第19話 ハロウィン
アリーは、目をつぶっていたが、まぶたを透過して光が目に差し込んでいた。すると、次第に誰かが自分を呼んでいる声が聞こえてき始めた。聞き覚えのあるその声は、徐々に大きくなり、やがてはっきりと聞こえるようになった。
「アリーさん、アリーさん。」自分の名前を何度も呼ぶ声に反応して、アリーは目を開けた。
「アリーさん。大丈夫ですか?指何本に見えますか?」アリーが目を開け、少し興奮気味のサマンサが、三本の指をアリーに見せた。
「大丈夫。それよりあなたこんなところで何してんの?」アリーはまだ頭がくらくらしていて指の本数がよくわかっていなかった。
「助けに来たんです。」そう答えるサマンサの手にトーマスたちが持っていた金色の十字架が握られているのが見えた。
「やばいぞ。そろそろバチルダも目を覚ますぞ。」急に男性の声が聞こえた。
「アンディ?あんたも何してんの?」
「いやチャッピーがな・・・」アンディが答えていると、突然バチルダがうめき声をあげた。
「全く姑息な真似をしやがって。」鬼の形相のバチルダがこちらをにらみつけている。するとバチルダの体に異変が起こり始めた。髪の毛はだんだんと白くなりはじめ、手や顔の皮膚は、張りがなくなりしわが増え始めた。
「時間がないわ。」焦ったようにバチルダはそう言うと、アリーに飛びつくように宙を舞い、アリーに襲い掛かった。サマンサが十字架をかざして、アリーをかばったが何も起こらず、二人はそのまま顔を伏せることしかできなかった。
すると突然、部屋中に白い霧のようなものが充満し始め、視界が少し白くなった。二人は自分の身に何も起こらず、恐る恐る目を開けてみると、白い霧のようなものが人間の形を形成しており、その人間の男は必死にバチルダをおさえているのが見えた。
「フィリップ?」サマンサはつぶやくようにそう言うと、フィリップがゆっくりと振り向いた。
「こいつ本当に人間か?すごい力だ。」フィリップは徐々にバチルダに押されていた。すると今度は、小さな男の子がフィリップの隣に現れ、必死にバチルダをおさえ始めた。
「あれは、チャッピーか?」その光景を見ていたアンディが、そう言うと何を思ったのかそこに向けて十字のアクセサリーを向けた。チャッピーは、うなり声をあげながら、小さな体で一生懸命バチルダをおさえていた。
「この霧は何?」アリーは辺りを見回しながらつぶやいた。
「トーマス。」バチルダの力が一瞬弱くなったその時、正面玄関の門が開いたかと思うと、ミスタージェイルが大きなホースとタンクを担いで現れた。
「レッツ、ゴーストバスター。」ダサい掛け声を放つと、ミスタージェイルはホースから水をまき散らし、バチルダの足元を水びだしにし始めた。
アリーとサマンサは、その隙にバチルダから距離をとった。それにつられるように、フィリップとチャッピーもバチルダから離れた。
しかし、バチルダはそれを追いかける素振りどころか、その場から離れようとしなかった。
「あんたやってくれたわね。動けないじゃない。」バチルダは不機嫌に不平を言うしかできなかった。
「あの水がなんかあるのですか?」アリーがミスタージェイルに質問をした。しかし、答えは正面扉から入ってきたもう一人の人物が答えた。
「電解水だとよ。」
「ケヴィンさん。」ケヴィンが部屋に入ると、ケヴィンの頭上に先ほどから充満している霧がある人物の姿を作り上げた。
「親父・・・」ケヴィンは、その人物の姿を見るや否や叫ぶように言った。
「よう、息子よ。」
「まさか、親父が俺の守護霊?」ケヴィンは、少しうろたえたような声で尋ねた。
「え?まずい?」ケヴィンの父親、ダンテは軽い口調で答えた。すると正面扉からまたしても霧が今度はハスキー犬の姿を作り上げると、そのハスキー犬は屋敷中を走り回り始めると、一発吠えた。
「今の声ってまさか。」そう言いながら今度はパトリックが入ってきた。
「アレックス・・・おまえか。」パトリックが吐息のような声で言うと、パトリックが以前飼っていたハスキー犬のアレックスは、尻尾を元気に振りながら、パトリックの周りをぐるぐると周り始めた。
「そうか、この子は君の。」今度は老人姿のトーマスがゆっくりと入ってきた。
「君がこの屋敷に初めて来たとき、この子が危険を察知して咄嗟に私に知らせてくれたんだよ。」トーマスは、微笑みながら話した。
「お前・・・」アレックスは笑っているかのように口を広げ、パトリックを見ていた。本当ならパトリックは、アレックスを思う存分撫でてやりたいという気持ちをぐっとこらえた。
「ヴァンシーさん。先ほどはありがとうございます。」アリーは、トーマスに近づくと小さくお辞儀をした。
「はて?先ほど?この前の事かね?」トーマスは不思議そうな顔でアリーを見た。アリーはそのことに対して、反論しようとすると急にバチルダが手を叩きながらしゃべり始めた。
「あのー、私まだいるんですけど?そう言う終わった雰囲気出すのやめてもらえます?」バチルダの言葉に全員に緊張が走った。
「私の愛しのトーマス・ヴァンシー。やっと会いに来てくれたのね?」バチルダは意地悪そうな顔で言った。
「トーマス。あいつやっぱり。」
「ああ、確かにちがうな。」ダンテの言葉にトーマスも同意した。バチルダは少し不審な表情を浮かべた。
「私は、三十年前お前に尋ねた質問を今ここでする。」全員がトーマスに視線を送っていた。
「君は一体何者なんだ?お前はバチルダではないであろう。」
「あら、なぜそんなひどいことを?」バチルダは、少し挑発的な態度をとった。
「彼女はたとえどんな時でも私に嫌われるような態度をとることはない。それに彼女は私をトーマスと呼んだことはない。」トーマスの毅然とした態度に、バチルダは少し焦った表情を見せた。
「もう一度聞く、お前は何者だ。」トーマスはさらに強い口調で問い詰めた。するとバチルダはかすかに笑みを口元に浮かべながら答えた。
「私は、今も昔もバチルダ・グレイシーよ。」
「嘘をつくな。」トーマスは怒鳴った。
「嘘をつくなと言われても、私にはそれ以外の存在を証明する名前がないの。あなたの質問にどう答えたらいいのかしら。」バチルダは高笑いをし始めた。
「もしかして・・・」フィリップが急に口を開いた。
「どうしたの?」サマンサは不思議そうにフィリップをみた。
「魂を乗り移られているのかもしれない。」
「どういうこと?」今度はアリーが尋ねた。
「肉体は魂の仮の存在であって、所詮は器でしかないから乗り移られたら、その肉体はその乗り移った魂のものになる。だが、魂はその存在そのもの。それが何かに乗り移られるというのは、その存在が別の存在に変えてしまう。」
「癌みたいなもんだな。」ケヴィンがつぶやいた。
「でもそんなことできる何かがあるのですか?」今度はアンディが尋ねた。
「ブードゥーだ。」ダンテがため息交じりに答えると、ケヴィンもうなずいていた。
「ブードゥーだったら、そんなよくわからんことがまかり通るだろう。もしかしたら、俺の女房も悪魔に囚われたとか言ってるけど、もしかしたらブードゥーの何かかもしれないな。」ダンテの独り言のような言葉に、ケヴィンは驚いた表情を見せた。
「まぁそれだったら少し気が楽かもしれねぇ。」ダンテがそう言うと、バチルダは急にすごい剣幕で怒鳴り始めた。
「全く、さっきから言いたい放題、もういいわ。そんなに私を悪者にしたいならなってやるわよ。」そう言うとバチルダは、天を仰ぎながら両手を広げた。
「もし、ブードゥーだとしたら、何が起こるか保証できん。」ダンテがそう言うと、全員、十字のアクセサリーを掲げた。すると守護霊たちの存在が少し濃く、はっきりと見えるようになった。
「アリーさんもこれ。」サマンサはそう言うと、アリーに十字のアクセサリーを渡した。
「でも、私には・・・」アリーはそう言いながら、ミスタージェイルの方を見ると、彼だけ守護霊が近くに見当たらなかった。アリーは、少し安心して十字を掲げようとしたとき、
「あら、トイレを探していたら道に迷っちゃったわ。」と言う、女性の声が聞こえてきた。
「ばあちゃん。」ミスタージェイルは、持っていたホースを床へ落とした。
「マイルズ、おばあちゃんも一肌脱ぐからあんたも、しっかりこの人たちを守るんだよ。」マイルズの祖母がそう言うと、ミスタージェイルは大きくうなずき、再びホースを持ち、力強く握りしめた。
その光景を見ていたアリーは、再び心配になり十字のアクセサリーを下ろそうとした。するとその手をサマンサが笑顔でやさしく止めた。
「大丈夫です。アリーさんの素敵な守護霊が必ず現れますよ。」アリーはその言葉を糧に十字のアクセサリーを掲げた。
すると、アリーの頭上にアリーと同じくらいの歳の女性の姿が、白い霧によって作られた。サマンサはそれを見て安心と喜びの笑顔をアリーへと向けた。しかし、アリーの顔は険しい表情を浮かべていた。そこにいる女性はアリーの記憶にはいない人間であった。
すると、突然雷鳴とともに辺りが真っ暗になった。
「そうねぇ、この町の魂をすべて奪ってしまえば、もうちまちまと栄気を吸う必要もないわね。」全員に再び緊張が走った。
「まずは手始めにこの屋敷の魂をすべていただくとしよう。」バチルダは力強く宣言すると、全員に強い衝撃が襲った。現世組は、アクセサリーを掲げ、守護霊組は一層踏ん張った。すると、暗闇の中に一筋の光が差し込むと、先ほどまでの衝撃が少し和らいだ。
その光の光源に白い霧が集まり始めると何かの形を作り始めたとき、トーマスの力が抜けた声が聞こえてきた。
「ヴァネッサ。」トーマスがそう言うと、白い霧は女性の形を作り上げた。
「久しぶりね。トーマス。ずいぶんと老け込んだわね。」ヴァネッサは、優しい笑顔で語りかけた。
「君は、何も変わっていないんだね。」そう言うトーマスの頬を一滴の涙が流れ落ちていた。ヴァネッサは、何も言わずにただトーマスを見つめていた。
「ところで、何をしているんだい?」
「決まっているじゃない。あなたを助けに来たのよ。あなたは私がいないとだめなのね。」ヴァネッサは微笑みながらそう言うと、屋敷のあちらこちらから光の玉が現れ、縦横無尽に動き回り始めた。
「何だ、この光は。」ケヴィンは無数の光を眺めながらつぶやいた。
「魂?」サマンサがそのつぶやきに答えた。
「もしかして、今日はハロウィンだから・・・」
「あの世からたくさんの助っ人が来てくれたってことか。」アンディのひらめきをミスタージェイルが補足した。
バチルダは無数の光る魂をにらみつけると、ヴァネッサの方を見た。
「三十年ぶりね。元気だったかしら?」バチルダは、嫌味を言い放った。
「ええ、あなたも三十年間、命をつなぐことで必死だったようね。」
「何の事かしら?」ヴァネッサの返答にバチルダは少し動揺した様子だった。
「とぼけても無駄よ。私はあの日から守護霊としてあなたの悪行をすべて見ていたのだから。」その言葉を聞いて、アリーはひらめいたような顔をした。
「どうしたんですか?」サマンサがアリーの顔を覗き込んだ。
「もしかして、今までこの屋敷でずっと私を助けてくれていたのってヴァンシー夫人だったのかなって。」その返答に、サマンサは少し首をかしげながら、ヴァネッサの方に再び視線を向けた。
「じゃあ、私をどうするつもり?」バチルダは挑戦的に尋ねた。
「もちろん、あの時と同じく出て行ってもらう。」バチルダは余裕そうな表情を浮かべた。
「ただ、」バチルダの顔が少し曇った。
「あなたは、大事な友人の仇。クリスティンは返してもらうわよ。」ヴァネッサがそう言うと、バチルダは突然笑い出した。
「彼女は私にもどうすることもできないわ。」
「なら、仇を打つのみ。」ヴァネッサはそう言うと、右手をあげ何かに合図を送った。すると、光る魂たちが次々と、バチルダに勢いよく体当たりをし始めた。バチルダは会体当たりされる度に、悲痛な叫びを繰り返した。
「マイルズ、絶対にそのホースは動かさないでください。」ミスタージェイルは、体当たりがバチルダに当たるたびに来る衝撃を、必死でこらえた。
屋敷に響き渡るバチルダの悲鳴を聞き、皆がその光景から目を背けた。しかし、ヴァネッサは真剣なまなざしでその光景を見届けていた。
「出て行きなさい、出て行きなさい。」ヴァネッサの声はだんだんと強くなっていき、その度にバチルダの悲鳴もさらに激しくなった。その光景をアリーは、クリスティンの体に入り込んだバチルダを追い出す時のヴァネッサと重ねた。
「さすがに、あれはひどいな。」アンディが少し引いた様子でつぶやいた。
「彼女は犯罪者ではありますが、かと言ってやっていいことと悪いことがありますね。」パトリックは、アンディの意見に同意した。
「トーマス。」ダンテはトーマスに意見を求めると、トーマスは目をつぶって考え始めた。
「助けようとしているのだと思います。」
「それはどういうことかな?」アリーの言葉にトーマスが質問で返した。
「詳しくはわからないですけど、彼女のあの眼差しは、クリスティンさんを助けようとしていた時の眼差しと同じだと思うんです。」アリーの説明を聞いて、ダンテは少し視線を落とした。
その間にも光る魂はさらに勢いを増してバチルダに攻撃を続けていた。その時バチルダが、涙で輝く瞳でトーマスに視線を送った。
「トーマス、お願い・・・」バチルダはかすかな声でトーマスに訴えた。トーマスは中身はバチルダだが、髪と目の色が違う自分の愛する人の姿で助けを求められ、少し情をバチルダに移してしまった。その瞬間、バチルダの体は光を放ち、光る魂たちを弾き飛ばした。
「トーマス、哀れな男だ。」バチルダはそう言うと、高笑いをしながら襲い掛かってきた。それを守護霊や光る魂たちが必死で抑えていたが、バチルダ一人の力でもかなり押されていた。
「やばいぞ。なにか彼らの力を強くさせる方法はないのか?」アンディはチャッピーを心配そうに見つめていた。
「アレックス。マックス。」パトリックは自分の守護霊の元愛犬のアレックスと、光る魂の中にいた、マックスを見ながら彼らの名前をつぶやいた。
「ばあちゃん、もうやめてくれよ。」マイルズの声に祖母からの返答はなかった。
「もう俺に罪を背負わせないでくれよ。」ミスタージェイルの声は、泣きすぎてほぼ出ていなかった。すると祖母は、バチルダの力をおさえながら答えた。
「私は、死んでこの方あんたを恨んだことなんてないよ。」祖母の予想外の答えに、ミスタージェイルは、呆気にとられた。
バチルダの勢いは徐々に増して行き、守護霊達をどんどん押していた。
「トムじいさん、あんたのまじないでどうにかできないのかよ。」ケヴィンが、トーマスに詰め寄った。
「無理だ、奴の力が強すぎて対抗できない。」トーマスはそう言いながらも何かを試していた。
「もう彼女はこの世のものじゃない。」ダンテは力をおさえながらも、半ばあきらめているようであった。
すると、その言葉を聞いたヴァネッサが、アリーに近づいた。
「アリーさん。あなたの守護霊は不完全な存在と言ったでしょ?」
「え?それは・・・」アリーは困惑しながらトーマスの方に視線を送った。
「完全な存在にしてほしいの。」ヴァネッサは鋭い視線でアリーに訴えた。アリーは自分の守護霊である初対面の女性を見ると、女性は悲しそうな表情でアリーを見つめていた。
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