第11話 悪魔の契約
昨日見たばかりの「ようこそ、グレーテンヒルへ。」という看板が、何年振りかに見たような錯覚を二人は起こしていた。ケヴィンの運転する車はグレーテンヒルへ入ると、ミスタージェイルと呼ばれる男が住む家を目指した。住宅街の様子は昨日と何も変わらず、のどかに見えた。パトリックが昨日ミスタージェイルと出会った場所に差し掛かると、車もそこで停まった。
「着いたぞ。」ケヴィンは、車のエンジンを切った。するとパトリックは、降りようとするケヴィンの動きを遮るように、話始めた。
「まず、法定速度違反が四回、信号無視二回、標識無視一回かな。」すると、ケヴィンは、口をとがらせながら、反論を言い始めた。
「速度違反って言ったって、あの速度じゃなきゃ周りが速いんだから逆に事故っちまうだろ。それに、あの信号一回赤になったら、次いつ青になるか分かったもんじゃないし、標識無視って動物注意ってやつか?」すると、その言い合いを見ていたアリーが、
「あなたたち二人のどちらかが彼氏だったら、今この瞬間別れるわ。」と言うと、車を降りた。
「ほら、言われてるぞ。」ケヴィンも、そう言うと車を降りた。
「いや、あなたもですよ。」パトリックも慌てて、車を降りた。
三人は、一軒の家の前で建っていた。グレーテンヒルの中では、そこまで大きくはないが、普通の一軒家にしては少し大きく、庭も少し広めではあったが、雑草が伸び放題で、柵にはつるが絡まっていた。
「ここが彼の家ですか?」パトリックが、ケヴィンに確認を取った。
「そう、ミスタージェイル。本名、マイルズ・ジェイフィールドの自宅だ。」
「何してる人ですか。」アリーは少し、薄気味悪さを感じていた。
「自称、ゴーストバスター。」ケヴィンは、少し大げさに答えたが、すぐに普通に戻し、
「まぁ、詳しいことは知らんが、自称しているだけにそういった怪奇現象の知識は豊富だ。来て損はないと思うぞ。」と説明を付け加えた。しかし、その説明を聞いてもアリーとパトリックは、あまり乗り気になれずにいた。周りを少し気にしてみても、どこか住民たちからの変な視線を感じる気がしていた。しかし、そんなことを気にも留めず、ケヴィンは呼び鈴を押した。
すると、インターフォンが少し騒がしい音を立てると、少し怪しげな男性の声が聞こえてきた。
「合言葉は?」その声は、ボイスチェンジャーを使っているのか、低すぎる声だった。するとケヴィンは、何も動じずに合言葉を言い始めた。
「失敗する余地があるものは必ず失敗する。」すると、インターフォンの男は、何も動じることなく、「入れ。」と一言だけ残したが、鍵が開く音がするわけでもなく、二人は辺りを見回した。しかし、ケヴィンはそれでも動じることなく、普通に門を開けると、庭を通り家の扉の前へ来た。
「いや、じゃあ今の合言葉いります。」パトリックは、まんまとミスタージェイルに調子を狂わされていた。
「言っとくけど、こんなのはまだ序の口だぞ?一個一個に反応していたら、何年たっても解決できないぞ。」ケヴィンはそう言うと、軽く三回ノックをした。すると、パトリックが待っていた、扉の錠が動く音がした。中から、白い防護服を着た人間が現れ、無言でケヴィンに中へ入るよう促した。二人も、そのまま続けて入ろうとすると、防護服の男が無言で止まるように指示をしてきた。
「何ですか?我々は、彼の知り合いです。」パトリックがなぜか大きな身振り手振りと、簡単な言葉で説明した。すると、防護服の男は防護服のポケットからタブレットを取り出すと、何か入力し始めた。二人は、少し不機嫌そうにその様子を眺めていると、書き終えたらしくそのタブレットの画面を二人に見せてきた。
「あなたたちは、将来タイムマシンを手に入れた場合、今日の今から一分以内に、何かしらアクションを起こすことを誓いますか?」アリーがタブレットに書かれた内容を読み上げると、防護服の男は無言で確認をするような素振りを見せた。
「誓います?」
「私も、はい。」二人は、とりあえず返事をしながらも、まったく状況がつかめないでいた。すると、防護服の男が急に辺りを見回し始めた。それにつられ、二人もとりあえず意味もなく、辺りを見回した。そして、ちょうど一分後に防護服の男は、がっかりした素振りを見せると、防護服の顔のマスクの部分を外した。
「非常に残念だ。」男は思っている以上にがっかりした表情で言うと、そのまま家の中へ入っていってしまった。
「ちょっと待ってください。我々は合格ですか?」パトリックが慌てて呼び止めた、すると、家の奥からケヴィンの声が代わりに答えた。
「いや、合格不合格とかないよ?」その言葉を聞いて、二人は先ほどの男以上に、がっかりしながら、中へ入った。
「なら、あなたもそう言ってくださいよ。とんだ無駄な時間じゃないですか。」アリーは、頬を膨らませながら不平を言うと、パトリックも激しくうなずいた。
「いや、俺も気になったからさ。ちなみに、俺は鉢が上から落ちてきたからワンチャンあると思ったけど、それから二十年。いまだに、手に入る気がしない。」ケヴィンは、本気なのかふざけているのか二人にはわからなかった。
二人がリビングへ入ると、すでにケヴィンはソファに座りくつろいでいた。すると先ほどの男が防護服を着たまま、アイスティーとコップを四つのせたおぼんを台所から持ってきた。
「もしかしたら、その事実を知ったことによって、タイムパラドックスが生じてしまったのかもしれない。」
「じゃあ、もう少しうまくやらなきゃいけなかったな。」パトリックとアリーは二人の会話をリビングの入口で立って聞いていることしかできなかった。すると、男が急に二人の方に静かに視線を向けてきた。
「さぁ二人とも、こっちへおいで。おいしいアイスティーをお飲み。」二人には彼の言葉が、白雪姫に毒リンゴを食べさせようとしている魔女のささやきにしか聞こえなかった。二人は恐る恐るリビングに入ると、アイスティーが入ったコップを眺めた。コップには結露の水滴がたれ、ガラス張りのテーブルを濡らした。その様子を眺め、まったく飲もうとしない二人をケヴィンは、面白そうに眺めていた。
「お前ら毒なんか入ってないって。」ケヴィンがそう言うと、二人は少し飛び上がった。ケヴィンはそんなことを気にせず、そのまま男の紹介をし始めた。
「紹介するぞ。この人がミスタージェイル。幽霊の事なら何でも知ってる。」そう言うと、ミスタージェイルは思ったより普通に無言でお辞儀をした。二人もそれに応えるように、会釈で返した。
「そうだ、今日はカルマについて聞きに来たんだ。」ケヴィンは、急に思い出したかのように、ミスタージェイルに質問をし始めた。
「その言葉を不用心に口にするなんて感心しないなぁ。」ミスタージェイルはそう言いながら、台所へ何かを取りに向かった。
「もちろん、知っているよなぁ?」ケヴィンは、一方的に話を進めた。
「まぁね。」そう言うと、ミスタージェイルはアリーに拭くものを渡した。アリーは自分の周りを見てみると、コップの結露がさらにひどくなっており、水滴がかなりたれていた。
「ありがとうございます。」アリーはそう言うと、コップを拭いた。
「さて、何から話せばいいかな?」ミスタージェイルは言葉に似合わず、話す気満々な様子で、リビングのソファーに座った。
「そもそも、カルマと言うのはなんですか?霊媒師みたいなものですか?」今度はパトリックが質問をした。
「俺も最初はそういう認識だったけど、どうやら違うらしい。」ミスタージェイルはそう言うと、アイスティーを少し飲むと、話始めた。
「そもそも生き物は、天使との契約で一定期間、この世界へ住むことが出来るという仕組みで、その期間が終わると魂はいわゆるあの世へ戻るっていうわけだ。」早速二人は話に着いていけなかったが、もう慣れている様子だった。
「簡単に言えば、魂の契約が終われば死ぬってことだわな。」ケヴィンが少し補足を加えた。
「じゃあ、事故で亡くなってもそれも契約ってことですか?」
「知らん。」パトリックの質問に、ミスタージェイルは即答で答えた。するとケヴィンがパトリックに近寄ると、
「彼の流れってものがあるから、あんま邪魔しないであげて。」と耳打ちした。ミスタージェイルは、すぐに説明の続きを話し始めた。パトリックは、とりあえず黙って聞くことを選択した。
「だがあの世へ戻る前に悪魔との魂の契約を交わすと、その魂はカルマと言う称号を得ることができ、不老不死になることが出来るらしい。」
「不老不死。」アリーはそうつぶやきながら、今までの内容が線になったような気分になった。
「これだけ聞いたら、誰もが不老不死になりたがってカルマになると思うだろ?だが相手は悪魔だ。契約するにはとんでもない条件を満たさなければならない。」ここから先の話は、ケヴィンも聞いたことがないため、三人は茶々を入れることなく真剣なまなざしで聞いていた。
「その条件は、百人分の魂を悪魔へささげることだ。」その一言に、三人の体の動きが止まった。三人のアイスティーの氷が解けきり、コップの側面は結露だらけになっていた。
「ちょっと待ってください。そのカルマの称号を悪魔が与える理由って何ですか?」質問するアリーの声は、恐怖からか少し震えているように感じた。
「そもそも、カルマという存在は選ばれたものしかその称号の存在すら知ることが出来ないものらしい。」
「つまり?」ケヴィンの質問に対して、アリーとパトリックも答えを催促するようなまなざしをミスタージェイルに送った。
「方法はわからんが、悪魔はリーダーとなって人々を導いていけるような素質を持つ人間を選びカルマの力を与え、与えられた者は三日以内にその条件を成し遂げる必要がある。」
「なるほど、命を投げ出せる価値を見出せるような人間でなければいけないというわけか。」ケヴィンがそうつぶやくと、アリーがまた質問をした。
「では、選ばれたら拒否権はないのですか?」
「それがこのカルマの存在が今まで明るみにならなかった要因。今まで選ばれた人間はその申し出を断っていたようだ。断った人間は三日以内に死んでしまう。」ミスタージェイルはまるでその質問が出るのを予測していたかのように、間髪入れずに答えた。
「ちょっと待ってください。なぜあなたはそのカルマの存在を知っているのですか。」パトリックの一言で、部屋の空気が一変した。
「だって、カルマと言う存在は選ばれた人間しか知らないはずで、しかも今までカルマになった人間は一人もいないのに、あなたはその存在を知っているどころかとてもお詳しいじゃないですか。」三人のまなざしは探求心から疑心へと変わった。するとミスタージェイルはアイスティーを一杯飲むと、ため息をついた。
「言っても信じてもらえませんよ。」
「ここまでの話されてそんな次元の話じゃないだろ。」ケヴィンは笑いながら言うと、ほかの二人も激しくうなずいた。ミスタージェイルはもっと大きなため息をついた。
「君たちは守護霊を知っているかい?」その一言に、アリーは眼を見開いた。
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