第10話 無実の罪

 アリーとパトリックは、ケヴィンの自宅へ入った。ケヴィンの家はごく普通の一軒家で、玄関に入るとすぐにリビングが広がっており、二人位座れそうな茶色いソファと、四十八インチの液晶テレビが置かれていた。その下にはブルーレイレコーダーがあり、どうやら何かの番組を録画しているようであった。白いテレビ台の棚には、ブルーレイディスクがずらりと並んでおり、一つ一つに何か書かれているようであった。

 ケヴィンはそのリビングを素通りし、すぐ近くの階段を昇りはじめた。パトリックは憧れているような表情で、アリーは不思議そうな表情でそのまま階段を昇って行った。

 「悪いな。基本的に来客お断りだから気が利いたものが出せないから早速本題に入るとするか。」そう言うと、ケヴィンはとある部屋の扉を開けた。中に入ると、その部屋の壁一面に、新聞記事や何かの資料が貼られていた。中には、恐らくケヴィンによって書かれているであろう走り書きや印が至る所に記されていた。

 すると、アリーはふと、一枚の女性が映っている写真を見つけた。ブロンドの長い髪の美しい女性であった。間違いなくヴァンシー夫人の写真だった。そして部屋の中央のホワイトボードにも、写真が何枚か貼られており、その中にもヴァンシー夫人の写真が貼られていた。その中には昨夜、資料で見た女性の写真も貼られていた。よく見ると、「ヴァネッサ・ヴァンシー」と書かれ、トーマス・ヴァンシーの写真の横に並べられていた。アリーは、今までヴァンシー夫人だと思っていた女性の写真の下に書かれている、名前を凝視していると、それに気づいたパトリックが、アリーに近づいてきた。

 「ヴァンシー夫人ですね。」すると、ケヴィンが不思議そうな顔をした。

 「その女が?違う。彼女は、バチルダ・トンプソン。トム・ヴァンシーの元交際相手だ。」その言葉を聞いて、アリーは昨夜の記事を思い出した。

 「この人が、揉めていた人?」アリーは、まるで口だけで言葉に感情を乗せずに発した。

 「よく知ってるねぇ。」ケヴィンは、少し嬉しそうにするとさらに説明をつづけた。

 「彼女は、ヴァンシー夫妻や俺の親父と同じでエクソシストだった。」パトリックとアリーは顔を見合わせた。

 「エクソシストってあの悪魔祓いの?」アリーは、少し頭の中で情報を整理していた。

 「まぁなんか厳密には違うらしいけど、その通りと言っておいた方が理解しやすいだろう。」二人はその言葉が余計であると心で突っ込んでいた。

 「どちらにしろヴァンシー夫妻と親父は、ヴァンシー夫妻の結婚を機にエクソシストをやめ、普通の生活を送っていたが、バチルダだけは違ったようで、エクソシストを続けていたらしい。」ケヴィンは、バチルダの写真を見ながら、しみじみとした雰囲気で語った。

 「あの日は、ヴァンシー夫妻の社交界デビューの日で、親父にお袋、なぜか俺まで招待されていた。でも、俺はその時、次の日の朝までに書き上げなきゃいけない原稿があって、欠席した。二人は、顔を出す程度ですぐに帰ってくると言い残して家を出たが、真夜中になっても二人は帰ってこなかった。」アリーとパトリックは話を聞きながら、静かに部屋にあった脚立椅子に座った。

 「しかし、俺も原稿のことがあって、そんなことも気にせず、次の日の朝は普通に出勤した。だが編集室へ着いてすぐ、俺宛に電話が鳴った。相手は警察だった。聞けば、お袋が行方不明で、親父がなんかの容疑で逮捕されてるっていうじゃねぇか。」ケヴィンは声色一つ変えず淡々と続けた。

 「もちろん、俺は親父と面会した。でも親父は一言、「すまん。お前を愛している」としか言わなかった。そんでその日の夜、また警察から電話で親父が獄中で自殺したって聞いた。」さすがにケヴィンも少し、声が震えた。

 「俺は、親父が自殺をするなんて考えられなかった。心霊的なことを仕事にしている親父だから必ず理由があると思って、親父の持ち物を片っ端から調べた。」ケヴィンはこみあげてくるものをごまかすように、少し大きめの力強い声で話をつづけた。

 「すると、親父がバチルダという女を追っていることが分かった。どうやらその女もご覧の通り、そのパーティーに姿を現し騒ぎを起こしているところまで突き止めた。」ケヴィンは、一通り話終わり少し疲労している様子だった。

 「ところでこの写真が、バチルダでこの写真がヴァンシー夫人である根拠は?」パトリックの質問に、アリーとケヴィンは、お互い違う理由で驚いた表情をした。

 「根拠も何も、俺は彼らを知っているからなぁ。さっきも言ったが親父と彼らは昔からの知り合いで、バチルダもよく昔のアルバムを見せられた時に写真だけ見せられていたからなぁ。」ケヴィンから発せられた付け入る隙がない根拠に、二人は信じる以外ほかなかった。

 するとケヴィンは椅子の背もたれに深く腰掛け、足と腕を組んだ。

 「お前たち情報交換って知っているか?」ケヴィンは、戸惑う二人を見ると、皮肉のように言った。

 「俺の質問にも答えてもらうぞ。」二人は少し身構えた。

 「お前達はなぜそこまでこの事件に詳しい?調べたにしては、バチルダのことも知ってるし、なんか隠してるだろ?」その質問に対して、パトリックが答えた。

 「いや、実は僕たち昨日ヴァンシー邸に行きまして・・・」パトリックの一言に、ケヴィンの目の色が変わったように見えた。

 「ちょっと待て、なぜそれを今言う。」ケヴィンは、パトリックに倒れこむように近づいた。パトリックは迫りくる中年男性に、恐怖のあまり何も話せなくなってしまった。

 「そこで、何があった?」ケヴィンは、パトリックの体をゆすった。

 「そこで、ヴァンシー夫人に会って、屋敷を案内してもらったんですが、変な老人に追い出されてしまったんです。」代わりにアリーが続きを説明した。

 「貴様ぁ。あそこはお前らが閉鎖しているから入れなかったのに、お前が招待した人ならだれでも入れるってかい。今度飯おごるからどうだい?友達になりませんか?刑事殿ぉ。」ケヴィンは、どんどんパトリックの体をゆすりながら、もはや叫んでいた。

 「でも、そのヴァンシー夫人の姿はどう見ても、このバチルダって人でした。」体を揺らされながら、パトリックが答えた。すると、我を忘れていたケヴィンがふと、正気を取り戻し、パトリックの体をゆする行為もやめた。

 「ちょっと待て、あそこに誰か住んでいるってことか?」

 「はい。」ケヴィンの独り言のような問いかけに、アリーが静かに答えた。

 「そこに住んでいるのは、ヴァンシー夫人と名乗るバチルダ。」

 「そう名乗ってはいましたけど、容姿はこの写真と似ていました。それに全然年を取っていないんです。」ケヴィンの考察に、今度はパトリックが答えた。すると、独り言のようにしゃべっていたケヴィンが、二人に問いかけ始めた。

 「君たち、カルマって知っているかい?」もちろん、二人には聞いたこともない言葉であった。しかし、ケヴィンは知らないことを前提に話を進めた。

 「イメージ的には、ブードゥーに近いかな?まじないとか人形とか。」二人はケヴィンの説明を静かに聞いていた。

 「そのカルマになるには、悪魔との契約が必要らしい。」聞いている二人の理解していなさそうな顔を見て、ケヴィンはさらにこう続けた。

 「いや、俺もよく知らないんだけどよ。ただ、悪魔との契約をしてカルマになれれば、どんなことを成し遂げてもおかしくないんだとよ。不老不死もな。」話を聞いている二人は、完璧には理解できてはいないものの、自分たちはかなり巨大な何かと戦っている気分になった。すると、再びケヴィンの独り言タイムが始まった。

 「もし、今の話が本当だったら、俺の仮説がさらに現実味を帯びてくるぞ。」

 「何ですか?仮説って。」アリーは、ケヴィンの考えていることが難しすぎて、結論を仰いだ。それにケヴィンは、どこか楽しそうな雰囲気で答えた。

 「俺の仮説は、カルマになったバチルダが、何かの魔力を使って人々を殺し、親父とトム・ヴァンシーは元エクソシストのまじないか何かで助かった。あるいは、その大量殺戮こそ、カルマになるための条件だったのかもしれない。」ケヴィンの考察に対して、パトリックの指摘が入った。

 「でももし、そうだとしたらヴァンシー夫人だって、あなたのお母様も生きていたのでは?」すると、ケヴィンは、自分の両親の写真を眺めながら告げた。

 「お袋は、エクソシストじゃない。」ケヴィンはそう言うと、椅子に座り、椅子の後ろの脚だけでバランスを取りながら、さらに続けた。

 「お袋は親父が、親父はお袋が心配過ぎて、いつも二人くっついてた。そんなお袋を親父が殺すわけがない。」そう言うと、今度は椅子のすべての脚を床につけながらこう続けた。

 「だから、そんな疑いをかけた警察にも腹が立つし、もし俺の仮説が正しいのであれば、バチルダは俺がぶち殺してやる。」二人は、ケヴィンの決意のような一言に、少し恐怖を感じながらも、それをとがめることもできなかった。

 「まぁそれには、まだ情報不足だ。」するとケヴィンは、一気に陽気な雰囲気で、二人に詰め寄った。

 「今からカルマについてもっと聞きに行こうと思うんだけど君たちも来るよねぇ?」ケヴィンは、明らかに二人を圧力で、ついて来させるつもりであった。

 「良いですけど、そんなこと知っている人なんているんですか?」パトリックの言葉にアリーは、再びあの二人の顔を思い出していた。

 「ミスタージェイルだよ。」ケヴィンが部屋の電気を消し、外へ向かいながら出した名前に、パトリックは記憶を呼び起こしていた。

 「あ!あの掃除機の人!職質しました。」パトリックは、急に大声を出した。

 「ちょっと職質しないであげて。あれ真面目にやってるから。」 ケヴィンは少し、女性のような声を出しながら言うと、笑いながら階段を降り始めた。

 「ちょっと待ってください。ミスタージェイルって誰ですか?」アリーは、ケヴィンに着いていこうとしているパトリックの腕をつかみ引き留めた。

 「え?変人。」

 「ちょっとそんな人が、そんなこと知ってるんですか?」アリーは、仕事場にも内見と嘘をついているため、行くからには時間を無駄にはしたくなかった。すると、階段の下からケヴィンの声が聞こえてきた。

 「何言ってんの?カルマのことは彼から聞いたんだよ?」それを聞いて、困惑している様子も見ずに、さらに続けた。

 「しかも、彼、当時のパーティー出席者だし。」今の二人にとって、それを聞いてしまったらいかない選択肢などなかった。二人が階段を降りていると、再びケヴィンの声が聞こえた。

 「今度は俺の運転ねぇ。」

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