第18話 真実
書斎の扉が勢いよく開いた。すると一人の女性がおびえながら、腰を抜かし倒れこんだ。しかし、音楽や酔っ払ったことによって大きくなった招待客たちの声と動きによって、すべてかき消されていた。倒れこんだ女性は急いで起き上がると、踊り狂う人々の間をかいくぐり、さらに逃げていった。すると勢いよく開いた扉の奥から、彼女を追う影が現れた。先ほどまで会を取り仕切っていた人とは思えぬ鬼の形相のヴァンシー夫人が現れた。ヴァンシー夫人は、目で女を探した。もう会場から先ほどの品のかけらもなくなっていることなど気にも留めていなかった。ヴァンシー夫人は不自然に何かをよけている集団を見つけると、そこにめがけて歩み始めた。その後ろからおろおろと現れ、情けない声で
「ヴァネッサ、ちょっとまってくれ。」と彼女の名前を呼んだ。しかし、ヴァンシー夫人は聞こえていないかのように、女がいる方向へ突き進んでいった。酔っ払った招待客たちも、ヴァンシー夫人の怖い顔を見て、酔いがさめたように道を開けた。
女は広間の階段を駆け上がっていた。その姿を見たヴァンシー夫人は、さらに足を速めた。その後ろからトーマスがやはりよろよろしながら、あとを追いかけた。階段の踊り場に差し掛かったところで、女はヴァンシー夫人につかまってしまった。ヴァンシー夫人は女の肩をつかみ激しくゆすった。
「早く出ていきなさい。早く出ていきなさい。」ヴァンシー夫人はまっすぐ女の目を見ながら叫んだ。しかし、女に反応がなかった。ヴァンシー夫人は不審に思い、ゆするのをやめ女の様子をうかがった。その瞬間、大きく低い雷鳴が轟き、あたりが一瞬強い光に包まれるとすぐに真っ暗闇になった。
「ヴァネッサ。ヴァネッサ。」突然静かになった屋敷の中に、トーマスの必死な声が響き渡っていた。トーマスはひとまず、ブレーカーの場所まで向かうことにした。すると暗闇を手探りで進むトーマスを後ろから何かの強い光が照らした。トーマスが勢いよく振り返ると、そこには懐中電灯を持ったダンテが立っていた。
「ダンテ、これはどういう事なんだ。説明してくれ。」トーマスは、安堵したのと同時に、ダンテに強く迫った。
「今日寿命を迎える予定だったのは、ヴァネッサではなくバチルダだった。」足元を照らしている懐中電灯の明かりが、二人をやさしく照らしているようにも見えた。
「もしかして、ヴァネッサと自分が入れ替わろうとしたってことか?」
「さすが。それもそうか。今まで彼女に散々いろいろされれば彼女の根端くらいお見通しか。」ダンテはそういうと、懐中電灯で辺りを照らした。
「じゃあ、もしかしてその代わりになったのは・・・」トーマスは、それ以上口にすることが出来なかった。ダンテはやるせない気持ちを抑え、周りの状況確認を進めていた。
「バチルダは自分の死期が近いことを知って、急に不老不死に執着し始めた。」少しの沈黙の後、ダンテが説明を始めた。
「いや、彼女は昔から不老不死についてはいろいろ調べていたよ。」トーマスはそう言いながら、暗い辺りを見回していた。床には割れた皿や、こぼれたワインが断片的にとらえられた。
「まぁどちらにせよその方法を彼女はブードゥーに頼った。」
「なんだって?」トーマスは、ダンテの方を見ながら怒鳴るように言った。
「お前が言いたいことは分かってる。」ダンテは、トーマスを制止するようにさらに怒鳴ると、トーマスはそれ以上何も言わなかった。
「お前が思っている通り、彼女に情報を流したのはクリスティンだ。」
「何を彼女に教えた?」トーマスは、冷静に尋ねた。
「お前、カルマって知ってるか?」
「霊媒師のことだろ?それがブードゥーとなんの関係が・・・」
「大ありなんだよ。」トーマスは動揺したように、眉毛が上下した。
「ブードゥーは、元々この世にいる魂の信仰心から生まれた精霊たちのことで、そいつらと交信できるシャーマンの一人が、そのカルマとかいう称号を作ったと言われているらしい。」
「ちょっと待ってくれ。カルマは悪魔が与える称号だろ?そんな人間ごときどうこう出来るものでもないだろ?」そんな話をしていると、二人はちょうどブレーカーの場所へたどり着いた。
ダンテが懐中電灯でブレーカーを照らすと、トーマスは背伸びをしながら、どうにかスイッチを上げた。すると屋敷中に明かりが戻ったと同時に、悲惨な状況が鮮明に姿を現した。
中央のホールに横たわる無数の招待客の亡骸、床に散乱する食器、グラス、食べ物。生存者は見当たらなかった。
「なんてこった。」トーマスは、目の前に広がる惨状に絶望した。
「カルマへの生贄。」ダンテの言葉にトーマスは、ふと思い出した。
「招待客は百人を超えてる。」
「目標達成ってわけか。」ダンテはしみじみとそう言っていると、トーマスは中央の階段を昇っていた。
「ヴァネッサ。ヴァネッサしっかりしてくれ。」トーマスは、階段の上で横たわっているヴァネッサを見つけると、すぐに駆け寄り体をゆすった。
「まさか、十字のネックレスを・・・」ダンテはトーマスの手の中で光るものを見つけ、すべてを察した。
「そんな・・・」ダンテは、そう言いながらヴァネッサに寄り添うトーマスをただ見ていることしかできなかった。
トーマスはヴァネッサの亡骸をそっと抱きかかえながら、数々の後悔が頭の中を駆け巡っていた。そしてその悔しさからあふれ出た涙は、目を閉じ安らかな顔をして眠っているヴァネッサの頬に当たった。トーマスが顔をヴァネッサの胸に伏せたとき、急にヴァネッサが笑いだした。トーマスは、ヴァネッサのお腹がポンプのように上下したことで、驚きのあまり顔を上げると、ヴァネッサが満足そうに高笑いし始めた。
「まさか。」ダンテはヴァネッサに起きている異変にいやな予感を感じていた。
「そのまさかよ。愛する者の涙よ。」ヴァネッサはそう言うと、トーマスの涙が触れた頬を人差し指で撫でた。
「でも、そのせいでお前は一生憎んでいる女の体で過ごすことになるんだぞ。そんな不名誉なことはないだろ。」ダンテは、バチルダを挑発した。するとバチルダはダンテをにらみつけると、すぐにトーマスを見つめた。
「愛する人が愛してくれるのなら・・・」バチルダは、ヴァネッサの姿でトーマスの首に腕を回そうとしたが、トーマスはすぐに払いのけ一歩下がった。
「お前はバチルダじゃない。」バチルダは、不思議そうな目でトーマスを見つめていた。
「君はどんな状況でも嘘の気持ちにだけは一番こだわっていたのに・・・君はいったい何者なんだ?」トーマスが恐怖の混じった声で尋ねると、ヴァネッサの髪の毛はあれよあれよと、金髪に変わり、瞳の色も黄色く変化した。
「バチルダ。」その姿を見たアリーは思わずそうつぶやいた。アリーはバチルダに微笑みを向けられたように感じると、今いた世界が砂となって崩れ去るように、何もかもがなくなり、またアリーの目の前には暗闇が広がり、老人姿のトーマスが目の前に現れた。
「ごめんなさい。全然意味が分からないのですが、バチルダはいったい何者なのですか?」
「私にもわからない。だが、最後に見たあのバチルダは、まるで別人のような振る舞いだった。おそらく、何かにとりつかれているのか、彼女の本性だったのかもしれない。トーマスは、少しうつむいた。
「愛する者の涙とは?それを浴びたことで何が起こるのですか?」トーマスは大きく息を吐いた。
「人間は弱い生き物だ。孤独に耐えられる者などこの世に存在しない。だが、カルマになる人間は、自分だけ不老不死になり、現世の人々を導いていく存在にならなければならなかった。それはつまり、愛する者に先立たれ、その悲しみを一生背負って生きていかねばならない、そう考えるカルマ候補がほとんどで、それが辞退理由になった。そこで、カルマになるにはもう一つ、愛する者に向けて流す涙と、愛する者から受ける涙をお互い受けると、互いにカルマとして、不老不死になれるということだ。」
「と言うことは、バチルダはあなたがカルマ候補であることを知ったうえであなたに近づいたということですか?」トーマスは静かに首を横に振った。
「私は、カルマ候補ではなかった。」
「じゃあ、バチルダがカルマ候補だった。」トーマスは静かにうなずいた。
「しかし、私たち二人とも完全なカルマではないようだ。見ての通り私はあれからずいぶんと歳をとった。彼女も若い人間から栄気を吸い取って若さを保っている。」
「なぜ、不老不死にならなかったのですか?」
「おそらく、私が彼女を愛していなかったから繋がりが半分しか発動されず、お互い不死の力だけを得たのかもしれない。」トーマスは言葉に似合わず、自信満々に答えた。
「ところで、なぜ私はここにいて、この話を聞いているのですか?私はどうなってしまったのですか?」
「安心しなさい。君はもうすぐ意識が戻る。お友達のおかげでね。」トーマスは優しい笑顔で告げた。
「だが、今見てもらった通り、バチルダは普通の人間ではない。気を付けて立ち回らなければ死よりもつらい未来が待っているかもしれん。」トーマスは、険しい顔でアリーに告げた。
「それに君は、守護霊がいないも同然。特に気を付けた方がよかろう。」
「そのことなのですが、私の守護霊は特殊らしいのですが、どう特殊なのですか?」その問いに対して、トーマスは難しい顔をした。
「私にもわからない。だが、感覚的に言えば不完全な存在ってところかな。」
「不完全な存在?」トーマスは、申し訳なさそうに、顔のしわをさらに増やした。
「少し抽象的な表現で申し訳ない。だが、これだけは言える。」トーマスは再び優しい笑顔に戻った。
「君は守られていないわけではない。君の守護霊は君とともにいることは変わりない。それに、君にとても深い関係がある人物のようだ。そのことは忘れちゃいけないよ。」トーマスはその言葉を告げながら、次第に消えていき、アリーの視界は再び暗闇が広がった。
「ヴァンシーさん、どこですか?」するとものすごく強くて力強い光がアリーを包んだ。アリーはまぶしさのあまり思わず目を閉じた。
アリーがいないハーバート一家の家のリビングでは、アリーの父親と母親がテレビを見てかぼちゃを食べていた。
「急にどうしたのよ。」母親は旦那の急な話題に少し戸惑っている様子であった。
「いや、なんか今なぜかふと思って。そう言えば決めていなかったなと思って。」
「確かに、そうねぇ。」二人はどこか楽しそうに何かを考えていた。
「でもあの時はまだ私も日本のことが好きだったからそっちの方にしていたかもしれないわね。」すると突然、母親は何か疑うような目で父親を見た。
「そういえば、なんか決めてなかったっけ?すごい変なの。」
「そう言えば・・・」父親は遠い記憶をたどっていた。
「何だったっけ?」すると父親が何かを思い出したかのように、目や口やら顔のすべてが最大限に広がった顔をした。
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