第15話 ガールズトーク
「なんか久しぶりの雨だね。」
「そうですね。私の家の庭もこれで安心です。」アリーとサマンサは、レストランの窓から雨空の外を眺めていた。二人はボックス席を対面で座り、アリーの目の前には透き通った緑色のメロンソーダが、そしてサマンサのテーブルの前には、氷だけが残されたコップが置かれていた。
隣では、鉄板で焼かれたハンバーグを家族連れがおいしそうに食べていた。それを見てアリーは、物欲しそうに。サマンサは、ほほえましく眺めていた。
「そういえば、今日はアリーさんずっとどこか行かれていましたけど、何されていたのですか?」
「ちょっといろいろとね。」アリーはそう言うと、メロンソーダで空腹を紛らわした。
「もしかしてグレーテンヒルのあの屋敷ですか?」サマンサは心配そうに尋ねた。
「いや、今日は行ってないわよ。」アリーが優しく微笑みながらそう言うと、サマンサは安心したように少し息を吐いた。
「ところで、昨日私が、あの物件に行くときお守りを捨ててほしいって言っていたじゃない?その理由を詳しく教えてくれないかなぁ?」アリーは何かを思い出したかのようにサマンサに、いつも以上に優しく尋ねると、サマンサには逆効果のようであった。
「いや、もう忘れてください。ひどいことを言ってすみませんでした。」サマンサは必死に話を終わらせようとした。
「別に怒ってはいないんだけどね。ただ、少し気になることがあって。」サマンサは不思議そうにアリーを見ていた。
「あなたがアンディと話しているフィリップとかについても知りたいの。」サマンサの顔が少し曇った。するとウェイトレスが、二人が頼んだハンバーグとチーズグラタンを持って現れた。
「ハンバーグは?」ウェイトレスの問いかけに、アリーが軽く手を挙げて答えた。ウェイトレスはハンバーグをアリーの前に置くと、そのままサマンサの前にチーズグラタンを置き、伝票をバインダーに挟んで去っていった。
アリーの目の前では、ハンバーグから出ている肉汁が、ぐつぐつと音を立てていた。しかし、それよりもチーズグラタンのチーズの香ばしい匂いに心奪われていた。
「料理が来ちゃったし、冷めちゃうから先に食べようか。」アリーはそう言うと、フォークとナイフを手に取った。しかし、サマンサは全く動こうとせず、下を向いていた。
「なんかごめん。もし、話せない内容なら別に・・・」
「アリーさんは、守護霊を信じますか?」サマンサは、アリーの言葉を遮って尋ねた。アリーは戸惑いの声が漏れた。その声を聴いてサマンサは、説明を始めようとしたが、アリーがその問いに答えた。
「魂の契約を満了できずに、肉体が死を迎えてしまった魂が、生前つながりが強かった魂を守っているその魂のことであってる?」サマンサは、あまりにも流暢に説明するアリーに驚いていた。
「大体はあってます。」
「じゃあ、フィリップって知り合い?」アリーは、そう言うとハンバーグを切り始めた。
「いや、生前の知り合いではないんです。」サマンサはそう言うと、チーズグラタンを一口ほおばった。それに合わせてアリーもハンバーグを口に入れた。しばらくしてサマンサは最初の一口を食べきると、話を進めた。
「守護霊は生前のつながりが深かった人物に限らず、あの世の住人も守護霊として私たちを見守っているらしく、フィリップも恐らくこの世で生活をしたことがない魂です。」
「じゃあ、もしかしたら私にも守護霊がいるわけ?」アリーは、二口目のハンバーグが刺さったフォークを持ちながら尋ねた。
「まぁ基本的には・・・」サマンサの顔が曇った。
「へぇ、ちょっとどんな人なのかは知りたいかも。」アリーは能天気にそう言いながら、ハンバーグを食べ進めた。
「てか、アンディもそうだけどどうやってコミュニケーションをとってるわけ?」アリーは、口の中のハンバーグを食べきるのを待たずに質問をつづけた。
「声が聞こえるんです。別にどこにいるのかはわからないですけど話の内容的になんとなく察することはできますが・・・」
「それって最初は不気味じゃない?」今度は、しっかり食べきってから質問をした。
「はい、怖かったですけど小さい時からだし、基本は四六時中一緒にいるわけではないので、そこまで気にならないです。」すると、アリーはふと何かに気付いた。
「もしかして、いつも私をサポートしてくれているあの動きは、フィリップありき?」アリーの質問にサマンサは、また顔を曇らせた。
「はい・・・実は・・・」アリーは、その答えを聞くと無言で、ハンバーグの横にあるポテトを口にした。
「がっかりしましたよね。」サマンサは恐る恐る尋ねた。すると、ポテトでいっぱいの口を閉じながら、変な声とともに首を横に振った。
「むしろあれは怖かった。」そう言うと、アリーは一人で爆笑し始めた。それを聞いてサマンサは安心したように笑い始めた。アリーはふとサマンサのテーブルを見ると、グラタンの減りが悪いことに気づきしばらく黙ることにした。すると、サマンサの食のペースが格段に上がっていった。
アリーは自分のハンバーグの鉄板と見比べた。ハンバーグが後一切れなことに気付いた。
「ねぇ、」アリーの呼びかけにサマンサは口を少し手で抑えながら、顔を上げた。
「私もハンバーグあげるからそのグラタン一口くれない?」すると、サマンサはどこか嬉しそうに、笑顔でうなずいた。二人はお互いの料理の一切れを交換すると、それぞれの感想を言い合った。
「なんかアリーさんって無邪気なんですね?」
「それどういうこと?」アリーは、かなりの瞬発力で言い返した。
「なんか仕事の時はクールで、なんでもそつなくこなしていてかっこいいですけど、なんか今は・・・かわいいです。」アリーは顔を真っ赤にしてわかりやすく照れ始めた。
「仕方がない、そんなかわいいことを言う君には、何かデザートを授けよう。」アリーがそう言うと、サマンサは必死な表情になった。
「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないです。」
「いいから早く食べなさい。」アリーが優しくそう言うと、サマンサは、
「ありがとうございます。」と言いながら、必死にグラタンをほおばり始めた。アリーはある程度緊張を解いたところで、さっきの話の続きを始めた。
「ねぇ、私の守護霊の声って聞こえたりするの?」すると、せっかく説いた緊張が再びサマンサの中で走り始めた。
「ごめん、でも少し気になっちゃって。」アリーもすぐに話をやめようとした。しかし、あっという間にグラタンを平らげていたサマンサは、また顔を曇らせながら話し始めた。
「基本的にはほかの人の守護霊とコンタクトは取れません。まぁ守護霊どうしはとれるみたいですが。」
「なんかそれでアンディを助けたかなんかしたんだっけ?」アリーは、かすかな記憶をたどった。
「そうなんです。なのでアンディを介してチャッピーとコンタクトをしたことはあります。」
「じゃあそんな感じで私の守護霊とはコンタクトは取れないの?」アリーは少し身を乗り出して尋ねなおした。するとサマンサは、少し気まずそうな顔をしながら話した。
「実は、フィリップには言わない方がいいって言われているのですが、アリーさんの守護霊は、なんかほかの魂とは違うらしいんです。」
「へぇ、なんか嫌じゃないね。」アリーは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐにごまかした。
「ただ・・・」サマンサは顎と鎖骨がぶつかるのではないかと思うほど、さらにうつむいた。
「昨日、アリーさんが出かけるときに、私アリーさんにひどいことを言ってしまったじゃないですか?」
「お守りの事?」アリーの少し軽い口調に、サマンサの顔が少し上がったように感じた。
「実は、その守護霊のことに関係していて。」
「と言うと?」アリーは、少し緊張の面持ちで説明の続きを求めた。
「そのお守りとアリーさんの守護霊との相性が悪いようで、今アリーさんには守護霊がいないも同然の状態なんです。」サマンサの言葉にアリーは、少し理解が追い付いていないようであった。
「つまり、おばあちゃんからもらったお守りが原因ってこと?日本のお守りだからかしら?」そう言うとアリーはカバンからお守りを出した。
「おそらくそのお守りと言うより、お守りに宿っている生霊が守護霊との相性が悪いのかもしれないです。」サマンサはまた更に言いづらそうに言った。
「生霊?おばあちゃんのだからおばあちゃんの生霊ってこと?」アリーの顔が少し険しくなった。
「生霊は魂どうしを結ぶ助けになるものですけど、例えるなら所詮は糸なので、かなり効果は薄いんです。」しかし、アリーはそれよりも、なぜ自分の守護霊とあの優しいおばあちゃんと相性が悪いのか少し疑問に思っていた。しかし、今日一日の話を聞く限り、サマンサが嘘をついているとは思えなかった。それに何よりなぜか、胸の中にかかっていたもやがすっかり消えて、すがすがしい気持ちになった。
サマンサはさらに話をつづけた。
「実は、フィリップからアリーさんをあの物件へ行かせることを止められているんです。」
「まぁ、話を聞く限りそうだろうなとは思っていたけど、それは私に守護霊がいないのと関係があるの?」アリーはもう何を聞いても驚かなかった。
「私も詳しくはわからないのですが・・・」サマンサは、アリーをまっすぐ見ていた。
「実は、今日アリーさんのお客さんを取ったのも、あのお客さんがほかの物件を見つければもうアリーさんがあの物件へ行く必要がないと思って、フィリップと協力してやったことなんです。」アリーの顔がさらに引きつった。
「ごめんなさい。」
「大丈夫だから続けて。」アリーは、口調と表情が一致していなかった。
「私も、当然来たことがある前提で話を進めていたのですが、どう聞いてもまるで初めて物件を探しに来たかのような振る舞いだったんです。」アリーはさらに動揺した。
「そこで私は試しにあの物件を提案したんです。」
「そしたら?」アリーは食い気味に質問した。
「初めて見るどころか、全く興味を示さずむしろ即答で候補から除外されたんです。」アリーは営業マンとしてかなり動揺するのと同時に、一人の人間として恐怖を感じていた。するとサマンサは、アリーをじっと見ながら続けた。
「明日、行くんですよね?」
「やっぱり、そこまで来ると知ってるよね。」アリーは笑いながら答えた
「行かないでください。もう行く理由なんてないじゃないですか?」サマンサの声は、レストランに少し響いた。アリーは周りが二人を一瞬見て、再び各々の会話に戻るのを確認するとまっすぐな目線で答えた。
「あんた、後輩としては私にはもったいないぐらいだけど、営業マンとしてはまだまだね。」サマンサは不意を突かれたように、変な声がでた。
「営業マンなら、お客様の理想に最も近い物件を見つけられるように、引き出しを増やしておくものよ。」アリーは、明らかに自分は今格言を言っているかのようにしゃべった。
「それに、私が明日行くのは、営業マンとしてではなく、アリー・ハーバートとしてあの事件の真相を解き明かすために行く。」アリーの説明をサマンサは心配そうに、だがどこか尊敬の眼差しで聞いていた。
「だから、私は明日約束通りヴァンシー邸のヴァンシー夫人に会って、あの物件の隅々まで見て帰ってくる。」その言葉を聞いてサマンサは、もうアリーを止めるのをやめようと思った。そしてその代わり彼女はある決心を固めるのであった。
「ところで、やっぱり私の事わかってないみたいだから、今度からガンガンご飯に誘うからね。」アリーの言葉にサマンサは嬉しそうにうなずいた。
「まず手始めに今私が食べようと思ったデザートはなんでしょう?」
「ティラミスですか?」
「え、なんでわかったの?さてはフィリップ?」そう言うとアリーは、辺りを見回した。二人はそれから閉店までガールズトークを楽しんでいた。
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