次なる展開~1
朝八時過ぎに登庁し、騒然としている課の状況を見て驚いている佐倉さんを木下は見つけた。いつものこの時期なら、早くから仕事をしている者など数人程度だからだろう。それなのに、今日はいつもの三倍以上の職員が出ている。
しかも電話応対等に追われていたり、ひっきりなしに部屋を出入りしていたりしている為、首を傾げるのも無理はない。木下は直ぐに
「この騒ぎは何?」
「大飯さんが亡くなりました。一昨日の夜、線路に飛び込んで電車に跳ねられたそうです。自殺した可能性が高いと言われています」
彼女は一瞬固まった。何を言っているのか、意味を理解するまで時間がかかったのだろう。しかし我に返って聞き返してきた。
「え? 亡くなった? 線路に飛び込んだって、何故? しかも一昨日の夜ってどういうこと?」
「少し落ち着ついてください。昨日佐倉さんから送られてきた報告書の件もあるので、打ち合わせをしましょう」
「そんな事をしている場合?」
「もしかすると、私達が調査していた件が関わっているかもしれません」
そう告げた木下は硬直した彼女の体を引きずるように、応接室の一つへと向かった。ドアを開けたままで柔らかいソファへ座らせると、意識を取り戻したように詰め寄ってきた。
「さっき言ったのはどういう意味? 調査と大飯の死に何の関係があるっていうの?」
大声を出す佐倉さんに対し、木下は小声で説明した。
「冷静に聞いて下さい。大飯さんがJR大塚駅近くの橋の上から、走行している電車に飛び込んで亡くなったそうです。それが一昨日の夜十一時近くのことだったと聞きました」
「なんでまたそんなところで? ここの最寄り駅でもないし、庁舎とも離れているのに」
「それが分かりません。ただ人体の損傷が激しく、持ち物も電車との衝撃で散乱していたことから、警察が身元を明らかにするのに時間がかかったようです。そうこうしている内に総務課では昨日、朝から大飯さんが出勤してこないと騒ぎになっていました。あの方は一人暮らしだったので、連絡がつかず他の同僚の方も困っていたようです。そこで同じ庁舎に住んでいてたまたま休みだった人に連絡を取り、部屋まで様子を見に行って貰ったようですが、居なかったそうです」
「無断欠勤していた大飯を、こっちはこっちで探していたってこと?」
「はい。今までそんなことは一度も無かったこともあり昨日の夜になっても連絡が付かないため、千葉に住んでいる大飯さんの両親にも連絡したようです。その上で課長は警察に捜索願を出したと聞きました。恐らく今回の事件に関係しているかもしれないと心配したからでしょう。すると警察から昨日の夜、電車に飛び込んだ身元不明の人物が誰か探している話を耳にしたらしく、飛んで行かれました」
「それでどうしたって?」
「しばらくして持ち物らしき一部が、ここに勤めている人間の身分証明書のようだと言うので、課長が確認したようです。電車に跳ねられた際に飛び散ったと思われる本人の身分証などが、周辺から新たに発見されたとのことでした」
ここでようやく大飯さんが亡くなった様子を想像したらしく動揺していた佐倉さんだが、気丈に反論した。
「で、でも、それだけじゃ電車に跳ねられた人物が、大飯だとは限らないよね。彼が落としたものかもしれないでしょう」
「はい。その可能性もあるので今はDNA鑑定により、本人かどうかを確認している途中です。ご両親も警察へ行かれています。それで今日の朝、まだ日が昇りきらない内から私達も課に呼ばれました。今電話応対に追われているのは、マスコミが嗅ぎ付けたからでしょう。事情を確認する問い合わせが殺到しています」
「だからこんなに人がいたんだ。申し訳ない。昨夜遅く甲府から帰った後スマホの電源をオフにしていたから、私とは連絡がつかなかったのでしょう。今も切ったままだったわ」
彼女は思い出したように慌ててスマホを取り出して操作している間、説明を加えた。
「それだけじゃありません。事情を知っているかどうかを上に聞かれ、警察の事情聴取も受けました。他にも次々と職員が呼ばれ、事情を聞かれている所です」
「じ、事情聴取?」
「はい。私はすでに両方終わりました。例の調査の件や報告書も含めて、警察に渡っています。次は佐倉さんでしょう。私と同じ事を聞かれるでしょうから先にお伝えしますが、書類紛失の件を苦にした自殺ではないのか、と警察は疑っています」
「おかしなことを。確かに今回の調査対象となっている人物の一人として、大飯の名前は上がっているわよ。だけど彼が疑わしいなんて、報告書に書いたつもりなんかないのに」
「しかし昨日まで佐倉さんが調べた内容では、疑わしいとされている人物がどんどん少なくなっていました。しかし大飯さんの名前は残ったままです。それが自殺の理由ではないかと考えているようでした」
「遺書が見つかったとでも?」
「いえ、今の所それは発見されていないようです」
「だったら今回の件が関係しているとは言えないわよ。それに出張後の報告書でも大飯を犯人扱いしたつもりはないし、彼がその内容を知っているはずがないでしょう」
「私もそう言いました。しかし自殺する理由として、大飯さんが書類紛失に関わっていたとすれば、最も有力視されても仕方ありません。他には全く見当がつかないから余計です」
「そもそも自殺じゃなくて、何かのはずみで橋から落ちてしまった事故だったということはないの?」
「警察は事故の可能性も視野に入れて捜査している、とは言っていました。しかし近くにあった防犯カメラも夜間の為かしっかり写っていなかったらしく、飛び込んだ瞬間などは捉えていなかったそうです。ですから両面で捜査しているとのことでした」
そこで自分の席の内線電話が鳴っている音が聞こえた。応接室のドアを開けておいたのは、おそらくかかってくるだろうと予測していたからだ。その為佐倉さんに断り一早く出てみると、やはり相手は渡口課長からだった。佐倉さんが出社していると告げた所、代わるように言われた為受話器を受け渡した。すると強張った声で答えていた。
「はい、分かりました。すぐに伺います」
電話を切った後、木下は尋ねた。
「課長はなんですって?」
「至急課長室まで来てくれ、だって。大飯の件で今警察がきているらしい。話を聞きたいと言われたわ」
「調査の件も聞かれるでしょうから、念のため私もご一緒します」
彼女も不安だったのだろう。頷いたので木下は報告書を作成したノートパソコンを手にし、二人で部屋を出た。緊張しながら課長室のドアを叩いた佐倉さんが先に入室する。
「失礼します」
中には課長の他に間中もいて、グレーと紺の背広を着た二人の刑事らしき人物も席に座っていたが、二人の入室と同時に立ち上がった。そこで互いに名前を名乗り挨拶を早々に終わらせ、佐倉さんと共に課長の隣に座るよう促された。そして早速質問をされていた。
「佐倉さんは大飯さんと同期だそうですね。彼が一昨夜に橋から線路に落ち、電車に跳ねられ亡くなったことは聞かれましたか」
「はい。たった今、ここにいる木下から説明を受けたばかりで驚いていた所です。本当に本人だったのですか? 彼が自殺したなんて、私には信じられません。何かの間違いです。事故ではないのですか? その両面で捜査しているとも聞きましたが」
「その通りです。それと先程連絡がありました。DNA検査の結果はまだですが、血液検査や周辺に散らばっていた持ち物などから、ほぼ大飯さんであることは間違いなさそうです。現時点では遺書も見つかっていませんし、駅周辺の防犯カメラでは飛び込んだ、または落ちたとされる瞬間を捉えていません。しかし通常大飯さんが普段使っていない、ここからは離れた駅近くで起こったことから、そのことを含めて今は調査中です」
「大塚駅付近の橋だそうですね」
「そうです。そこでお聞きします。先程佐倉さんは、自殺なんて信じられないとおっしゃいました。それは何故ですか」
「理由が無いからです。彼とはつい最近も仕事の件などで色々と話をしましたが、死にたいと思うほど悩んでいる様子はありませんでした。そんな話も一切聞いていません」
「ところで佐倉さんは一昨日から甲府へ出張されていたようですが、何時頃、誰とどのように出発され、向こうでどのように過ごしていましたか。そしていつこちらに戻ってこられたかを教えていただけますか」
彼女は課長の顔を見た。書類紛失の件で調査していることは警察に話したと、自分が先程伝えている。しかし内密な調査である為、話していいものなのか再確認するつもりだったのだろう。
「出張の内容などはすでにお話ししている。ただ内々の話なので、マスコミなどには口外しないよう依頼済みだ。佐倉は聞かれた通り話せばいい」
「分かりました。課長がそうおっしゃるのであれば、お話いたします」
そこで佐倉さんは一昨日からの行動を説明し、その過程で約十日前に起こった書類紛失事件とそれを調べることになった経緯を話した。課長は昨晩、木下が出した中間報告書を読んでいたため、内容は理解しているはずだ。聞いていた刑事も既に把握している。
だから驚くことなく淡々と聞きながら頷き、時折質問を挟んでいた。自分も含め課長や他の職員の聴取もある程度終えているからだろう。食い違っている点が無いか、整合性を確かめているようだ。
彼女は冷静にありのまま話をしていた。しかし調査の中で大飯さんを最も疑っていたのではないかという刑事の問いには、強く反発した。
「そんなことはありません。私や木下が作成した報告書をどのように読まれたかは知りませんが、彼はあくまで今回の件に居合わせた人物の一人にしか過ぎません。それに甲府へ向かう前、こちらで調べた限りでは彼が書類を抜き取った、またはどこかに落とすなど紛失した可能性は極めて低いと考えていました。だからこそここにいた人物以外に関わった第三者を調べるため、課長や局長に出張の許可を頂いたのです。本音を言えば真実を明らかにすれば、彼の無実が証明できると思っていたことは事実です。彼は同期であり信頼できる同僚で、私の親しい友人でもあったからです」
横にいた課長が初めて知ったというように驚いた表情をしていた。当然だろう。これまでの調査で私情を挟むことは禁物だと佐倉さんは肝に銘じ、あくまで中立の立場で調べていたはずだ。報告書作成に携わった木下も、そのことを良く知っていた。
しかし内心では今回の事件に巻き込まれた大飯さんを助けたい、と思っていたようだ。しかしそれを証明するためには、しっかりと調査をしなければならない状況に追い込まれていた。
当初はうやむやのまま真実を葬り去られるか、大飯さんと間中が何かしらの責任を負わされると危惧していた事は間違いない。そうなれば彼女にとって、悪夢が蘇ることになる。調査の続行を望んだ理由の一つは、それを恐れていたからだろうと木下は考えていた。
「しかし報告書を読ませていただいた限りでは、大飯さんが無実だと読み取れませんでした。それどころか甲府での調査によって他の疑わしいと思われていた人物が、無関係であるかのように書かれていると理解しましたが、いかがですか」
刑事の質問に彼女は頷いて答えた。
「はい。確かに当初は地検でのやり取りの際に紛失、または抜き取られたのだろう、それなら立ち会った波間口監理官が最も疑わしいと考えていたことは事実です。しかし私が話を聞いた限りだと、先方では書類の一部が無いと連絡を受けた時点で、こちらの想像以上に大きな問題が起こったと受け取っていたようです。こちらが考えたように、先方でも受け渡し時点で何らかのミスがあったのではないか、そうなれば責任問題になると恐れたのでしょう。徹底的に調べたようです」
「責任逃れの為に隠蔽した、とは考えられませんでしたか」
「もちろん、そう疑いながら説明を聞きました。しかし第三者であり事件を担当した検事にも同席していただき、疑いはかなり薄まったことは事実です」
「そのようですね。先方との会話は、課長さんの許可を得て木下さんが持っていた録音データで私達も聞きました。しかしそれが逆に大飯さんが犯人である可能性が高まった、と言っているようにも報告書では読み取れますが、その点はいかがですか」
「それは
「それでは犯人を誰だと思っていらっしゃるのですか。間中さんですか。峰島検事ですか。それとも甲府で会えなかった加治田智彦だとお思いですか」
畳みかけるような問いに、彼女は口ごもって答えられなかった。これまでの経緯からすると、加治田の疑いが強まったようにも思える。しかしそうなると大飯さんが全く無関係だとの説明がつかなくなってしまう。直接的な記載は無いが、昨晩までに作成した報告書では大飯さんと何らか関係していた公算が再浮上したとも読み取れてしまう。
しかし佐倉さん自身がそう考えていた訳ではない。ただ私情が入らないよう、木下と相談した上で調査したことを正直に記載しただけだ。その為間接的に大飯さんが疑われるような結果が出た。それでも新たな証拠が出てこない限り、大飯さんを必要以上に庇う報告は避けるべきだと判断し、あのような報告書になったのである。それが今回の大飯さんの死により、かえって仇になる解釈をされたらしい。言葉を慎重に選びながら、佐倉さんは質問に答えていた。
「現時点で、誰が疑わしいと言えるほどの証拠は揃っていません。ただ唯一話を聞けていない加治田智彦が、何らかの鍵を握っていると思います。しかしそれがどのように紛失事件と関係しているのか、GPSシールを張り付けた件とどう絡むのかは、今の時点で安易にお答えできません」
「そうですか。では佐倉さんは大飯さんを疑って、あのような報告書を作成されたわけではないのですね」
「当然です。私は調査した中で得た感触や、その事実のみを記載しただけです。それに現地で得た情報は共同で調査している木下に送付しましたが、大飯の目には触れていないはずでしょう。課長や局長は目を通されていると思いますが」
木下は見せていない事を同意する意味で頷いた。しかし隣にいた課長を見ると微妙な表情をしていた為、思わず不安になり尋ねた。
「え? もしかして途中報告の段階で、大飯さんに見せられたのですか?」
すると課長は眉間に皺を寄せて答えた。
「いや私は大飯に見せていないし、その件で直接話もしていない。しかし峰島検事とは少し話をした。木下が甲府から戻ってきて再作成された書類を渡した際、少し気にされているようだったからね。でもその時に話した内容は、君が甲府で色々調べてくる前までの話だ。あの時点では波間口監理官が関わっている可能性が薄くなったことや、加治田智彦が勅使川原弁護士に閲覧の依頼をした等の話はしていない。サービスエリアで大飯達に話しかけたのもほぼ加治田で間違いないということも、まだあの時には私にも報告されていなかった」
「どんな話をされたのですか? もしかすると検事から大飯さんに何か話をされたかもしれない、ということですか?」
そこで課長の顔が歪んだ。図星だったらしい。だが首を横に振りながら言った。
「いや話と言っても検事の説明では、佐倉が甲府に行って色々調べているようだね、と言っただけらしい。警察の聴取でも同じように話したそうだ」
「私が調べているというだけで大飯が気にして自殺したと、警察は考えているのですか」
今度は佐倉さんが刑事を問い詰めると、一人が首を縦に振った。
「その可能性もあると思います。もし書類を意図的に隠したのが大飯さんだとすれば、いずれ真実が明らかになると不安に思い、発作的に自殺したとしてもおかしくはありません」
「そ、そんな。私が詳しく調査しようとしたせいで、彼が死んだというのですか」
「そうは言っていません。あくまで一つの可能性を述べたまでです」
馬鹿げた話だと腹を立てていたようだが、警察に対して下手に喧嘩を売って逆らっても碌なことは無い。そう考え直したのだろう。そこからは少し大人しくなっていた。
一通りの聴取が済んだため、課長室を佐倉さんと一緒に出た木下は、自分の席に戻りながら考えていた。警察が事故の可能性も視野に入れ捜査していることは間違いない。自分達の行った調査と同じで、話を聞くことや状況を把握することにより可能性を検証し、一つ一つ潰しているのだろう。
書類紛失に関しても、当初立てていたいくつかの仮説は甲府で何人かの人達から証言を得たことで、ほぼ一本の筋だけが残っている。しかし加治田からの証言という最後のピースが揃わないために、まだそれが佐倉さんと木下の中では確信へと繋がらないだけだ。
資料紛失とGPSシールの件における犯人は、実のところ昨夜佐倉さんから聞いた内容を報告書にまとめている間、木下には誰だか見当がつき始めていた。佐倉さんも口にはしていないが、同じことを考えているはずだ。方法も恐らく間違いないだろう。
しかしそれを示す明確な物証がない。だが状況証拠は揃っている。ただ何故そんな行為をしたのか、その動機は不明だ。警察のように取り調べなどを行い、本人の自白を引き出せば良いのかもしれないが、自分達は警察のような捜査権を持っていない。
特に佐倉さんはただ事件の起こった真実を明らかにし、隠蔽されることさえ防ぐことが出来ればそれでいいはずである。もちろんマスコミなど表に出すことが目的ではない。紛失した資料も再作成されたことで実務上支障をきたさなかった。GPSシールも同様だ。
しかし法務省として、そのような不可解な事が起こった理由は把握しておかなければならないと考えているだろう。今後同じような事が起きることを防ぎ、さらに混乱するような事態に発展することがないよう、対処しなければならないからだと思う。
ただ大飯さんの件が発生したことにより、見えてきたはずの道筋が更に複雑化してしまった。彼の死は自分達が調査していた件と関係しているのか。それとも全く別の物なのか。もし関わっているとすれば、一刻も早く調査結果を作成して、局長や課長に報告しなければならない。
これ以上犠牲者が増えるような事態は避けたかった。それにはやはり、加治田智彦の証言が無ければ片手落ちだ。なんとか彼の居場所を突き止め、話は出来ないものかと考えた。
そこで佐倉さんに相談した所、同じくそう思っていたらしい。これまで何度となく連絡した勅使川原弁護士に電話をかけると言いだし、目の前でスマホを取り出した。一晩経ってもまだ家に戻っていないのだろうか。一体加治田はこのタイミングで、どこに行ってしまったのだろう。
二人が同じ疑問を抱えながら何回かコール音をさせていると、ようやく相手が出たようだ。佐倉さんは木下にも聞こえるよう、スピーカーをオンにしてくれた。
だがナンバーディスプレイで連絡相手が分かったらしい勅使川原弁護士は、いきなり言った。
「ああ、佐倉さん。丁度良かった。実は私も連絡をしなければと思っていたところでした」
「加治田さんと連絡が付きましたか!」
求めていた答えが聞けると二人は喜んでいたが、返って来た声は暗くそして想像を超える答えだった。
「それが、ですね。私はいま神奈川県警にいるのですが、加治田智彦が昨夜遺体で見つかりました」
余りの衝撃に二人は絶句した。しばらく固まった後、佐倉さんがようやく疑問を投げかけた。
「い、遺体? 加治田さんは亡くなったんですか? それに何故神奈川県警へ勅使川原さんが?」
「実は昨夜、横浜の海岸で彼が遺体で発見されたようです。死因は溺死だと聞きました。自殺か事故かは今の所不明のようですが、海に落ちて溺れたことは間違いないようです。近くに彼の車が停まっていたとも聞きました」
「横浜で? 加治田さんが?」
「そうです。それで車の中に残されていた彼の所持品の一部を、神奈川県警で調べていたようです。そこで彼が所持していた携帯に何度もかけていたのが私だと分かり、こちらへ連絡が来ました。昨夜佐倉さんが電車で帰られてしばらく経った後のことです。そこで理由を説明した所、本人かどうか遺体の確認もして欲しいと依頼を受けました。それで夜中に車を飛ばし、神奈川まで来たという訳です」
「間違いなく加治田さんだったのですか」
「はい。死亡推定時刻は一昨日の夜十時から前後二~三時間の間らしいですね。発見までそれほど時間が経っていなかったことが幸いしたようです。腐敗もそれほど進んでいませんでしたから、どうにか彼だと識別することが出来ました。それでも水死体ですからね。酷い有様でしたよ」
状況を想像したのだろう。佐倉さんは唸りながら言った。
「私が家の前でずっと待っている間、彼は横浜にいたのですね」
「そうなりますね。警察は彼の別れた奥さんと娘さんにも連絡していたようで、先程こちらに来られて再度確認してもらいました。それで色々話を聞かれている内に、そちらへ連絡するのが遅れてしまったのです。申し訳ありません」
「いいえ、それは構いません。そうですか。加治田さんは亡くなったのですか」
今朝早く大飯さんが死んだと言う話を聞かされたばかりだ。木下は頭が混乱していた。これほど立て続けに人が亡くなったと知らされることなど、そうあることではない。一体何が起こっているというのか。同様にショックを受け、ぼんやりとしている佐倉さんに、勅使川原弁護士は話を続けた。
「そういう訳ですから、私が加治田さんに何度も連絡している理由も警察に話をしました。その為、恐らくそちらへも県警から連絡が入るか刑事さんが来られるか、どちらにしても話を伺いたいと言ってくるでしょう」
それを聞いて我に返ったらしく、驚愕の表情をしていた。そうだ。彼が死に至った理由はまだ分かっていない。つまり他殺の可能性も残っている。だから何度も連絡を入れていた勅使川原が、事情を聴かれたのだろう。そうなるともちろん佐倉さんも疑われるはずだ。
死亡推定時間は夜七時から夜中の一時までの間だと言っていた。その時間なら木下がメールで報告を受けた通りであれば、佐倉さんは中之島早苗の家か、加治田智彦の家の前でレンタカーに乗った状態で待っていた頃だろう。
確か彼女はカーナビ付きの車を借りていたはずだ。内蔵されているGPS機能を調べれば証明されるだろうから、問題無いと思われる。変に疑われる心配はなさそうだが、同じ日に別の警察から事情聴取をされるというのは、考えただけでもうんざりするだろう。
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