第5話 家宅捜索

 扉の前へたどり着くと、ヴァネッサは扉の鍵を開けた。扉の中で錠のからくりが解除されるような音が鳴ると、重厚感のある茶色い扉が真ん中から開き、屋敷の内部が姿を現した。

 「どうぞお入りください。」ヴァネッサはそういうと、屋敷の中へ二人を招いた。中へ入ると早速大広間と大きな階段に二人は圧倒された。

 「とてもお広いですね。」アリーは、天井につるされている3段重ねのシャンデリアを眺めながらうっとりしていた。

 「一階は大広間、ダイニング、書斎に客間、二階は寝室が4部屋と屋根裏って感じですわね。」ヴァネッサは淡々と口にした部屋がある方向へ視線を向けながら説明し始めた。アリーは早速、ヴァネッサが呪文のように口から発せられた部屋を聞き漏らさないように一生懸命メモに残した。

 「では、早速書斎からご案内するわね。」ヴァネッサはどこか気品があるが、少し無邪気な笑顔で言うと、その笑顔につられ、まるで遊園地へ連れてきてもらった子供のようにうなずいた。

 「あなたはどうされます?」パトリックに向けたヴァネッサの顔からさっきの無邪気さは消えていた。

 「では、私も。」パトリックはアリーとは裏腹に、この屋敷の不自然さに少し警戒していた。すると、ヴァネッサが不思議そうな顔をした。 

 「あら、私はてっきり家宅捜索というくらいですから、ずかずかと家に上がり込んで勝手にいろいろお調べなさるのかと思いましたわ。」今度はパトリックの目が点になっていた。

 「良いんですか。」もはや刑事の威厳もない声でパトリックは尋ねた。

 「構いませんわよ。」ヴァネッサの笑顔をパトリックはどこか挑戦的な顔にも見えた。

 「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。」パトリックはそう言うと、マックスに家中をかぎまわらせた。

 「では、書斎へご案内いたしますね。」ヴァネッサにそう言われたアリーは邪魔者がいなくなって少し安心したように感じながら、書斎へと導かれていった。

 書斎とはいえ、特に何か特別なものがあるわけではなく、茶色い机が部屋の真ん中に置かれ、その後ろに少し大きめな本棚に本がずらりと置かれている程度であった。

 「すいませんね。ちょっと期待外れでしたでしょ?」アリーは心の内を見透かされていたが、全力で否定した。

 「いや、そんな。小ぢんまりとしていますが、なんか落ち着く空間ですね。」アリーはそう言いながら、本棚の本の背表紙を見た。そこに書かれていたのは、エクソシストや悪魔など少しオカルトな内容のものばかりであった。

 「この本は?」

 「あ、主人の趣味でして。ちょっと変わってますよね。」ヴァネッサは少し恥ずかしそうに、だが少し嬉しそうにも見えた。

 「以前はここに?」アリーは少し素を出したお客に対する営業の典型技を出した。

 「ええ、主人と一緒に。もうずいぶん前のことですけどね。」ヴァネッサの中でいい思い出がよみがえっているようにアリーには見えていた。しかし、アリーの中でパトリックとの会話が、頭の中でリピート再生されているような感覚になった。アリーの中で、天使と悪魔がけんかしているようなジレンマに陥っていた。

 「ご主人は?」どうやら悪魔が勝ったようだ。するとヴァネッサはそこだけ時が止まったように、黙り続けていた。

 「もしかして、30年前の事件ですか?」アリーのこの家に対する好奇心は、仕事の枠を超え始めていた。本の紙の臭いが漂った空間は、緊張で張りつめていた。壁に掛けられていた時計の秒針の音が鳴り響いた。

 「すいません。余計なことでしたね。」アリーはその緊張感に負けて違う話題を探した。すると、ヴァネッサの時が再び動き出したかのように、口を開いた。

 「この屋敷は、私と主人の夢のマイホームでした。今でもこの部屋にいると、主人がそばにいてくれているように感じるんです。」ヴァネッサは、本棚に収められている本を眺めながら、さらに続けた。

 「あの事件は、私にとってとてもつらい出来事でした。豊かな暮らし、財産、そして愛する人を一瞬にして奪われました。」アリーは、黙ってヴァネッサを見つめていた。

 「この30年、私は前を向こうと努力しました。でも・・・ダメ・・・ですね・・・」ヴァネッサの声は、震え始めた。

 「愛していたのですね。」アリーは、前を向こうと決意しているヴァネッサの手助けはできないかと思い始めてきた。

 「ごめんなさい。ちょっと失礼するわね。」そういうと、ヴァネッサは涙であふれそうな瞳をおさえながら、書斎を後にした。一人にされたアリーは、本棚の紙の臭いが、本屋でいつも嗅いでいる臭いとは違うように感じていた。

一階で家宅捜索という名のお屋敷見学をしているパトリックは、マックスに連れられ家中を右往左往していた。ダイニングには、長いテーブルにすごく背もたれによりかかりにくそうな装飾の椅子が置かれ、その奥には大きな暖炉があった。パトリックは映画のセットのような屋敷に子供のころのあこがれが頭にちらついていた。しかし、やはり気になるのはその保存状態であった。そもそも閉鎖中の敷地にたとえ土地の所有者であっても入ってよいものなのか。もしかして、別にこの敷地に入る入口があるのではないか。そんなことを考えながらパトリックとマックスは、さらに家の奥へ進んでいった。

 すると、マックスの動きが急に活発になり、パイプオルガンのにおいを執拗に嗅ぎ始めた。見るからに少しサイコパスな悪役が弾いていそうな、パイプオルガンの鍵盤の下の大体椅子がしまわれる部分をマックスがうろうろし始め、しまいにはひっかき始めた。パトリックは、鍵盤の下に頭を潜らせた。しかし、暗くてよくわからず、今度はスマートフォンのライトで照らしながら頭を潜らせた。やはり、特に変わった様子もなかった。

 パトリックは少し、がっかりしながら頭を上げた。しかし、自分は頭を潜らせていることを忘れており、思いっきり鍵盤に頭をぶつけた。思わぬ頭の痛みに倒れそうになったパトリックは、咄嗟に鍵盤の上に手を置いてしまった。パトリックが想像した未来はとてもうるさいものになると思われた。しかし、先ほどと変わらない静けさが屋敷に流れていた。その静けさが、肩を思いっきり上げ、口を大きくあけながら目を閉じ固まっているパトリックを演出した。

 パトリックは、恐る恐る目を開けながら口を閉じ、辺りを見回した。特に何も変わっていなかった。そんな様子を、マックスは若干首をかしげながら見ていた。

 「何だよ、すごい音が出ると思ったんだよ。」パトリックはマックスに言い訳をすると、マックスはくしゃみで返した。

 「お前今笑ったな。」マックスは鼻をなめた。

 「署に帰っても俺はご飯やらないからな。」しかし、マックスはそんなことを言ってもご飯をくれる人間だと分かっていた。そしてパトリックはようやく、このパイプオルガンがおかしいことに気が付いた。パトリックは再び、鍵盤を左端から順番に押していった。すると、一つ目からまったく音が出なかった。なぜか少し楽しくなってしまったパトリックは、適当に手のひらの大きさに収まる範囲鍵盤を叩いた。

 すると、パトリックが少し前に想像した未来が、現実になった。予想外のタイミングでの予言的中にパトリックは猫のように飛び上がった。その騒音は、書斎にも聞こえていた。変な干渉に浸っていたアリーは、突如場違いに鳴り響いたパイプオルガンの音に邪魔され、再び怒りが込みあがり、ヴァネッサが戻ってくる前に一旦、パトリックの様子をうかがうことにした。

 書斎を出て、ダイニングの暖炉を通ると、大きなパイプオルガンの前に立っているパトリックを見つけた。アリーはまだ出会って間もないのにもかかわらず、こんなに自分の邪魔をしてくる相手に堪忍袋の緒が切れていた。そして、ここ数分の怒りをすべて吐き出す時が来た。

 「ちょっとあなた何して・・・」アリーはパトリックを見つけるや、早々に文句を言いながら近寄ったが、すぐに言葉を飲んでしまった。

アリーはパイプオルガンの鍵盤の下の空間の不自然さに気が付いた。

 「あのご令嬢、地下のこと何か言っていましたっけ?」パトリックは無機質にアリーに問いかけた。

「なに?これ・・・」アリーはパイプオルガンの下にある、地下へと続く隠し扉のようなものを見ながら、吐息のようにつぶやいた。

「それを今から確かめるんです。」そういうと、パトリックは開かれた隠し扉の先へ進もうとした。

「いや、とりあえずヴァンシーさんに聞いてみたら・・・」強引に行こうとするパトリックの腕をつかみながら、アリーはヴァンシー夫人がいるであろう二階に視線を向けた。

しかしパトリックは通路を見たまま、「これは、家宅捜索なので家主に尋ねたら意味がないです。」と言うと、マックスに先へ進む指示を与えた。

「この犬もつれていくのはさすがに虐待じゃないですか?」アリーは、何としてでもパトリックを阻止しようとした。しかし、パトリックは引き下がらなかった。

「マックスは、訓練された警察犬ですし、経験も豊富なのでご心配なく。」そういうとパトリックは入口の段差を降りようとしたとき、どこかでガラスをたたく音が聞こえてきた。二人は辺りを見回しガラスを探した。

「あっちの窓から聞こえますね。」そういうとアリーは、音のする方へと導かれるように向かっていき、パトリックもそれを追いかけた。窓をたたく音はどんどんと大きく、そして回数も増えていった。

すると、奥の窓の外に人影が見えた。窓の外の人影も二人に気付き、さらに動きが大きくなった。二人が近づくと、外には白髪頭で紺色の作業服のような繋着を着ている杖をついた老人が、鬼の形相で二人に何か訴えていた。

「すいません聞こえないです。」アリーはおそらく聞こえていないであろう相手に大きな声で聞こえていないことを訴えるジェスチャーをした。もちろん向こうも聞こえていないので、コミュニケーションは停滞状態であった。

パトリックは、その老人のどこかを指さしている行動に気が付いた。しかし、指をさした先に何かあるわけではないようであった。

「とりあえず、外に出てみましょう。」パトリックはそう言いながら、老人が指をさしている方向へと向かった。アリーも老人に対して、そこで待つようジェスチャーを送ると、外へと向かった。

外へ出た二人は、老人がいた場所へと向かうと、逆に老人の方がこちらへ迫ってきた。

「パトリック・アンダーソンです。」パトリックは、手帳を出しながら自己紹介を続けていると、老人は持っていた杖を振り上げながら、「こらぁおまえら。ここはわしの土地だぞ。出ていけ!」とくしゃくしゃになった声帯を一生懸命振り絞ったような声で叫びながら迫ってきた。

「ちょっと、落ち着いてください。」パトリックは、軽く老人をおさえながら、諭すように言ったが、頭に血が上っているようでまったく聞く耳を持っていなかったようだ。

「あのー、私たちちゃんと許可を得て入っているんですけど。」アリーは怒った口調で、老人の耳元で大声を上げた。

「ええい、そんなこと知るか。わしの土地はじゃ。さっさと出ていけ。」老人は、今度はアリーに杖を振りかざした。パトリックはそれを制止するように、二人の間に立った。

「わかりました。出ていきますから。だから落ち着いてください。」パトリックはそういうと、アリーの手を引いた。

「ちょっと待ってください。ここで引き下がるんですか?」アリーは納得いかない顔をしていた。

「うるさい。はよ出ていかんかい。」老人の聞く耳を持たない言動と、パトリックに手を引かれている状況からさすがのアリーもあきらめた。二人は足早に門外へ出た。

「二度と来るな。」老人はそう叫ぶと、門を思いっきり閉めた。金属と金属がぶつかり合う音が重く鳴り響いた。老人が去っていくと、マックスが右の後ろ脚を上げた。

「マックス。」パトリックはしかりつけた。しかし、マックスの行動とその後のスッキリしたような表情を見たアリーは、少し気が晴れた。しかし、仕事がうまくいかなかったという結果が消えるわけではなかった。アリーはとりあえず事務所に戻るため、車に乗ろうとしたとき、

「アリーさん。」とパトリックが呼び止めた。

「何でしょうか?」正直、パトリックがいなかったら、うまくいっていたかもしれないという思いから、少し怒りの声が漏れたような声で答えると、パトリックは自分のメモ帳に何かを書くと、それを勢い良くちぎって渡してきた。そこにはどうやらどこかの電話番号と、パトリックの名前が書かれていた。

「もし、また彼女から連絡があったら、そこの番号に電話していただけたら幸いです。あとお仕事の邪魔をしてしまって申し訳なかったです。」アリーは心を見透かされた気分になった。

「ではこれで失礼します。」そういうとパトリックは、マックスを連れて歩いて行った。アリーはそのメモ紙をくしゃくしゃにして、車のごみ箱へ捨てると、車のエンジンをかけた。

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