真相~1

 連行されていく様子を呆然として見つめていたのは、間中だけだった。局長や課長にはもちろん事前に木下から説明し、今回刑事達と同席する許可を貰っていたからだ。

「一体どういうことですか。書類紛失の件やGPSシールについては、ある程度分かりました。でも何故佐倉さんは、大飯さんや加治田の父親まで殺したのですか。その前になぜ書類を隠すなんて大胆な真似をしたのかが理解できません」

 彼が持った疑問は当然だ。木下もそれが何故かをずっと考えていたが、おそらくそうではないかという程度の推測しか持ち合わせていない。刑事による質問にも答えなかった為、その推理が当たっているかどうかは分からなかった。後は彼女が黙秘を貫かない限り、警察による取り調べが進めばはっきりするだろう。

「書類を隠した動機は、恐らく佐倉さんは法務省がそうした問題が起こった際、他の省庁と同じく隠蔽に動くと踏んでいたようだ。それを後に告発するつもりだったのだと思う」

「告発ですか? 意味が分かりません。自分で問題を起こして、それを隠蔽するだろう省の姿勢を批判するつもりだった、というのですか? 一体何のために?」

「佐倉さんの親戚に今の政府や与党が世論から攻撃を受け、公文書の改ざん問題や隠ぺい問題で命を落とした方がいる。おそらくそのことが許せなかったのだろう。そこで問題を起こし、法務省ではどう動くかを試そうとしたのかもしれない。そしてもし隠蔽するようなことがあれば、糾弾しようと考えていたんだと思う」

「それが資料を隠した動機と目的ですか?」

「省内で問題さえ起こせば良かったんじゃないかな。そこで何をすればと考えた時、死刑囚の起案書作りに必要な資料の一部を紛失させようと計画したのだと思う。過去に「財田川事件」で大失態を犯している検察や法務省としては、事を穏便に済ませるために隠蔽すると確信していたのかもしれない。それを後々内部告発するつもりだった、というのが今の所推察される動機だ」

「ちょっと待ってください。佐倉さん達が内部調査をしたとしても、その結果は外部に出されなかった可能性はあったでしょう。けれどそんな問題を起こしたのが自分自身なのに、それを告発するつもりだったなんて、無理がありませんか」

「おそらく見つからない自信があったか、または刑事局では真剣に調査などしないと読んでいたのかもしれない。それが予想に反して自らが捜査するよう局長に命じられた。驚いたと思うよ。しかし私もいたから、適当な調査で済ます訳にはいかなくなったのだろう」

「では木下さん達が予想していた以上に綿密な調査をし始めていたから、共犯だった大飯さんが焦ったのでしょうか」

「その可能性はあると思う。だから大飯さんが殺された責任の一端は、私にもあったのではないかと反省しているんだ。最初は適当に済ますつもりだった。しかし峰島検事から話を伺い、佐倉さんが持っていた熱意に押されたんだ。それで途中から真剣に取り組むようになった。しかし馬鹿な事をしたよ」

 すると峰島検事が苦い表情をしながら否定した。

「そんなことはありません。もしそうだとすれば、佐倉さんは大飯さんではなく木下さんの口を封じていたはずです。それに大飯さんが殺されるきっかけを作ったのは、私かもしれません」

 突然の告白に、そこにいた全員が目を見張った。木下は思わず尋ねた。

「どういうことですか?」

「まずは私が彼らの計画に無かった行動をし、会議室にいた事です。そして容疑者の一人に検事である私が含まれてしまった。いい加減な調査が出来ないと思わせたのは、その為でしょう。それにこれまで警察にも黙っていましたが、私は大飯さんを追求したのです。起案書作りに目処がつき始め、再作成された資料が届くとの連絡が入る前日の事でした。私は仕事に集中するためそれまで避けていた、資料紛失事件の事を考え始めていました。先程言ったように資料の一部が無いと判った時点で、大飯さんが隠したと直ぐに疑いました。状況から見ても私以外には彼しかいません。だからこそ徹底的に探したのです。倉庫へ運んだ箱まで慎重に捜索したのもその為でした」

「そうでしたね。では何故あの時、その事を指摘されなかったのですか」

「木下さんの言う通り、あの時点ではっきりさせていれば、こんなことにはならなかったでしょう。しかし私はそうしなかった。なぜなら動機が分からなかったからです。だから状況を確認し、上に報告するよう提案しました。そうすれば、自ら名乗り出るかもしれないと思っていたのです。しかしそうはなりませんでした。何故そこまでして隠すのだろうと不思議でした。ですが書類は再作成できると判ったので、起案書の作成を優先させようと考えたのです。それに紛失事件のことは佐倉さん達が調査することになったので、しばらく様子を見ることにしました。中途半端な事をせず、最後まで木下さん達に任せていれば、大飯さんは死なずに済んでいたかもしれません」

「どういう意味ですか?」

「仕事がひと段落着いた私は、大飯さんを呼んで尋ねたのです。何故書類を隠したりされたのですか、と。今なら再作成された資料もしばらくすれば届きます。ですからどこに隠されたのかは知りませんが、その前に誤って紛れてしまったけれども見つかった、またはつい出来心でしてしまったと名乗りでるよう、彼を諭したのです。しかし彼が強く否定したので、さらに追求しました。これ以上隠し続けるならば処分は免れない、と。しかもGPSシールが発見され、事件の関係者が資料を運んでいたあなた達に声をかけている。その事から情報漏洩の問題にまで発展しかねません。そう言って追い込んでしまったのです」

「その時、大飯さんは何と言ったのですか?」

 木下の問いに彼は首を横に振った。

「何も言わず、逃げるように立ち去っていきました。その翌日の夜、彼が亡くなったのです。私が話した時の反応による憶測ですが、佐倉さんが加治田まで巻き込んでいた事を、彼は知らされていなかったのではないでしょうか。ただ問題提起したかった彼女の気持ちに共感し、資料を隠す協力をするだけのつもりだったのかもしれません。それが想定していた以上の騒ぎになってしまったので驚いたのでしょう。怖くなり全ての真相を正直に話そうと、佐倉さんを説得したのかもしれません。しかし引けなくなった彼女は、加治田を利用して殺すことを考え、さらには加治田の口をも封じたのではないでしょうか。そう考える方が筋は通ります。ですから大飯さん達が殺されたきっかけを作ったのは、木下さんではなく私です。私がもっと早く真相究明をしていれば、こんなことにはならなかった」

 その場にいた誰もが安易に違うと言い切ることが出来ず、しばらく沈黙した。しかし木下は思い切って言った。

「言い難いことを正直にお話しして頂いて、ありがとうございます。私は長い間、峰島検事を疑っていました。そのことが恥ずかしいです。それに佐倉さんが一連の犯人だなんて、近くで一緒に調査していた私でさえ気づかなかったのです。峰島検事のせいではありません。悪いのは用意周到な準備をして、二人を殺した佐倉さんです」

「庇って頂き、有難うございます。先程の推理から考えると、木下さんが私を疑っていたことはやむを得ないと思います。おそらく佐倉さんがそう仕向けたのでしょう。突然私が現れ計画変更を余儀なくされた時点で、万が一の為にスケープゴートにしようと思いついたのでしょう。もしかすると私が甲府へ裁判資料を閲覧しに行ったことも、事前に知っていたのかもしれません。加治田から用があると突然私を呼び出したことから考えると、間違いないと思います。幸い誘いを無視して行かなかったので、その計画は失敗したようですが、もし私が行っていれば周辺の防犯カメラに写っていたでしょう。そうなれば後々、私も容疑者として浮かび上がると考えたはずです」

「今思い返してみると、そうだったのかもしれませんね」

「ちなみにですが、もし私が犯人だったとしたら、動機は何だと思われたのですか」

 答え難い質問だったが、正直に話した。

「それは佐倉さんのものと似ています。峰島検事は法務省が隠蔽すると見越し、そのネタを将来政治家になられた時に利用する為だったのではないかと考えていました。検事はいずれお父様の地盤を継いで、政治家に転向される予定だと伺いました。しかも野党第一党に所属されていますから、出馬するとなれば与党を叩く絶好の切り口になると思ったのです。だから刑事さんに発見した資料をお渡しした際、峰島検事の指紋が出るだろうと思い込み、背景を詳しく調査するようお願いしていたのです」

「なるほど。確かにおっしゃる通りですね。しかしご心配は無用です。出馬するとしても、ずっと先のことになるでしょうし、そんなことをしなくても今の与党には、付け入るネタが沢山ありますから」 

 峰島検事は笑いながら庇ってくれたが、木下の胸のつかえは下りなかった。大飯さんが調査を続けていた佐倉さんを説得できず、命まで奪われたのは何故なのか。また彼女は大飯さんや加治田智彦を殺さなければいけないほど、書類を隠したことをばらされたくなかったのは何故なのかが分からない。

 実際に木下が紛失事件の犯人は佐倉さんである証拠を突き付けた時、一瞬態度を変えた。認めはしなかったものの、その後はバレたなら仕方がないと開き直った態度を取っていたようにも感じられたのだ。それよりも殺人の件まで明らかにされはしないかと、内心怯えていたように思う。

 いずれにしても、殺人事件については自分達の手が及ぶ範囲ではない。真相の究明は警察に任せよう。事件はこれで終わったんだ。そう考えることにした。しかし間中は、まだ腑に落ちない点があったらしい。

「書類を隠した動機は何となく理解できましたが、佐倉さん達は最初からB会議室に置いてある段ボール箱に隠そうと計画していたのでしょうか? だとしたらおかしくないですか? あの会議室を使わざるを得なかったのは、事前に用意されていたはずの部屋が、手違いで押さえられていなかったからでしょう。それで急遽あの場所にあった書類を、慌てて片付ける羽目になったと聞いていますが。そうですよね、木下さん」

「そうだったな。あのトリックは会議室に段ボールが積まれていたから、それを急遽利用したのだと思う。何もない会議室だったら、例えばカーテンの裏や窓の外に吊るすなど一時的に隠し、後で回収しようと思っていたのかもしれない。大飯さんから聞いた話の中で書類を確認している時、峰島検事は中身を見ながら室内を歩いていたという証言があった。もし段ボールが無ければ、そうしている間に隠そうとでも思っていたんじゃないかな」

「なるほど。段ボールが積まれているのを見て、これは使えると思ったのかもしれませんね。それで検事が目を離した隙に隠した訳ですか」

「そうだと思う」

「でも書庫に隠したのは良いとして、それを木下さんが見つけ出すまでずっと放置しておいたのはどういうことでしょうか? 誰かが偶然見つけてしまうかもしれませんよね。早く片付けようとしなかったのは何故でしょう。それに課長立ち合いの元で、一度木下さんと二人で書庫を再確認された時にも見つからなかったのはどうしてでしょうか」

「保管期限が過ぎた書類の間に隠してあったから、まず見つからないと踏んだのだろう。特にここ最近は間違って廃棄処分をした問題が起こっていたから、書庫の管理はかなり厳重にされていた。そう簡単に誰もが何度も出入りできる訳ではないから、安心していたのかもしれない。それにすぐ回収しに行けば、逆に怪しまれる。ほとぼりが冷めた頃、何かの調べ物だと言って入室すれば不自然じゃない。その時に隠した書類を処分しようと考えていたんじゃないかな。それに二人で再捜索した時、どこを探すかを割り振ったのは佐倉さんだ。自分が隠した場所を探したのだから、見つかったなんて言うはずがない」

「なるほど。それにしてもGPSシールまで貼り、第三者が関わっていると思わせるなんて手が込んでいますね。現に加治田を動かし、彼が怪しいと思わせていた訳ですから」

「書類が紛失しただけでは、インパクトが薄いと判断したんじゃないかな。第三者が盗んだのではと疑わせ、より騒ぎを大きくすることで刑事局の責任問題に発展するよう仕向けたのだろう。そうすることで間違いなく隠蔽せざるをえないように、誘導したのだと思う」

 するとこれまでずっと黙って聞いていた局長が、吐き出すように言った。

「舐められたものだな。しかし佐倉に調査するよう命じたが、結果によっては穏便に済ませようと考えていたことも確かだ。一緒にいた木下がここまで調べてくれなかったらどうなっていたことか。想像しただけでゾッとするよ。良くやってくれた。ご苦労さん」

 お褒めの言葉をいただいたが、素直に喜ぶことは出来なかった。調査で得た結果の代償は余りにも大きい。再び気分が落ち込む様子を気にしたのか、課長が話題を変えた。

「しかし息子の死刑執行を少しでも早くして欲しいと願っていた、加治田智彦の父親としてやむにやまれない心情に付け込むなんて、佐倉も良く非情な事を思いついたものだ」

 局長や課長達は最終の報告書を見ている。この中で峰島検事同様、見ていないだろう間中は呆気にとられていた。

「先程も聞いていて違和感があったのですが、死刑執行が遅れるかのように嘘を告げたと言う話は、そういう意味だったのですか?」

 木下がそれに答えた。

「ああ。警察でもその点は捜査してくれたよ。本来なら詳しく教えてくれないが、紛失事件と関係していたし、こちらからの情報が重要な手掛かりになったことを考慮してくれたらしく教えて貰えたんだ」

 そこで加治田智彦やその家族が、加害者家族として苦しい目に遭って来たこれまでの出来事を間中に伝えた。彼だけでなくその場にいた皆が全員、苦虫を噛み潰したような表情で静かに聞いていた。そうした壮絶な過去を経て、我が息子の死刑執行を強く願わざるを得なかった父親の想いを、佐倉さんは利用したのだ。その理由と手口は余りにも狡猾であり、自分勝手なものだった。それは決して許されるものでは無い。

「それで佐倉さんは「財田川事件」の事を引き合いに出し、書類が紛失すると執行が遅れる恐れがあると加治田に吹込んだ。それで不安を煽り無事書類が整っているか、不備は無いか、無事運び出せているかを気にさせた。だからサービスエリアで私達に声をかけたのですね。そうさせるように仕向けたということですか」

 間中の質問に頷いた。

「そのようだ。緻密な計算と巧みな話術で加治田を精神的に追い込んだやり口は、生真面目な佐倉さんだったからこそ説得力があったのだろう。そして書類を紛失させた後に情報を加治田に流し、大飯さんがそう仕組んだと思い込ませて殺すよう誘導した。殺してしまえば邪魔する者はいない、とでも言い聞かせたんじゃないかな。そして今度は色々知っている加治田を自らの手で口封じし、全てを闇に葬り去ろうとした。私はそれが許せない」

「まあ、落ち着け。殺人の件は警察から発表があると思う。しかし書類紛失に関しての詳細が彼らの口から説明されることは無いだろう。他の省内における不祥事だからな。でも安心しろ。佐倉の件が公になったタイミングで、法務省としても今回の書類紛失未遂事件とGPSシールの件では記者会見を開くつもりだ。もちろん私の口から事実と経緯を説明する。そしてしっかりと謝罪した上で、今後同じ事が起こらないよう対応策を取ることも告げるつもりだ。決して隠蔽したり事実を曲げたりすることはしない。法を司る役目を担っている法務省として、二度と同様の不手際など間違っても起こさない。万が一起こったとしても内部での自浄作用を働かせ、事実解明に誠意を尽くすと宣言する予定だ」

 局長の力強い言葉に、木下はようやく胸のつかえが一つ下りた気がした。これで佐倉さんだけでなく、自らも懸念していた事態は避けられた。しかし紛失事件を引き金として二人を殺したのだ。佐倉家一族の中で、悲劇が再び起こったことになる。

 それにしても正しい事を行い続けることが、どうしてこんなに困難が伴うのだろう。正義や秩序、筋や道理という、当たり前のものがおざなりになっているとしか思えない。正直者が馬鹿を見る世の中など、碌なものでは無いはずだ。

 しかし世界から称賛されることが多いはずのこの日本という国が、いつの間にかそんな場所になってしまっている。少子化なども先進国ならではの問題だと言われるが、それだけではない。豊かな国であるはずが、貧困の差は激しくなり将来は不透明だ。

 そうなると経済力はあっても、能力が高い人達程子供を産んで育てようと思わなくなり、子供が減少するのも当然だ。実のところ、木下の妻も子供を産むことに躊躇している。

 逆に将来的な不安要素を気にせず、子孫を残そうと純粋な本能に従った若者達ほど子供を産むのだろう。しかしその中で経済的に困窮した親が、発散しきれないストレスなどを子供にぶつけるなどして虐待が生れることもあるのだ。そして死なせてしまうか、まともな教育を施さない、または施せないことで、さらなる低所得者層を形成してしまう。

 そうなれば経済的貧困に陥り、生きていくことで必死な若者が多く育つ。その結果将来に希望など持てず、さらに子供を産みたがらない世代を生み出すだけだ。この負の連鎖はどこかで断ち切らなければならない。その為にはこの腐りかけた国を立ち直らせようとする政治家が必要だ。将来峰島検事がそのようになってくれたらと、と木下は切に願った。

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