第8話 新聞記者

 自分の車に乗り込んだアリーは、車のエンジンをかけた。車がまるで獣が唸るような音を立てたところから自宅に到着するまでの約一時間、アリーは今日一日のことで頭がいっぱいになり、上の空の状態で運転を進めていた。アリーが車の運転をしていることを自覚するころには、すでに家の近く通りを走っていた。幼いころから見慣れた景色に、アリーはどこか安心感と共に、急に重りが肩にのしかかったような疲労感を感じていた。

自宅の駐車場に車を止めたアリーは、疲れ切った様子で家に入った。

「ただいま。」アリーは最後の力を振り絞るような声で、家族に帰宅したことを伝えた。

「お帰り。」家の奥から父親と母親の声と、二人がせわしなく動くもの音が聞こえてきた。

「今日のご飯は?」アリーは玄関で靴を脱ぎながら今日一日の最後の楽しみを尋ねた。

「今日は、お刺身買ってきたわよ。」母親の声がそう答えた。

「刺身ってどこの?」アリーは、思わぬ料理名に首を傾げた。しかし、嫌な予感がアリーの頭をよぎった。

「まさか、そこら辺のスーパーのじゃないわよね?」そういうと、靴を脱ぎ切ったアリーは、様子を見に先にリビングを覗いた。

「やっぱり、日本産のじゃないじゃない。」アリーはオレンジ一色のテーブルを見て言うと、自分の部屋へ着替えに向かった。

「しょうがないじゃない。アメリカじゃあサーモンくらいしか売ってないのよ。」そういいながら母親は、小さな醤油さしに醤油を垂らすと、テーブルの上に置いた。その後ろから、父親が日本から送られたお米を少しそこの深いお皿に盛り付け、テーブルへ運んで行った。そうこうしているうちに、アリーがいつもより早く部屋着に着替え、食卓に現れた。

「早っ。」父親が、箸置きに茶色の箸を置きながら言った。三人は食卓を囲むと、手を合わせ、命を頂く事への感謝の祈りをささげると、三人は食事を始めた。

 「やっぱり、刺身は日本のほうがいいわね。」アリーはそう言いながら、かなり速いペースでサーモンに食らいついていた。

 「この前の旅行、よっぽど楽しかったんだな。」父親は、娘が自分の祖国を気に入ってくれて嬉しそうだった。

 「そう、それで思い出した。」アリーは、ふと今日あった出来事の中で最悪なことを、両親にぶつけ始めた。

 「今日、旅行の時におばあちゃんからもらったお守りを捨てろって言われてさすがにキレそうになったわ。」アリーによって少し違った描写で語られた。

 「さすがにそれはひどいなぁ。」父親はアリーに同情した。しかし、母親の方はそうではないようであった。

 「まぁ一見、そういう神様に関係があるものには見えないものね。特にアメリカ人からしたら。」と母親はアメリカ人代表の意見を述べた。

 「そういえば、お母さんって日本嫌いだよね。」アリーの指摘に対して、母親は一瞬父親の顔を見ると、すぐに目をそらした。

 「別に、日本自体は嫌いじゃないけどね。むしろ好きだったし。じゃなきゃあんた生まれてないわよ。」母親の言葉に対して、父親の顔が曇った。

 「でも、お前も知ってるけど、最初の子を流産したときにお袋が母さんにひどいことを言ってな。」

 「それで、お母さんが嫌になっちゃったって事?」アリーはそう言いながら、箸が止まらなかった。

 「いや、俺が嫌になったっていうのと、子育てするならやっぱり母親の故郷の方が安心するだろって思ってな。」父親は自分で言いながら途中から恥ずかしくなってしまい、箸のペースを上げ始めた。

 「へぇ、お父さん意外と男前なところあるんだね。」アリーは少しからかう口調で言ったが、本当に父親のかっこよさを見直していた。すると母親は恥ずかしくなってしまったのか、それとも満腹になってしまったのか、立ち上がって台所へと向かっていった。よく見ると、母親の顔がうっすらと赤くなっているようにも見えた。アリーはそんな二人の様子を楽しそうに観察しながら、サーモンと白米をほおばっていた。

 食事も終わり、食卓には何も置かれていなかった。リビングでは父親がコメディドラマを見ながら、ところどころで笑っていた。一方台所では、いつものように母親が洗い物に勤しんでいた。だが、今日はどこか動きが軽やかというか軽快な印象であった。アリーはその姿を見ながら笑みを浮かべると、自分の部屋に入った。

 自分の部屋に入ると、楽しかった食卓でのひと時のことが、まるで沈みゆく太陽のようにゆっくりと姿を消して行き、代わりに月のように、今日一日の出来事が頭の中でダイジェスト映像のように映し出され、どこからともなく耳の奥で、声が聞こえているようであった。

 その時、アリーは退勤間際のアンディとの会話を思い出した。アリーは、カバンの中から帰り際に渡された資料を手に取った。中を見てみると、それは三十年前の新聞記事がたくさんあった。アリーは数々の記事を読み始めた。集められている資料のほとんどが、三十年前のヴァンシー邸での事件についての記事であった。もちろん、その内容は今日さんざん聞かされていた内容のため、アリーは雑に読み進めていた。しかし、ある一つの記事だけ途中から聞き覚えがない内容が書かれていた。

 「この事件で被害にあったのは、パーティーに出席した人々全員ではなく、何人か途中で退席している出席者もいて、今回そのうちの一人に取材をすることができた。取材によると、午後の十時過ぎごろに、一人の女性が入口でトラブルを起こし、少し現場が騒然となった瞬間があったという。その女性は、出席者間での噂によると、トーマス・ヴァンシーの元交際相手だというのだ。」アリーは、どんどんその記事を食い入るように「読み進めていった。しかし、結局のところ結論という結論が書いているわけではなく、アリーの気分は、どこか消化不良な感じだった。どちらにしろ、どの記事もヴァンシー夫人が犯人ではないかと書かれている記事がほとんどであった。しかし、アリーは今日出会った貴婦人が、記事に書かれているヴァンシー夫人ならば、それは事実ではないと強い確信を持っていた。

 そんなアリーの頭の中では、今日ヴァンシー邸で追い出される直前までの風景が映っていた。きれいに手入れされた庭の青々しい芝生、豪華に飾られたシャンデリア、木と本のインクのにおいが漂う落ち着いた雰囲気の書斎、そして、美しく輝くようなブロンドの髪をなびかせるヴァンシー夫人の姿、アリーはすっかりヴァンシー夫人の虜になっているようであった。

 すると、先ほど読んでいた記事の下の方に、男女の写真が掲載されていた。アリーはヴァンシー夫人と旦那さんの若いころの写真が見れると思い、気持ちが高ぶった。まるで、好きな人からメールが来たかのように、アリーは自分の部屋を歩き回りながら、枕に顔をつけ発狂していた。そして当然、心の準備ができたのか、再び机の椅子に座ると、姿勢を正し、目線を写真へ送った。

 しかし、アリーは首をかしげ、新聞記事を顔に近づけた。

 「え?ちがくね?」アリーは思わず独り言を漏らした。カラーではないため、ブロンドかどうかわからないが、明らかに顔が違うように見えた。アリーは何度も自分の頭の中で美化されているヴァンシー夫人と、実際の写真を見比べた。しかし、どんなに美化されていたとしても、ただ老けているかいないかだけの差とは思えないほど違う人物に見えた。

 すると、次第にアリーの中で、この記事が嘘の写真を掲載していると思い始めた。しかし、ヴァンシー夫人として掲載されている写真の人物も、美しい女性であることは間違いないため、それをヴァンシー夫人と嘘をついて掲載するメリットがないことを、アリーの心の奥でもわかっていたが、アリーは写真のことだけでなく、記事の内容も疑っていた。アリーは、その記事を書いた記者の名前を探した。

 「ケヴィン・ダンフォース」アリーの中のブラックリストに彼の名前が載った瞬間であった。そのまま、アリーはほかの新聞記事にも目を通した。しかし、どれもこれと言った情報もなく、ただ事実が書かれているだけでそれ以上はなにも書かれていなかった。アリーは、今度はそのことに疑問を抱いた。ほとんどの記事が似たり寄ったりの普通の記事なのにもかかわらず、そのケヴィン・ダンフォースが書いている記事だけが、こと細かく詳細に書かれており、記者の考察から私情とも思える部分も書かれていた。

 「わかったわよ。行けばいいんでしょ行けば。」アリーはそうつぶやくと、机に資料を散らかしたまま、ベッドに入り、目をつぶった。もちろん、その日の夜は、それから約二時間は寝れない夜となった。



 次の日、パトリックは朝早くから署で調べものをしていた。人がまだ少ない署で、パトリックが鳴らすキーボードの音が忙しなく鳴り響いていた。パトリックは、パソコンの画面と向き合いながら、時々ホットコーヒーをすすりながらコーヒー豆の香りをかぎ少しリラックスしていた。パトリックは署のデータベースに残っているヴァンシー邸での事件についての事情聴取の記録を探していた。すると、当事者である、トーマス・ヴァンシーのものを見つけた。しかし、そこに書かれていたのは、「黙秘」という単語のみであった。 次にヴァネッサ・ヴァンシーのページを見ると、そこには「精神異常により、取り調べ不能」と書かれていた。パトリックは、わかっていたが、現実を突きつけられ、ため息をつきながら、コーヒーをすすった。コーヒーの臭いを嗅ぎ少し脳内をリフレッシュさせていると、ふと昨日のサムソン刑事の話を思い出した。そしてパトリックはある名前を入力した。「ダンテ・ダンフォース」するとそこに書かれていたのは、「犯行を認める供述をしているが、動機、方法は黙秘」であった。

パトリックはあきらめ、ほかのことを調べ始めた。すると、突然パトリックの手がぴたりと止まり、急に静かになった。

 「やっぱり、来てたのか。」サムソン刑事は、パトリックを見つけるや否や、すぐにデスクに向ってきた。

 「やっぱり昨日あんな話するんじゃなかったなぁ。」サムソン刑事は、笑いながらそういうと、パトリックのデスクへ近づき、パソコンの画面を覗き込んだ。パトリックは慌てて、そのページを閉じた。

 「何だよ。また、やましいもんでも見てたのか?」そういうとサムソン刑事は、自分のデスクへ向かった。

 「またって何ですか?またって。てか、サムソンさん今日非番ですよね?」

 「いや、お前もな。」あっさり突っ込まれてしまったパトリックは、しどろもどろになりながら立ち上がった。

 「ちょっと調べものです。サムソンさんこそなんでいるんですか?」すると、サムソン刑事は笑いながら、

 「別に、何してるの?って聞いただけだぜ?まぁ俺はタバコ取りに来ただけだけどな。」そういうと、サムソン刑事は自分のデスクの引き出しから新品のタバコの箱を取り出し、パトリックに見せた。

 「もう調べ物は終わったので、帰ります。」パトリックは、恥ずかしくなって足早に、出ていこうとした。

 「ダンフォースって記者、一癖も二癖もあるような奴だからまぁがんばれよ。」タバコを取りに来ただけにしてはなかなか帰る雰囲気を出していないサムソン刑事がそういうと、パトリックは、図星過ぎたことにさらに恥ずかしくなり、黙って外へ出ていった。

 パトリックは外に出るや否や、スマートフォンを取り出しどこかの電話番号を打ち始め呼び出し音を聞きながら、自分の車へ向かった。車の扉に手を伸ばした瞬間、呼び出し音が途切れ、男性の声が答えた。

 「T&Gグッティングカンパニーです。」パトリックは車に乗るのをやめ、電話の相手に答えた。

 「ペンシルバニア州警察のパトリック・アンダーソンです。」

 「州警察?どういったご用件でしょうか。」電話口の相手は少し戸惑った様子で答えた。

 「アリー・ハーバートさんはいらっしゃいますでしょうか?」

 「いえ、今日はお休みですけど何か伝えておきましょうか?」電話口の答えに、パトリックの眉間にしわを増やした。

 「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」パトリックはそう言うと、電話を切り、スマートフォンをポケットの中へしまうと、再び車の扉に手を伸ばし、車へ乗り込むとハンドルに手を添えたまましばらく動かなかった。エンジンのかかっていない車の中は、外の音も遮断されパトリックの呼吸する音だけがかすかに響いていた。しばらくすると、パトリックは車の真ん中に設置されているフォルダーに置かれた缶コーヒーを開け、一口飲むと、

 「気にしすぎか。」と一言つぶやき車のエンジンをかけた。車内はたちまちコーヒーの香ばしいにおいが充満し始めた。パトリックは、ポケットに手を突っ込み何かを探している様子だった。しばらくして一枚のメモ紙を取り出すと、そのメモを見ながら車のカーナビを操作し始めた。

 操作を終えると、パトリックはサイドブレーキを勢いよくおろし、車を走らせた。時々入ってくるカーナビの音声案内に、パトリックは正確に従い目的地へと車を走らせた。

 「まもなく目的地周辺です。」しかし、パトリックは目的地らしき建物を見つけることが出来ずにいた。

 「目的周辺です。音声案内を終了します。」そう言うと、カーナビにはアクセルの踏み方などの運転評価を表示し、地図が消えていた。

 「いやどこだし。」パトリックは思わず、独り言をつぶやくと、近くの路肩に車を止め、再びカーナビの地図とにらめっこを始めた。地図に書かれている建物と、実際の風景を見比べるために、交互に外とカーナビを見ていると、車の近くを見覚えのある女性が歩いていた。彼女もどこかを探しているようで、スマートフォンを片手に右往左往していた。

 パトリックは、その女性の素性を確信すると、車から降りて彼女に近づいた。

 「もしかして、アリー・ハーバートさんですか?」パトリックは、確信を持ちながらも万が一のことを考え、恐る恐る尋ねるふりをした。その女性は、質問に反応し、パトリックの方を振り向くや否や、目を見開いた。

 「あなた、この前の刑事さん!」アリーは、この上なく高い声が出ていた。

 「よかった。無事だったんですね。」パトリックは胸をなでおろした。

 「どういうことですか?無事に決まっているじゃないですか?」アリーは、再会して早々の意味不明発言に、若干ストレスを感じた。

 「実は、最近の行方不明事件について調べていたら、あることに気づきまして・・・」

 「あること?」アリーは、少し興味を示した。

 「はい。最近の行方不明者の共通点がありまして、一つが女性でもう一つが、」パトリックはまっすぐアリーを見ながら続けた。

 「不動産会社に勤務していたんです。」まさしくアリーに当てはまるものであった。

 「それは単なる偶然じゃないですか?」アリーにもそうでないことはわかっていた。しかし、昨日の出来事のすべてのつじつまが合うことへの恐怖が、アリーにその言動をさせた。

 「5人中4人ですよ?昨夜、捜索願が出された方も女性で不動産会社に勤務していました。」アリーはパトリックの言葉に、動揺が隠し切れない様子であった。あのまま、自分があの屋敷にいれば、そのリストには自分の名前が載っていたかもしれないという気持ちでいっぱいになり、アリーの中でのヴァンシー夫人のやさしいイメージが一気に疑心へと変わった。

 「ちょっと待ってください。その一人の職業はなんですか?」アリーは、なおもあきらめず必死にもがいた。

 「警察官です。」パトリックは、間髪入れずに答えた。

 「では、私の心配ではなく、自分の同僚の心配をしてはいかがですか?」アリーは皮肉を言ってその場から立ち去ろうとした。その時、パトリックはアリーのスマートフォンの画面が目に入ってしまった。そこに書かれていたのは、自分が探している住所と同じ住所が書かれていた。

 「もしかして、あなたもケヴィン・ダンフォースさんを探しているのですか?」アリーは、完全にパトリックのペースになっていることに、さらにストレスを重ねた。

 「あなたもってことは、あなたも探しているってことですか?」

 「はい。やはりあなたもあの事件のことが気になっているのですね。」核心を突かれたアリーは、出直すことを決めた。

 「捜査のお邪魔でしょうから、私はまた後日伺うことにします。」そう言うと、アリーは、スマートフォンをしまい、パトリックがいる場所の反対方向に向いた。

 「いえ、今日は非番なので。それに、同じことを聞くんですから彼も一度で終わらせてくれた方がいいと思うので。」パトリックの正論すぎる提案に、アリーは断る理由が見つからなかった。

 「どちらにしてもこの住所がどこだかわからなきゃ始まらないんですけどね。」アリーはバツが悪そうに、周りを見回しながら言った。

 すると、突然二人が会話していた近くの家の扉が急に開き、男がスマートフォンを耳に当てながら出てきた。

 「わかったすぐに行く。」そう言うと40代くらいの男は、ハンチング帽を深くかぶり、悠々と歩きだした。すると二人の横を通りすがりに、

 「悪いけどあんたらに答えることはないから帰ってくれ。」と言い残した。二人は当然のこと過ぎて一瞬時が止まった。

 「ちょっと待ってください。どなたですか?」パトリックが伸ばした手が、男の肩に触れた。

 「俺を探してんだろ?」男はやむを得ず立ち止まった。

 「なんでそのことを?」今度はアリーが質問した。

 「あんたら、自分たちが思っている以上に声でかいよ。」男は、呆れたように答えた。

 「もしかしてあなた、ケヴィン・ダンフォースさん?」

 「悪いけどあんたら、特に刑事さんには話すことないし、今急いでるからさようなら。」ケヴィンは、アリーの言葉を無視して、用件だけ伝えると再び、歩きだした。

 「お願いです。少しだけでいいので、あの事件で知っていることを教えていただけないでしょうか?」パトリックは、ケヴィンと並走しながら頼み込んだ。

 「警察が新聞記者に、情報提供を求めるなんて情けないねぇ。」ケヴィンは、止まる素振りも見せず歩き続けた。

 「情けないことですが、何十年もあの事件を追い続けている人間はあなただけなのです。」

 「そりゃ、そうだろうね。ポリスの皆様方は、一年も捜査せず打ち切っちゃいましたからねぇ。」ケヴィンの歩行速度が落ちることはなかった。しかし、急いでいるとは思えないほど、歩くペースはゆっくりだった。

 「お願いします。捜査にご協力いただけないでしょうか?」そう簡単に、教えてくれないと分かっていたパトリックは、あきらめずに頭を下げ続けた。すると、ようやくケヴィンは足を止めた。

 「なに?警察って定期的に昔の事件に興味を持つものなの?」

 「どういうことですか?」ケヴィンの言葉に、パトリックは少し引っかかった。すると、その光景をずっと見ていたアリーがしびれを切らした。

 「パトリックさん、もういいですよ。どうせ、このおじさん何も知らないから言うことがないんじゃないんですかね?」しかし、ケヴィンは全く動じる様子を見せなかった。

 「そう思ってくれるならそれでいいけど、刑事さんに一つ質問がある。」ケヴィンのパトリックへの視線が、急に鋭くなった。

 「なぜ知りたい。」しかし、パトリックはその答えを出すことが出来なかった。

 「突撃取材受けてる気分になったから、自分への戒めのために取材に応じてやったらこれだ。どうせ、自分の評価を上げたい若造が中途半端な気持ちで捜査してんだろ?」ケヴィンは、そう言うと再び歩き始めた。パトリックは、再び並走を始めた。

 「そういうわけじゃありません。」パトリックの弱弱しい声に反応するように、突然ケヴィンは、パトリックの胸ぐらに、つかみかかった。

 「じゃあ、何なんだよ。」ケヴィンの怒号が辺りに響き渡った。その音に呼応するように、木々が騒がしく音を立て、揺れていた。

 「ちょっと、少し落ち着いてください。」アリーが止めに入ろうと、二人の間に割って入ったが、パトリックがやめるよう手のひらを向けて合図した。

 「今まで、臭いものにはふたをしてきた警察が、いまさらどういう風の吹き回しだぁ?答えてみろよ。若造が。」ケヴィンは、パトリックの胸ぐらをつかんだまま、前後にゆすりながら、怒鳴り散らした。すると、パトリックは静かに一言だけ答えた。

 「仕事ですから。」パトリックは、ケヴィンの力が、一瞬抜けるのを感じた。すると、パトリックのコートのポケットから、振動を感じた。ケヴィンは、胸ぐらから手を離すと、二人から視線を外した。

 パトリックは、ポケットからスマートフォンを取り出すと、画面をスライドさせ耳に当てた。

 「もしもし。」パトリックは、直前まで起きていたことを悟られないように、平然を装った。

 「パトリックか?」相手はサムソン刑事であった。

 「今、ケヴィン・ダンフォースの家の近くにいるんだろ。」サムソン刑事が少し早口なことから、緊急の内容であるとパトリックは察した。

 「はい、そうですけどどうしたんですか。」パトリックは、電話の内容を聞かれないように、少し二人から距離を取った。

 「実は、今その近くの小学校の屋上から、飛び降りようとしている生徒がいるって通報があってよ。その生徒の名前がマイケル・カーペック。」パトリックは、聞き覚えのある名前に少し動揺した。

 「覚えているだろ?ウィリアム・カーペックの息子だ。」パトリックは、その瞬間、彼の取調の時のあの冷たい雰囲気、そして、彼の資料に挟まれていた家族写真に写る息子マイケルと思われる少年の幸せそうな顔が脳裏をよぎった。

 「分かりました。ありがとうございます。」パトリックは、再び平然を装った。

 「いいか、お前は今日、非番だ。」サムソン刑事がそういうと、電話が切れた。パトリックは、何もかもサムソン刑事には見透かされていると思い、少し恥ずかしさとそんな上司を持てたことへの嬉しさで、口元が緩んだ。

 「どうしたんですか?」アリーが、不思議そうにパトリックの顔を覗き込んだ。ケヴィンも視線は外しながらも、耳だけは傾けていた。

 「この近くの小学校で自殺しようとしている生徒がいるみたいで。」パトリックはそう言うと、自分の車へ向かった。すると、ケヴィンがパトリックから視線をそらしたまま、

 「あんた今日は非番なんだろ?現場へ向かう必要なんてないだろ?」と少し挑発するように言った。パトリックは車の扉をあけながら、

 「それが仕事なので。」と一言いうと、車に乗り込んだ。すると、ケヴィンは、パトリックが扉を閉める直前に、

 「俺も同行する。」と言うと、パトリックはなぜか一度乗ったのに、再び車から降りた。

 「あなたも仕事なので、取材については私がとやかく言う義務もないですが、くれぐれも邪魔はしないでください。」とパトリックが念を押すと、ケヴィンは軽くあしらうそぶりを見せた。

 「アリーさんはどうされますか?」パトリックは、来ないとは思ったが一応気を使った。

 「ここにいても仕方がないので行きます。」予想外の答えにパトリックは、おかしな声を発してしまった。

 二人が車に乗り込むと、パトリックは、近くの小学校へ向けて車を走らせた。

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