第14話 手がかり

 アリーが事務所の扉を開けると、一組の夫婦がちょうど事務所から出ていこうとしていた。

 「いい物件があってよかったわね。」奥さんの声にアリーは聞き覚えがあった。アリーは咄嗟に道を開け、「ありがとうございました。」と挨拶をすると、夫婦は笑顔で軽く会釈をして事務所を後にした。そのときアリーはその夫婦が、ヴァンシー邸を気に入っていた夫婦で間違いないと確信した。

 いつものアリーなら、お客さんを横取りされたという嫌悪感を多少抱くが、今回はヴァンシー邸じゃない別の物件を見つけてくれたことで、少しほっとしていた。しかし、かなりフレンドリーだったご夫婦にしては、ずいぶんとよそよそしい印象を受けたアリーは、少し違和感を覚えた。もしかすると、ほかの営業マンから契約をしてしまったから、気を使っていたのではと無理やり腑に落とし、アリーは事務所の中へ入った。

 「おいアリー、サマンサが初めてお客をとったぞ。」入って早々アンディに話しかけられたアリーは、留守が長引いたことを詫びるタイミングを失ってしまった。事務所にいる社員たちは、まだ若くかわいらしいサマンサの成功を、拍手で讃えていだが、当の本人は浮かない顔をしていた。アリーはそんな後輩の姿を眺めていると、アンディが小声で、

 「まさか、客取られて怒ってんのか?」とアリーを小突いた。

 「あ、いや別に。」アリーは不意を突かれたように、しどろもどろになっていた。

 「多分、誰よりもお前に褒められたいんじゃないか?」アンディはそう言うと、自分のデスクへ戻った。確かに、全く何も思っていないかと聞かれれば嘘だった。だが、自分を慕ってくれている後輩の成功は無条件で嬉しいことだということを今日改めて気づかされた。 アリーはゆっくりとサマンサのデスクへと近づいた。

 「おめでとう。」まるで魂が抜けているかのように、ボケっとしていたサマンサは、アリーの優しい声に反応して少し飛び上がった。

 「アリーさん・・・すいませんでした。お客さんを取ってしまって。」今にも泣きそうな声で、サマンサは謝り始めた。

 「別に気にしてないわよ。」アリーは優しくサマンサの肩に手を置いた。アリーはサマンサの肩から、彼女の葛藤が伝わってきたような気がした。

 「でも・・・」

 「後輩の成功を喜ばない先輩がどこにいるのよ。」アリーは飛び切りの笑顔をサマンサに向けた。しかし、サマンサの様子は変わらなかった。

 「こうするしかアリーさんを助ける方法がなかったんです。」アリーの顔つきが少しこわばった。アリーは少し視線を辺りに移すと、アンディがちらちらと、こちらの様子をうかがっていることが分かった。アリーは、守護霊の存在を少し感じていた。

 「今日はお祝いだから食事でもどうよ。」アリーの言葉に、サマンサは驚いた表情でアリーを見つめた。

 「へ?お説教ですか?」サマンサは恐る恐る尋ねた。

 「私そんなに怖いの?」アリーがそう言うと、サマンサは思いっきり首を横に振った。

 「じゃあ、事務処理が終わるまで待ってるから、終わったら行こうか。」アリーがそう言うと、サマンサは大きくうなずきながら笑顔で返事を返した。

 

 そのころ、一人家路へ到着していたケヴィンは、資料まみれの部屋で父親の記録を調べていた。ケヴィンは、メモ帳を開いてはページをペラペラとめくると、すぐに放り投げた。ケヴィンの後ろには、多数のメモ帳が無造作に散乱していた。

 ケヴィンは天を仰ぎながら、両手を顔につけると掻き毟るように顔中を触り始めた。次第に変な唸り声を発しながら大きな声で自分を鼓舞するような掛け声とともに、上体を起こしたとき見慣れない日記帳に目がとまった。 

 「こんな日記あったっけ?」確かにケヴィンは今までずっと父親の日記を読み漁っていたが、この日記帳を見たことはなかった。

 ケヴィンは中を開けて最初の1ページを見ると思わず立ち上がった。

 「これだ。」独り言を言うと、その日記を黙々と読み始めた。その日記にはバチルダのことが書かれていた。

 「バチルダは、怪物となってしまった。彼女は復讐と執念でどんどんと、力をつけている。私とクリスティンは彼女を止める責任がある。」

 しかし、次のページ以降はなにも書かれておらず、それ以上の情報はなかった。いつもの事なのに今回はいつも以上にショックが大きく感じた。再びケヴィンは椅子に座ると頭を抱えた。そして、亡き父へ語りかけた。

 「親父はなんでバチルダを追ったんだよ。そこまで書いてんなら理由くらい書いてくれよ。」ケヴィンは、いつものように部屋を右往左往しながら、脳細胞を活性化させていた。

 「そもそもなんでお袋まで駆り出されてんだよ。」その時ケヴィンの動きがまるで床と靴が接着剤でくっついてしまったかのように止まった。

 「確かに、何でエクソシストでもないお袋がバチルダを追ってんだ?」ケヴィンはそう一人でつぶやいた。確かにケヴィンは父親がエクソシストであったということなどから父親の身辺しか調査をしていなかった。ケヴィンは家の中に何か母親に関する情報がないか探し回った。しかし、見つかったのはすごい昔に撮った家族三人の写真だけで、これと言って母親の情報は見当たらなかった。ケヴィンは再び途方に暮れた。

 ケヴィンは写真を片手にリビングルームへ降りると、ぺしゃんこになっているソファに腰を掛け、写真を眺めた。

 「全く、あれから三十年も経っているのに親不孝者だな。」ケヴィンは、写真の中でほほ笑む両親を眺めていた。

 その写真は、ケヴィンが新聞記者になった日、家の玄関口で撮ったものであった。当時は実家暮らしで、事件後も両親がいない実家で一人で暮らしていた。そのため、写真のころと今の風景に大差なく、ケヴィンはとても懐かしい気分に浸っていた。若かりし頃のケヴィンは、写真の中央で、両親が両サイドから挟むように立っていた。その姿は、照れくさそうに腕を組み、自信満々なポーズで写っていた。

 「全くなんちゅう顔してんだ俺は。」そう言うと、写真の自分の部分を指で弾いた。その時、ふと写真に写る今の玄関口にはないものが、ケヴィンの目に留まった。木彫りの骸骨のような顔つきのマスクが写真越しに、じっとこちらを見ているように見えた。ケヴィンは昔からそのマスクが嫌いで、事件後唯一変わったのは玄関口にあったそのマスクを捨てたことであった。

 その時ケヴィンはふと、その写真を撮った時にそのマスクを外そうとしたときのことを思い出した。

 「ブードゥー」ケヴィンはそう言うと、ソファーの背もたれを飛び越え、二階へ上がった。


 誰もいないはずのペンシルバニア州警察では、パソコンのキーボードをたたく音が鳴り響いていた。

 「全く、いつもそのくらいの意気込みでやってほしいね。」サムソン刑事が背後から、パトリックに話しかけた。しかし、パトリックは静かにある人物のデータを画面に映した。

「サムソンさん、この人があの日、同行していた先輩ですか?」パトリックは画面がら視線を逸らすことはなかったが、サムソン刑事がどんな表情を浮かべているかは、安易に予測できた。

 「ああ、」パソコンからのモーター音で掻き消えそうな声で、サムソン刑事は答えた。

 「殉職されていたんですね。」パトリックは、その声に負けないくらい消えかかった声で言うと、コーヒーをすすった。するとサムソン刑事は、そのまま自分のデスクへ向かった。

 「彼女は男勝りで、女性なのに俺よりも男らしかった。なんて言ったら怒られそうだけど。」サムソン刑事は、自分にデスクへたどり着くとそのまま座り、椅子を左右に動かしながら話をつづけた。

 「でも、さすがにあの光景にはこたえていたみたいだけどな。」サムソン刑事の笑顔がパトリックにはどうしても無理しているとしか思えなかった。パトリックは、再びキーボードをたたき始めると、画面は別の資料を映し出していた。サムソン刑事は缶コーヒーを静かにデスクに置いた。オフィス内にアルミがぶつかる無機質な軽い音が鳴り響いた。

 「だけどそんな彼女にも唯一女性らしい一面があってな。」サムソン刑事が話始めると、パトリックは黙ってキーボードから手を置き、サムソン刑事の方を見た。

 「彼女はお守りとかパワーストーンとかが大好きで、よく親戚からもらったパワーストーンがくっついているネックレスをポケットに入れてたっけな。」サムソン刑事は、懐かしそうに話していたが、急にデスクの上に飾られていた写真を眺めると、顔が曇り始めた。

 「あの日、現場で見つかったのはそのネックレスだけだった。でも、あれって持ってるだけじゃダメらしいな。」サムソン刑事は、そう言うと飾られていた写真を手に取ったが、またすぐに写真の面を下にしておいた。

 「お前は、死なないでくれよ。」サムソン刑事は、パトリックの返事を待たずにさらに続けた。

 「お前は、この事件に首を突っ込んでも、ちゃんと死なずに解決すると約束しろ。」サムソン刑事の力強い問いかけに対して、パトリックは無言だが、力強くうなずいた。すると、サムソン刑事はにやりと笑うと、缶コーヒーを口につけ残りのコーヒーを全部飲み干す勢いで上に振り上げた。

 「お前が言っていたパイプオルガンは知らないが、地下に続く穴なら見つけた。事件後から十年後の話だ。」サムソン刑事はコーヒーを飲み終えるとすぐに話し始めた。

 「そして彼女のネックレスはそこで見つかった。」パトリックの表情が引きつった。

 「そのことは上層部も知っている話ですか?」パトリックの声は震えていた。

 「もちろん。だからこそ、その二日後に捜査打ち切りで、あの屋敷は閉鎖されたってわけだ。」今のパトリックには、情報を隠し、臭いものに蓋をした上層部の恐怖が伝わっていた。

 「そしてこれは、捜査打ち切りが決まったから開示しなかった情報だが・・・」パトリックの表情が再び険しくなった。

 「その地下にはもう一つ、どこかへつながっている形跡があった。方角的には北の方角。」パトリックは熱心に聞いていたが、方角を言われてもいまいちピンとは来ていなかった。

 「そして捜査打ち切りから二年後に、ヴァンシー邸から北にあるグレーテンヒル19番地に、新しい家が建った。」パトリックはその説明でなんとなく位置が分かった。すると、サムソン刑事がふと窓の外を見た。

 「うわっ、雨だ。お先に。」そう言うと、サムソン刑事はオフィスを出ていった。


 そんな雨の中、グレーテンヒルに二人の男が歩いていた。一人は黒い傘をさしていたが、もう一人は白い防護服を着ていたため、傘はさしていなかった。雨は次第に強くなっていき、二人に容赦なく打ち付けた。

 しばらく歩いていると、二人は急に立ち止まった。防護服の男がポケットからメモ紙を出したが、あっという間に水で濡れ、ボールペンのインクはにじんでしまった。

 「グレーテンヒル19番地。」かろうじてメモを読み上げると、近くの番地表札を確認した。

 「ジェイルさん?誰がこんなところに住んでるわけ?」ケヴィンは湿気で少しけだるい気分になっていた。

 「あの事件の重要人物・・・かもしれない。」ミスタージェイルはそう言うと、呼び鈴を押した。

 「そもそも人が住んでるのかも怪しいけど。」ケヴィンはそう言うと、傘の下から荒れ果てた家の外見を眺めた。小さな一軒家で、庭は茶色く葉っぱが一枚もついていない枝だけの木がそびえていた。窓の雨除けは斜めに曲がり、外壁にはところどころカビのような黒ずみがついていた。

 すると扉の方から、錠が動く音が聞こえた。ケヴィンはどんな人物が出てくるのか、と言うよりそもそも人間が出てくるのか、緊張が走っていた。

 「お久しぶりです。トムじいさん。」ミスタージェイルが現れた老人にそう言うと、杖を突いた老人は、二人をじっと睨みつけていた。

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