事件の捜査~2

「でもそれだと、大飯さんが真っ先に疑われませんか?」

「そう。間中の言う通り、チェックするまでが大飯さん達の仕事です。その為検事に渡す以前から無かったことが判明しなければいけない。だからトリックが必要だったのでしょう。私達は早く荷物を出さなければいけないと急いでいた。その為大飯さんと峰島検事の言葉に甘え、間中に手伝って貰いました。しかしそれが佐倉さん達の罠であり計画だったのです。もし当初の予定通り大飯さんが一人でチェックをしていたら、書類紛失の件はまた違った形になっていたでしょう」

 ここで佐倉さんが異議を唱えた。

「意味が分からない。間中に手伝えと言ったのは大飯でしょう。私が言ったわけじゃない。実際、間中くんの代わりに峰島検事が書類の確認をしていたじゃないの」

 木下は反論に応えた。

「峰島検事が先ほど言われた通り、大飯さんは間中に最初から手伝わせるつもりだった。しかし峰島検事がいたことで焦ったのでしょう。なぜなら書類を抜き出す様子を見ている人物がいては困るからです。しかしなんとか上手くタイミングを見計らい、私達が運び出していた段ボール箱の中に資料の一部を隠した」

「だったら犯人は大飯でしょう。しかしどのタイミングで隠せたっていうの。それは無理だという結論に至ったのは、私と一緒に調査していた木下が一番分かっているじゃない」

「最初は私もそう思い込んでいました。しかしよく考えてみると、見落としていたチャンスが一度だけありました。それは課長からの電話を受けて一旦廊下に出た大飯さんが、峰島検事と電話を代わった後です。部屋へ素早く戻った大飯さんは、検事が廊下でまだ話している間に、急いで資料の一部を運び出す箱の中に放り込んだ。十数秒でもあればできることです。しかし予定外の事だったので、慌てたのでしょう。最初は間中が運んできた資料の一部を隠すつもりが、間違えて自らが運んできたケースの中の資料を隠してしまった。なぜ大飯さんが怪しまれるような資料を自ら隠したのかが疑問でしたが、そういう理由なら納得できます」

「それはあくまで推測でしかない。だったら大飯が廊下に出た間に、峰島検事が同じことをしたかもしれないじゃない。それでも矛盾が生じる。書庫では三人でトリプルチェックしたにも関わらず、見つからなかった事は知っているよね。しかも課長が言っていた通り、その後君と一緒に手分けして探し、発見できなかった。違う?」

 木下は佐倉さんの反論に応じず受け流し、峰島検事に質問した。

「大飯さんと峰島検事の二人が書類の確認をしている間、私と佐倉さんと間中の三人で段ボールを運び出しました。丁度二往復で運び終えたのを覚えていらっしゃいますか?」

「覚えていますよ。一度三人共戻ってこられ、最後は佐倉さんだけが運び終わったからと確か会議室の鍵を持って戻られた。だから二度で終わったのでしょう。それがどうかしましたか」

「時間はお昼の一時を過ぎていました。しかし私を含めて他の二人も昼食を取っていなかったので、そのまま食事の為に外へ出ようとしました。しかし佐倉さんは会議室の鍵を持っていたので、今後使用される検事に引き渡すため一人戻ると大飯さんが慌てていた。理由を聞くと、書類が一部足りないと騒ぎ出していたということですが間違いありませんね」

「そうです。私と大飯さんは資料の一部が無いことが分かり、見渡す限り部屋の中を探し、再度チェックもしていました。そんな時に佐倉さんが現れたので、理由を説明し手伝って貰ったのです」

「そこでお伺いしたいのですが、佐倉さんが来られる前に、会議室の中を徹底的に探されたようですね。それぞれの持ち物の中や机の下だけでなく、カーテンの裏や、コピー機の中までも調べたと伺っています。しかも佐倉さんに同じ場所を確認させた。さらには書類のチェックまで手伝って貰ったと聞いています。それでも発見されなかったため、既に運び終わった段ボールの中も探すように指示し、書庫にまで向かったのは何故ですか」

 すると彼は少し躊躇った後、説明し出した。

「実は私も資料が無いと気付いた瞬間、大飯さんがどこかに隠したと思いました。私以外にそれができるのは彼しかいないからです。しかし隠したとしても場所は限られます。だから部屋の中を探せばすぐ見つかると思いましたが、発見できませんでした。書類のチェックミスで無いことも分かっていましたが、佐倉さんが来られたので念のため同じ確認をお願いしたのです。それでも資料はなかった」

「だから後は運び込んだ段ボールの中しかあり得ない、と思われたのですね」

「そうです。そして大飯さんが意図的に隠し直せない様、私が探す箱を割り振ったのです。それでも一回目で発見できなかった為、トリプルチェックまでしました」

「それでも見つからなかった時、どう思われましたか?」

「隠したのは大飯さんで間違いないけれど、その後はどう処理したのかあの場では思いつきませんでした。木下さん達を呼んで事情を伺っても分からなかったので、とりあえず上に報告した後で考えようと思ったのです」

「ではその後何か思いついたことがありますか」

「考えようとしましたが、紛失した書類が再作成できると伺ったので止めました。私は起案書さえ作成できれば良かったからです。それが仕事ですから」

「その仕事の目処がついた後はいかがですか?」

「そ、それは、」

 何故か彼は言い淀んで俯いた。そこで犯人扱いされたまま、これまでの話を聞かされていた佐倉さんは焦れたのだろう。無視し続ける木下に向かって呆れた声で尋ねた。

「結局大飯が資料を隠したのでしょう。それなのに私が主犯だと決めつける根拠は何?」

 ここまで来ると怒りを通り越し、余りにも酷い茶番劇に呆れる。その為、木下はため息をつきながら説明した。

「私も最初は峰島検事が隠したと思っていました。ですから検事が書庫に着いた際、佐倉さんにここからここを、大飯さんはそこから、と探す箱の場所を指定されたのだろう、と。そうすれば自分が隠した箱を最初に開けられますからね。そして他の二人が探している間に、別の関係ない箱へと隠すことが出来ます。そして念のためにと言い、それぞれが一度探した箱を他の人にも探させた。それは自らが犯人ではないように見せかけるためです。これが私の推測でした」

 峰島検事が驚いたらしく顔を上げた。

「そう思われていたのですか。でも私は隠していませんよ」

「はい。峰島検事でないことは分かっています。隠したのは大飯さんで、その後さらに別の場所へと移したのが佐倉さんでした。つまり二人は共犯だったのです」

「私が質問するのも何ですが、先ほどからそう言われる根拠はなんですか?」

「恐らく佐倉さんは峰島検事があの会議室にいた時点で、もし資料が無くなれば徹底的に探そうとすることを予想していたのでしょう。二回、三回と探したのは、最後の二回で佐倉さん達が運び込んだ箱だけでした。その他の箱の中に隠されていたなんて、検事は考えてもいなかったのではありませんか」

「どういうことです? 倉庫に運んだ段ボールの中に隠されていたのではないのですか?」

「最初は大飯さんが箱の中に隠し、会議室から書庫に運びだした事は間違いないでしょう。タイミングは先程お話しした通りです。しかし箱を運び出し終わり、書庫の鍵を閉める段階で、佐倉さんが別の箱に移したと思われます。恐らく大飯さんが隠した箱はどれか、目印をつけていたのでしょう。佐倉さんはそれを知っていた。事実、箱の蓋が破損したものがありましたからね」

「な、何を言っているの。何の証拠があって、そう決めつけるわけ? 間中くんが手伝い始めた時、箱を落として中身を散乱させたでしょう。その時に破れたんじゃないの?」

「佐倉さん、落ち着いて下さい。話はまだ途中です。峰島検事はどの箱を探すかを自らが割り振られた。これは予想以上に幸運だったことでしょうね。おかげで三人共隠した犯人ではなく、さらには書庫に無いと思わせることが出来ましたから」

「しかし何故か書庫から資料は見つかった。その方法なら大飯さんだって、私の目を離した隙に隠し直すことができたかもしれません」

「今峰島検事がおっしゃった通り、もちろんその可能性もあり得ました。しかしそれ以上に決定的な証拠が出てしまったのです。警察で資料に付着していた指紋を照合していただきました。すると新しいものでは大飯さんと間中、そして甲府地検の波間口監理官の他に、佐倉さんのものが出たのです。捜査が始まった際、ここにいる皆さんが任意で指紋の提出をされたと思いますが、それと一致したようです。おかしくありませんか。何故紛失した資料に、近づいていないはずの佐倉さんの指紋が付いていたのでしょう。大飯さん達がここへ運んできた後、書類が紛失したと先程言いましたよね。それなら佐倉さんはどこで資料に触れる機会があったのでしょうか」

 木下の指摘に、先程まで赤くなっていた彼女の顔が青くなった。それでもしぶとく抵抗を見せた。

「そ、それは何かの間違いじゃないの。他の箱に入っていたのなら、何かのはずみで触っていたのかもしれない。隠し直したのは大飯でしょう? 木下くんや峰島検事の言う推理なら、その可能性だってあるじゃない」

「その確率は余りにも低いと言わざるを得ません。それはこれまでの調査でも二人で話し合ってきたじゃないですか。だから何度も言っているように、資料を発見した後刑事さんに渡して調べて貰うまで、私は峰島検事の指紋が出ると思っていました。ただ倉庫の中を探す前に、今回の紛失事件が複数犯である可能性は無いかと刑事さん達に言われ、初めて気づいたのです。そこで念のため佐倉さんには黙って課長にお願いし、徹底的に捜索しました。すると残念なことに私の予想を裏切り、あなたの指紋が検出されたと刑事さんから聞いて驚きました。もう言い逃れは出来ませんよ」 

 佐倉さんは言葉を失っていた。まさか一緒に調査していた後輩から疑われていたことに、全く気が付いていなかっただろう。さすがに想定外だったのかもしれない。それとも裏切られたとショックを受けていたのだろうか。

 いずれにしても、彼女が真犯人であることには間違いない。

「資料を隠したのは、自分だとまだお認めになりませんか」

 木下が念押したが沈黙を貫いていた。そこでもう一つの件についても指摘した。

「GPSシールを張り付けたのも、佐倉さんですね。第三者が事前に貼り付けていたかのように見せかけたのも、書類紛失事件に第三者が関係しているかもしれない、と思わせるための攪乱だった。そうではありませんか」

 それでも彼女は頷かない。ただ否定もしなかった。どんな証拠を掴んでいるかを確認するまで、安易に言葉を発せず黙秘しようと決めたらしい。そんな様子を見て説明を続けた。

「これもお認めになりませんか。GPSシールを張り付けられるタイミングは、佐倉さん自らがお調べになったように、三人の方が裁判資料を閲覧した後どころか、地検から大飯さん達が資料を受け取った後でしかあり得ません。その為あなたの目論みは失敗に終わり、仇となっただけでした。ですから可能性があるのは、峰島検事と佐倉さんの二人しか考えられないのです」

「それはどう言う意味ですか?」

 口をつぐんでいる佐倉さんの代わりに峰島検事が質問してきた。木下はそれに答えた。

「実は佐倉さんが甲府地検で事情を確認していた際の音声データが、一部カットされていることを警察の方が発見されていました。そこで私も甲府地検に再度確認を取ったのです。すると波間口監理官が大飯さんと間中に書類一式を渡す前、地検の検務官数人で資料が揃っているかどうかを、表題だけでなく中身も見ていたことが分かりました。伺ったところでは落丁がないか、破損している個所は無いか、それこそ一枚一枚めくってチェックを行ったそうです。しかも見落としが無いよう、同じ書類は最低でも二回、異なった二名で行ったほどの念の入れようだったと聞きました」

 刑事の一人が付け加えるように言った。

「報告書の中で、そのような事は書かれていませんでしたね。甲府地検での佐倉さんと先方との会話の中でも、詳しく触れられていない部分しか録音されていませんでした」

「はい。おそらく佐倉さんはわざとその点について深く追求しなかった。しかし会話をよく聞くと分かりますが、GPSシールが貼られていたと先方に告げた時、波間口監理官がそんなはずは、と呟かれています。しかしそれを遮るように喜多原検事が何故こんなものがあったのかと言い出したので、佐倉さんは話題を逸らして話をされていました。後で報告書を作る私に送付するための録音ですから、下手なことを喋られるとまずいと思ったからでしょう。そして恐れたことが起こった。途中で詳しくその点について説明がされたようですね。だからその部分の録音を、意図的にカットしたのでしょう」

 峰島検事が頷いた。

「なるほど。そういった状況ならこちらへ持ち込まれた後でしか、貼り付けられませんね」

「そうです。それなのに法務省へと持ち込まれ、峰島検事が審査されている際にそれが見つかった。ということは、少なくとも峰島検事が書類の中身を見られるまでの間に貼り付けた、としか考えられません。違いますか」

「そうかもしれませんね。なるほど。だったら私か、または紛失資料の最終チェックを行った佐倉さんしかいないことになります。大飯さんであれば、その時点で貼ることは避けたでしょう。なぜなら私がぺらぺらと資料をめくる癖を見ていたでしょうから、すぐ発見されてしまう恐れがあった為にできなかったはずです。しかし二人とは別に、資料を確認されていた佐倉さんなら可能です」

「そうです。おそらく佐倉さんは、その最終チェック時にシールを貼られたのでしょう。そして資料を隠した犯人が分かった今、峰島検事が貼る理由など無いことも明らかです。つまり佐倉さんしかいない」

 するとそれまで黙っていた彼女が突然丁寧な言葉で喋り出した。

「異議があります。その件はこれまでの事情聴取でも警察に質問され答えています。録音が途切れていたのは、私がデータ―をパソコンに移す際、間違って消えただけでしょう。それに木下くんにはあの時電話で言ったはずです。地検が書類の捜索をした状況を聞いていた時、一つ気が付いたことがあるが帰った際に報告する、と。覚えていないかな」

「覚えています。しかしこちらに戻られた時、大飯さんや加治田さんも亡くなったことでそれどころではなくなりました。調査も一時中断したため、そのまま報告を受けずに終わっています」

「そう。私は隠すつもりなどありませんでした。きちんと報告するつもりだったのです」

息を吹き返したように話す彼女だったが、木下は冷ややかな目で見つめながら言った。

「しかしそれも計算だった。録音データが一部削除されていることが発覚した場合に用意した、言い訳に過ぎません。その理由は後ほど明らかになるでしょう」

 軽く受け流されたためか、彼女は再び逆上して反論した。

「それだけじゃない! シールのことだって大飯が峰島検事の癖を知らない時点、例えば会議室で出される前に貼り付けた可能性もある。そうじゃないと言い切れないでしょう!」

「大飯さんが駐車場に着き、課長から鍵の暗証番号をメールで受け取って間中と合流する間のことをおっしゃっていますか?」

「そう。その間ならできたはずよ」

「しかし大飯さんがGPSシールを貼る理由は何でしょうか? 資料を隠し紛失したと騒ぎ立てたことで、その犯人は自分でないことをアピールしながら、第三者の仕業だと見せかけ調査を混乱させた。それが佐倉さんの動機でしょう。少なくともあなた達のどちらかがGPSシールを貼った犯人であることは確かです。それ以外は考えられません」

「消去法での立証ね。しかし状況証拠でしかない。それとも物的証拠があるの?」

 そこで木下は彼女が虚勢を張っているのだと気付いた。先程警察が資料に着いた指紋まで調べていたことから、こちらがどこまで掴んでいるかを恐れているようだ。それならば教えることで、もう逃げ場が無いことを思い知らせてやることにした。

 同席している刑事達に視線を向けてから、彼女の目を睨みながら告げた。

「もちろんありますよ。ここに何故刑事さん達まで同席しているか。それは佐倉さんが資料を隠しただとか、GPSシールを貼っただとかといった、法務省内の不祥事程度では済まない罪を犯したからです。そのことに気付いていながら、懸命に冷静な振りをしていますが無駄です。あらゆる証拠は揃いました。GPSシールを購入した記録、そして書類の紛失に第三者が関わっていると思わせるため、中之島早苗さんに嘘の電話をかけ、裁判記録を閲覧するように仕向けたこともそうです」

 そこまで告げるとさすがに彼女の顔が引き攣った。しかしその程度では怒りが収まらなかった為続けた。

「まだありますよ。加治田智彦と接触し、さも死刑執行が遅れるかのように嘘を告げた。そして勅使川原弁護士を通じ裁判記録を閲覧させ、書類に不備が無いかを調べさせたのも佐倉さんです。さらに裁判書類を運ぶ日時を知ったあなたは加治田智彦に連絡を入れ、サービスエリアにいた大飯さん達に声をかけさせた。恐らく場所や時間は、課長が大飯さんと連絡を取っていたため知ったのでしょう。しかしあなたはやり過ぎた。そこまでなら大した罪には問われなかったはずです。しかし共犯の大飯さんが予想に反し余りにも大事になったため、あなたを追求でもしたのではないですか。それであなたは加治田智彦を騙し、大飯さんを呼び出させて橋から線路へ突き落させた。さらに加治田智彦の口を封じるために横浜へ連れて行き、海へ突き落して溺死させたのです。しかも疑いが峰島検事に向くよう加治田さんから携帯にかけさせ、呼び出そうとした。あなたの自分勝手な想いを成し遂げるために、何の罪もない二人の人間が殺されたのです」

「な、何を言い出すの。書類を隠したこともGPSシールを貼ったのも私じゃない。しかも大飯や加治田まで殺したなんて、余りにも話が飛躍しすぎている!」

 ここでこれまで黙っていた警視庁の刑事が口を開いた。

「ここからは警察の管轄ですので私から説明しましょう。紛失した資料を木下さんが発見し佐倉さんの指紋が出て来なかったら、ここまであなたを疑うようなことは無かったでしょう。大飯さんは何らかの理由で加治田に殺され、そして自分は罪の意識に苛まれ海に飛び込んで自殺したと処理されていたかもしれません。しかし現在あなたの家には家宅捜査が入っています。先程木下さんが言ったGPSシールの購入記録だけでなく、加治田智彦のものと見られる皮膚片が付着した服も発見されたようです。おそらく彼を突き落とした際に揉めたかして、付いたのでしょう。さらに彼が横浜で死亡した頃の時刻、あなたが借りたレンタカーが周辺の防犯カメラに映っていました。甲府にいたはずのあなたは横浜で別のレンタカーを借り、甲府まで戻って返却していたことも裏付けが取れています」

「え? 大飯さんや加治田が殺された時、佐倉さんが甲府にいたアリバイは証明されていたのではないのですか?」

「峰島検事の疑問はごもっともです。加治田が大飯さんをホームから突き落としたことは、様々な証拠からみて間違いないでしょう。しかしどうやって峰島検事の携帯の番号まで知り得たのか。そこで別の人物から聞いたのではないかと考えました。そして何者かから頻繁に連絡を受けている形跡があったため調べていましたが、それが佐倉さんでした。木下さんから提出された資料を基に周辺を徹底的に洗ったところ、ここ数カ月ほどの間に加治田と何度も連絡を取っていた疑いが浮上しました。加治田の家に掛かってきた公衆電話を調べたところ、その全ての周辺で佐倉さんの姿が防犯カメラに映っていたからです」

「そんな事までしていたのですか」

 驚く峰島検事に刑事はさらに説明をした。

「はい。そして佐倉さんは大飯さん達が亡くなった夜、調査状況を逐一木下さんに送ることで、甲府にいることを印象付けたかったようです。そして家を見張る振りをして加治田を上手く言いくるめ、彼のセダンで東京へと向かった。佐倉さんが借りていた車は軽でしたから、高速で移動するのなら普通車の方が良い、などと唆(そそのか)したのでしょう」

「でも借りたレンタカーのカーナビについていたGPSで、甲府にいたと証明されていたのではないのですか?」

「アリバイトリックを使ったのです。加治田の家が人気のない場所だったことを利用し、長時間エンジンをかけたままにしてカーナビを起動させた。そうしてあたかも甲府にいるよう偽装したのでしょう。ハイブリッドにしたのも長時間持ち、音も静かだからだと推測できます」

「なるほど。そうだったのですか。だから途中で寝てしまって、夜遅くまでいたと証言したのですね」

「そうです。車だと甲府から霞が関近辺まで片道約二時間、そこから横浜まで一時間弱、甲府まで約二時間かかります。合計往復で約五時間ですね。中之島宅を訪れた後、甲府のホテルに戻られたのが午前三時。加治田の家で待っている間につい寝てしまったと言えば、その間に東京と横浜で犯行に及ぶことは可能です」

「でも高速道路のカメラには加治田の姿と車は写っていたと聞きましたが、佐倉さんは写っていなかったのですか」

「高速道路のカメラでは、運転している加治田の姿を捉えています。佐倉さんは理由をつけて後部座席で隠れるように座っていたのでしょう。木下さんにパソコンで報告する仕事があったことと、自分の姿が映ることを避けるためだったと思われます。しかし防犯カメラの映像をよく見てみると、後ろに誰かが座っている姿は何か所かで確認されています。そうして移動した彼らは、途中で加治田の携帯を使い大飯さんを呼び出し殺した。さらに帰る途中で峰島検事を呼び出した後、車の中に携帯を残させ加治田を海辺に誘い、突き落としたと思われます」

「だから加治田の車は横浜に放置し、そこから別途レンタカーを借りた佐倉さんは甲府まで戻られたということですか」

「はい。その車は次の朝、宿泊したホテルの近くにある同じ系列の営業所に返却されていました。今はそうした乗り捨てが出来ますからね。これらのことは営業所やNシステムなどで確認済みです。ここでお聞きしますが、何故佐倉さんは加治田智彦と接触されたのですか?」

 その質問に彼女は答えなかった。何かを告げれば相手に情報を与えてしまうと熟知しているからだろう。刑事もそう来るだろうと予想はしていたようだ。

「黙秘されるのならそれはそれで結構です。さすがに法務省のキャリアだ。釈迦に説法になりますが、与えられた権利ですからね。しかし逮捕状は既に出ています。加治田智彦の殺害及び大飯拓郎に対する殺人教唆の罪で、あなたを逮捕します。例えあなたが黙秘し続けようと、検察に送検し起訴できる程度の証拠はしっかり揃えていますからご安心ください。無理な自白を強要するつもりもありません。しかし素直にお話しされた方が、心証は良くなると思いますがね。これは間違いなく裁判員裁判になるでしょうし、二名亡くなられています。下手をすれば死刑を求刑される事案です。ああこれも釈迦に説法でしたね」

 そう言って刑事が四人共立ち上がり、懐から出した逮捕状を見せた上で佐倉さんに手錠を嵌め連行した。その間の彼女は全くの無表情で、抵抗する素振りも見せず刑事達に囲まれて部屋を出て行ったのだ。

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