第12話 カルマ
「守護霊ってなんか俺たちを守ってくれる幽霊ってところか?」ケヴィンの守護霊についての推測の内容も、アリーの耳には入っていなかった。ミスタージェイルは、軽くうなずくと、説明をつづけた。
「守護霊は、契約満了前に肉体が朽ちてしまった魂が、生前かかわりが深かった魂の肉体を保護している魂のことを指す。」パトリックの先ほどの質問の答えがやっと出てきた。
「それって、人間に限ったことなのですか?」パトリックが少し食い気味に質問した。その振る舞いにケヴィンが、なにか目で訴えているようだった。しかし、ミスタージェイルは何事もなく、質問に答えた。
「もちろん、人間以外にも動物であることもある。」パトリックは、胸がスッキリするような不思議な感覚に陥っていた。ミスタージェイルの説明はさらに続いた。
「だが、中にはこの世界で生活をしたことがない魂、つまり契約をしたことがない魂が、守護霊として存在していることがある。」
「つまり、あっちの世界の住人がこっちの世界のことを知りたくて、その肉体に憑りついているってことか?」ケヴィンがそう言うと、アリーがいきなり、
「それは違うと思います。」と言い出した。いきなりのことで困惑しながらも、三人はアリーの説明を待った。
「わかんないですけど。」アリーはうまく説明できる自信がなかった。
「まぁ目的はわからんが、その魂からいろいろ話を聞いた。」短時間の沈黙の後、ミスタージェイルが、話をつづけた。
「名前は確か、フィリップだったかな?」その名前を聞いた途端、アリーは再び目を見開いた。さすがに様子がおかしいと感じたパトリックは、アリーの顔を覗き込んだ。
「さっきから大丈夫ですか?目の焦点合ってませんよ。」するとアリーは、ふらふらな声でミスタージェイルに質問をした。
「そのフィリップっていう魂にはいつ、どうやって会ったのですか?」ミスタージェイルは、少し戸惑いながらもその質問に答えた。
「あれは二十年前くらいだな。俺が幽霊捕獲をし始めたころ、最初に罠に引っかかったのがフィリップだった。」
「待て待て、幽霊捕獲ってどうやんの?」ケヴィンが急に話を遮った。
「幽霊が水に集まる習性を生かして捕まえようと思ったんだけど、彼から言わせてみればそれも違うらしい。」
「でも、捕獲できたんですよね?」パトリックが話を掘り下げた。
「いや、この話はまた今度にしよう。」ケヴィンはアリーの様子をうかがうと、先の説明をミスタージェイルに求めた。パトリックもアリーの表情を見たが、直視できず目をそらした。
「とりあえず彼いわく、この世界で初めてのカルマが誕生したとのことだった。それで、俺はカルマの話からここまでの話を、彼から聞いてそれを全部君たちに話したってわけだ。」
「だから、なんかレコードみたいに、融通が利かない説明だったのか。」ケヴィンが笑いながらそう言うと、
「ちょっと待て、カルマって今までいなかったんじゃないの?」とアリーがものすごい勢いで突っ込んだ。すると、パトリックとケヴィンも目を見開きながら、何かを訴えるような目で、ミスタージェイルを指差した。
「そのことでここに来たんじゃなかったんですか?」ミスタージェイルの顔つきが少し変わり、三人はやっと人間らしさを感じた。
「そうだ。あんたはあの事件の生き残りだから何か聞けると思ったんだよ。」するとケヴィンの言葉を聞いたミスタージェイルは、急に高笑いをし始めた。三人はお互いの顔を見合わせながら、不思議そうにミスタージェイルを見つめた。
「もしかして、お前が一人目のカルマか?」ケヴィンの言葉に、パトリックとアリーは、ケヴィンを見た。すると、ミスタージェイルの高笑いはさらにエスカレートした。
「どうなんですか。」パトリックがそう叫ぶと、三人はミスタージェイルから後ずさった。すると急に、ミスタージェイルの高笑いが止まった。
「違うけど?」三人はほっとため息をついた。
「お前、なに遊んでくれちゃってんだよ。心臓止まるかと思ったじゃねぇか。」ケヴィンは、ミスタージェイルの防護服の首元をつかみ、思いきりゆすった。
「そしたら誰かの守護霊になれたかもしれないですね。」
「てめぇ、反省する気あるのか?」中年男二人がじゃれ合う姿を見ながら、若者二人は、アイスティーを飲み干した。
「お前まさかいままで話してた、あの日のばあちゃんとの話は嘘じゃないだろうなぁ?」
「違う、それに俺は一言も自分がカルマだなんて言ってないし。」ミスタージェイルは、かなり強く言い返した。
「おばあちゃんの話?」アリーの言葉に、ケヴィンは黙って、話すかどうかの判断をミスタージェイルに委ねた。しかし、ミスタージェイルもケヴィンに目で何かを訴えた。ケヴィンはそれを汲み取り話始めた。
「こいつのおばあさんは、あの事件の犠牲者だ。」ケヴィンの後押しに答えるようにミスタージェイルも静かに話し始めた。
「私は祖母と二人暮らしで、あの夜もどうしてもそのパーティーに行きたいと聞かなくて、付き添いとして参加した。でも、その日の夜、私はどうしても見たいドラマがあった。それで私は、祖母を置いて帰宅してしまった。」次第に、ミスタージェイルの声に震え始めた。
「次の日の朝、寝落ちしていた私は、電話の呼び鈴で起こされた。」ミスタージェイルは、大量の涙を流しながら静かにその場に伏せた。ケヴィンはそんな彼のそばによると、背中をさすりながら、
「わかった、もういい、自分を責めるな。」と優しくささやいていた。その光景にパトリックは、深いため息をつきながら、身を乗り出していた体を背もたれに着けた。アリーみ目を真っ赤にさせながら、涙を浮かべていた。
「もし、タイムマシンがあれば、私は真っ先にあの日に戻って、引きずってでも祖母を連れて帰る。真っ先に・・・真っ先に・・・」ミスタージェイルは泣きながらケヴィンの膝を叩いた。三人はそれ以上、事件のことを質問するのはやめた。床に彼の涙が一滴、また一滴と落ちていた。
しばらくすると、ミスタージェイルは顔を上げた。
「すまない、私としたことが。」三人は無言で首を横に振った。
「そうだ、話の続きだったな。」
「もういいよ。俺たちもそろそろ帰るよ。」ミスタージェイルの言葉を、ケヴィンは遮ると、アリーとパトリックも優しい笑顔でうなずいた。しかし、ミスタージェイルはその言葉を聞いていなかったように、話をつづけた。
「誰が最初のカルマかって話だが・・・」
「目星はついてるよ。」ケヴィンは、ミスタージェイルの話を遮ると、立ち上がりそのまま玄関へと向かった。
「トーマス・ヴァンシーだ。」ミスタージェイルの言葉に、三人は足を止め、振り向いた。
「え?待って、バチルダって女じゃなかったの?」
「あの亭主があの事件の元凶って言いたいのか?」ケヴィンは確信ある自分の推理が覆され、混乱していた。すると、パトリックが急に冷静になった。
「でも確かに、あのパーティーを開いたのは彼だし、スピリチュアルな仕事をしていたのなら、カルマの事を知っていても不思議ではない。彼じゃない理由が見当たらないのも事実かもしれないですね。」
「さすが刑事さんらしい推理だぜ。じゃあ、トーマス・ヴァンシー逮捕で一件落着ってか?」パトリックの推理に、ケヴィンが嫌味を言った。
「とは言っても彼は行方不明だし、ここまで現実味がない事件だと逮捕できるかどうか?」パトリックは、難しい顔をした。
「でも最近の行方不明事件だったら、若い女性を狙っている点では合点がいきますし、したいとかの証拠が出てくるはずですよ。」アリーの説明にミスタージェイルが首を傾げた。
「だが、カルマであるトーマス・ヴァンシーがなぜ、若い女性を誘拐する必要がある。」ミスタージェイルの問いに、アリーはこめかみを指で強く押した。
「それは、性欲を満たすためとか?まぁ、あとはヴァンシー夫人を名乗ったバチルダって女がいるのは事実だから、そいつが犯人かもしれないけど。」アリーは適当に答えた。すると、今度はパトリックが挙手しながら話し始めた。
「そうですよ。ヴァンシー夫人を名乗るバチルダは、三十年前の姿とほぼ変わらなかった。つまり不老不死になっているのは、バチルダである方が可能性は高いと思うのですが。」
「もうわけわかんない。いったん整理だ。」ケヴィンは両手を大きく振りながら、叫んだ。
「そもそも、あんたは何を根拠に、トーマス・ヴァンシーがカルマだっていうのさ。」
「フィリップの情報だけど。」ケヴィンの問いにミスタージェイルは、信憑性のある根拠で、三人は少し尻すぼみになった。
「でも、不老不死になっている可能性が高いのはバチルダ。だとすれば彼女が不老不死の理由は別のどこかにある。親父が彼女を追っていた理由もその中に合って、それが誘拐事件を引き起こしている原因かもしれない。」ケヴィンがそんな話をしていると、急に誰かのスマホの着信音が鳴り響いた。するとパトリックが、背もたれにかかっていたコートのポケットを漁り、スマートフォンを取り出した。スマートフォンは、けたたましい音と、神々しい光を放っていた。パトリックは画面を横にスクロールすると、耳にスマートフォンを当てた。
「もしもし・・・はいそうですが・・・」残りの三人は、不思議そうに、パトリックの様子をうかがっていた。すると、突然パトリックが大声を上げた。
「えっ、マックスが?」様子をうかがっていた三人は、少し飛び上がった。アリーは聞こえてきた単語からさらに興味を示した。
「わかりました。すぐに向かいます。」パトリックは焦ったような口調でそう言うと、スマートフォンをポケットへ入れた。
「どうしたんですか。」アリーは、心配そうな表情を浮かべながら聞いた。
「マックスが危篤だって。」
「マックスってあのワンちゃんですか。」パトリックにアリーの声は届いていなかった。
「すいません。ちょっと急用ができてしまっったのでこれで失礼します。お話ありがとうございました。」パトリックはそう言うと、足早にコートを腕にかけ玄関へ向かった。
「ちょっと待ってください。」アリーは先ほど無視された反動から、少し大きめの声でパトリックを呼び止めた。
「私も、ご一緒してもいいですか?」パトリックは振り返りざまに、
「良いですよ。」と言うと外へ飛び出した。アリーはその答えを聞くと、同じように足早に外へ飛び出していった。
「行っちまったなぁ。どうやって帰ろう。」ケヴィンは途方に暮れていた。しかし、ミスタージェイルは、まだ何か考えているようであった。
「まだあの話が気になるわけ。」しかし、ミスタージェイルからの返答はなかった。しばらくするとミスタージェイルは、二人が飲み干したからのコップを、台所に下げに行った。すると、ケヴィンは残り少ないコップを口に近づけながら、
「もういいんじゃない?マイルズに戻っても。」と言うとコップに口をつけ、残りを飲み干した。
「自分を刑務所から出してやれよ。シャバの空気はいいぞ。」ケヴィンは返答が来ないことはわかっていた。
「そもそも、刑務所さんって意味わからんし。」ケヴィンが笑いながらそう言うと、ミスタージェイルは、洗い物をしながらつぶやいた。
「もう一度会って、謝るまでは・・・」
「って言ったって相手は死人だぞ?だからってそんな歳して掃除機振り回してたら、おばあちゃんも死ぬに死にきれないって。」ミスタージェイルは黙々と洗い物を進めた。しばらく、蛇口の水が溜まっている水を叩きつける音が響き渡っていた。
「ところで、トーマス・ヴァンシーがカルマならもちろん今も生きてるってことだよな?」ケヴィンは、コップの中の氷をかき回しながら言った。
「まぁそういうことだな。」ミスタージェイルは洗い物を終え、蛇口の水を止めた。妙な静けさを残しながら、ミスタージェイルは再びリビングへ戻り、椅子に腰を下ろした。
「この辺りに住んでるとか?」ケヴィンの問いかけにミスタージェイルはあえて答えなかった。
「もしかしたら、すれ違ってるかもな。」ケヴィンは、ミスタージェイルの腕を肘で軽く小突いた。しかし、ミスタージェイルは軽くケヴィンに視線をやると、それ以上の反応を見せなかった。
「もし、すれ違ってトーマス・ヴァンシーってわかったらどうする?」ケヴィンは楽しそうに尋ねた。
「殺すかな?」ミスタージェイルは静かに答えた。
「言うねぇ。」ケヴィンは軽い調子で返した。
「もしパトリックがいたら、殺人予告とか言われちゃうぞ。」そう言うとケヴィンは立ち上がり、上着を着始めた。
「さて、そろそろ俺もお暇しますわ。」ケヴィンはそう言うと、玄関へ向かった。すると、ミスタージェイルも立ち上がり、ケヴィンを玄関まで追った。
「あなたはどうするんですか?」ミスタージェイルの問いかけにケヴィンは、不敵な笑みを向けると、玄関の扉が閉まった。
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