。自分たち以外に負けたことが悔しかった。同じ舞台は二度とない。だけど、もしも。また「もう一度」があるのなら。今日を「もう一度」にするならば。


「君たち二人、一成いっせいさんと利久さんで一位、二位取って来なね」


 できるよね? 俺たちならできる。


「……中学生になってもさ、オレ、いっせーと勝負できると思う?」


 小さな利久、不安がってたのがバカみたいだぞ。今日も俺らは一等面白い勝負をしているよ。

 どこで踏み切っても、俺らは誰より遠くまで跳べる。伸ばした手には雨上がりの洗われたばかりの空気、夏の太陽に近い空気が触れる。砂にまみれた身体の落ちる場所は、あの空の向う側。

 バシャンと音を立てて飛びこえていた水たまり。ゆるやかにゆれた水面。映したのは空と、向こうに渡った二人の少年。


 ザッ、と音がする。まき散らす砂の音と同じだって気付くんだよ。バッと上がる旗の色で浮かれて、落ちこんで、また助走を始めるんだ。だって俺たちはまだ「向こう側」の全部を知らないから。

 大きな水たまりを飛びこえた。

 その向こうに、まだ行けると知ってしまった。

 同じ場所から踏み切って、俺も利久もどこまで行けるんだろうか。限界はまだまだ見えない。やっと雨が上がったんだもの。キラキラと雨粒が光に照らされて、目に見えるものの全てがあざやかにかがやいているんだ。


 何本だって跳ぼう。もう一度なんて足りない。

 負けたら勝つまで終わりたくないし、勝ったら次も勝ちたいじゃんか。


 足元は泥だらけのスパイク。前髪が汗で張り付いているのは変わらないところだ。

 大きく息を吸って、踏切板の向こう側をじっと見る。


「いきまあす!!!」


 助走を始めるよ。いちばん先に、誰より遠くまで「向こう側」まで跳ぶために。


 大きく踏み切れ「「いっせーのーで!!」」

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