次なる展開~2

 そう思っている時に内線がかかって来た。木下が電話を取ると受付からで、神奈川県警の刑事が佐倉さんに面会したいと言っていますがどうしますか、ということだった。

 もう来たのかと心の中で呟きながら、そのことを彼女に伝えると、既に覚悟していたのだろう。軽く頷いて電話を替わり、入り口にある待合スペースで待っていてもらうよう告げていた。そして電話を切ると今回の件を報告する為課長へ内線を入れ、説明をしていた。

 課長も絶句していたようだが、そういうことなら同席した方が良いだろうと言ったらしい。そこで木下も同行すると告げ、三人で待合スペースへと向かった。

 そこには先程会った刑事達と同じく二名で、似たような服装と人相をした男性が待っていた。佐倉さんがまず名乗る。課長が後に続き、木下も簡単な紹介を添えて名刺を差し出した。そこで五人が席に座り、佐倉さんがいくつかの質問を受けていた。

 ほんの少し前に勅使川原と話をしていたことを正直に告げていた。その後、何故加治田智彦を探していたかを簡単に説明していた。一緒に調査をしていた立場から、木下も補足として会話に参加した。そこで何故呼んでいない人物が同席しているのかをようやく理解してくれたようだ。

 さらに死亡推定時刻と思われるアリバイについて佐倉さんは告げ、レンタカー会社に連絡して確認を取ってくださいと伝えていた。相手もそれで納得したようだ。まだ殺人と断定されたわけではないので、念のために聞いた程度だったからだろう。

 逆に課長や木下は警視庁の刑事にも説明したが、その日九時前までは仕事をしていて、その後は自宅に帰っただけだ。その後のアリバイ証明は身内の人間しかできない。九時過ぎには最寄り駅の防犯カメラに写っているだろう。

 しかし大飯さんが亡くなったのはここの最寄り駅である霞が関や桜田門から離れてはいるが、そう遠くはなく三十分もあれば着く。加治田智彦が溺死した横浜駅までだと一時間程度だ。アリバイが証明されるかといえば、微妙なところかもしれない。

 先方も当初は単なる事故か自殺だと思っていたはずだ。ところが法務省の別の男性がほぼ同時刻、同じように自殺か事故か分からない状態で亡くなっている点に食らいついた。

「佐倉さんが調査していた案件というのはどういうものなのか、もう少し詳しく教えていただけますか」

 先程はかなり省略して話していた為、気になったのだろう。その調査が全ての事件に関係しているかもしれないのだ。神奈川県警としても知っておく必要があると考えたに違いない。警視庁の刑事には既に説明していることだ。ここで隠す理由もない。そこで内密にと口止めをした上で、調査に至る経緯を三人で交互に話した。

 しかし一度聞いただけでは複雑すぎて、県警の刑事も整理ができなかったのだろう。その為、報告書としてまとめた冊子のコピーを見せる事になり、木下は一旦部署へと取りに戻った。渡した書類をしばらく読んでいた一人が、首を傾げながら再び尋ねて来た。

「つまり加治田智彦は、書類の紛失事件とGPSシール事件の犯人ではないと思われる。しかし何か関係していることには間違いない。その為本人から話を聞く必要があり、佐倉さんは一昨夜彼の家の前で待っていた。そういうことでしょうか」

「そうです。昨日の朝八時過ぎからも彼の家の前でいました。その後勅使河原弁護士と面会してからも夜遅くまで待っていましたが車もなく、帰った様子はありませんでした」

「彼の車は遺体が発見された近くに停められていました。恐らくその車で甲府から移動したと思われます。彼の足取りを追うには、車のナンバーから高速道路や横浜周辺、または大飯さんが飛び込まれた橋の周辺にある防犯カメラやNシステムを使えば判るでしょう」

「加治田さんが車でどこへ出かけていたのか、私達も知りたいと思っています」

「それはあなたの同期である大飯さんが亡くなったことと関係しているかを知りたい、と言うことですか」

「その通りです。大飯が亡くなったのも一昨日の夜です。その時加治田さんと会っているかどうかを確認してください。会っていなくて全く別の場所にいたのなら、それはそれでいいのですが」

「分かりました。もし二人が会っていたとすれば、大飯さんの死が自殺や事故ではない可能性もでてきます。そうなると警視庁との合同捜査になるでしょう」

「そんな大事にならないことを祈っていますが、私達も真実が知りたいのです」

「当然ですね。それに大飯さんの死と関係があるとなれば、加治田さんは自殺、または別の人間に殺された可能性も浮上してきます。また死亡推定時間に幅があることから、順番が逆の場合も有りえるでしょう。加治田さんが先に亡くなっており、大飯さんがその後亡くなったとも考えられます。そうなると自殺や事故だけではなく、連続殺人事件であることも視野に入れて捜査しなければいけないでしょう」

 理解できなかった木下は尋ねた。

「どういうことでしょうか?」

 すると刑事の一人が説明してくれた。

「つまり大飯さん、または第三者が加治田さんを殺した可能性もあるということです。そして第三者が犯人なら、加治田さんの次に大飯さんを殺したとも考えられます」

 余りにも現実離れした話に付いていけない木下に代わり、佐倉さんが頭を下げた。

「宜しくお願いします。私達には捜査権がありませんから、お任せするしかありません」

「承知しました。もし捜査の中で佐倉さん達が調査していた件も関係するとなれば、改めて私達の捜査にご協力をお願いします」

「それは願っても無いことです。そこまで徹底的に調べていただければ、こちらとしても助かります」

「こちらの報告書は、持ち帰ってもよろしいでしょうか」

 これには課長が答えた。

「はい。ただし警視庁の刑事さん達にもお願いしましたが、省内の極秘事項ですので捜査以外での使用は決してしないでください。もちろんマスコミなどに口外することは、絶対にやめていただきたい」

「了解しました。取り扱いには注意しましょう。また何かあればご連絡します」

 三人で頭を下げ、刑事達と別れて部署に戻る途中で課長と言葉を交わす。そしてその足で局長室へと向かい、報告することにした。また今後について別途打ち合わせが必要だと意見が一致した。

「失礼します」

 課長がノックをして先に局長室へ入った。その後に佐倉さん、そして木下が続く。

「局長、至急のご報告がございまして、お時間をいただくことは出来ますか」

 局長は席についており、山積みの書類に目を通しながら判を押していた。管理職も上位に行けば行くほどそうした事務仕事が増えるとは聞いていたが、その通りのようだ。

「少しならいいぞ。そこに座ってくれ。なんだ、大飯の件か」

 局長は机に座ったまま顎で目の前にあるソファを指し、判を押し続けながら言った。そこで腰を下ろしながら課長が伝える。

「いいえ、別件です。実は佐倉が甲府で調査していた件で名前が挙がっていた、加治田智彦という人物がいたことを覚えていらっしゃいますか」

「ああ。昨夜までの経緯が書かれた報告書には目を通した。遅くまで粘ったが佐倉が会えなかった、加治田死刑囚の父親だったな」

「はい。その人物が昨夜、横浜の港で溺死体として発見されたそうです」

「何?」

 それまで机上の書類から目を離さずに会話を続けていた局長も、さすがに驚いたらしく顔を上げた。

「その件で先程神奈川県警の刑事さんがこちらに見えられ、佐倉が呼び出されました。そこに私と木下も同席し、簡単な事情聴取を受けて来た所です。そこで局長のお耳に入れた方が良いと思い、伺いました」

 報告書を読んでいるなら、佐倉さんが一昨日の夜と、昨日は半日以上加治田の家の前で帰りを待っていたことを知っているはずだ。そこでただ事ではないと悟った局長は椅子から腰を上げ、手に報告書を持って木下達が座っているソファまで移動してきた。

 課長が刑事と会った話やその経緯を伝え、改めて佐倉さんが出した報告書に書かれている流れをまとめて説明した後、これからどのような行動を取ればいいかと指示を仰いだ。

 神妙な表情で報告書を眺めながら説明を聞いていた局長は、時折唸った。そして言った。

「この件の調査は一旦中止しろ。警察にはこの書類を渡したんだったな」

「はい。ただ機密事項に触れるため、決して外部に漏れないようにと、警視庁にはもちろん神奈川県警の刑事にも伝えました」

「分かった。この件は警視庁と同様、県警の本部長にも私から念押しをしておく」

「宜しくお願いします」

 課長が頭を下げると、局長はさらに続けた。

「大飯の死と加治田智彦の死に関係があるのかないのか。さらに二人の死がこの調査の件と関係するのかしないのかが明らかになるまでは、警察の捜査に協力してくれ。下手に動くとかえって混乱させてしまうかもしれない」

 そこで佐倉さんが尋ねた。

「ちょっと待って下さい。調査を一時中断することはやむを得ないと思います。しかしそれらの捜査が長引いた場合、調査自体の中止もあり得ると言うことでしょうか」

「それは捜査の進展を見た上で判断すればいい。関係しているかどうかは不明だが、二人も亡くなっているんだ。自粛するのは当然だろう。それに紛失した資料は再作成されて、こちらの手元にある。取り急ぎ業務に支障をきたす恐れもない。慌てて調査する必要も無いはずだ」

 まさしくその通りだったため、それ以上何も言えなかったのだろう。警察の捜査が始めっている今の段階で、下手に素人が動き回ることは避けるべきだ。

 しかしただ一点だけ、早期に確認しておきたいことがあった。木下の推理が正しいとすれば、これだけは後回しにしておくと証拠隠滅の恐れがある。そこで悩んだ挙句、局長室を出た後佐倉さんには黙った上で、課長に耳打ちをすると驚いたらしく目を見開いた。

「なんだって?」

「まずご協力ください。これをお願いできるのは、課長しかいません」

「確かにそうかもしれないが。それにお前の言う通り、あれからあの場所の鍵を使った人間はいなかったはずだ」

「お願いします。もし予想が外れていたら、単にご面倒をお掛けすることになるでしょう。しかし万が一当たっていたなら、早期に動く必要があります。ただ局長から先程調査は中断するよう言われたばかりなので、佐倉さんの耳には入れないで下さい。何か責任を問われた場合の事を考えると、調査を命じられた責任者の彼女は抜きにした方が良いと思います。補助していた私が勝手にやったことにすれば、それほど問題にはならないでしょう」

 しばらく何か考えていたようだが、ようやく決心したようだ。

「分かった。念のため、今回の件に全く関わっていない職員を連れて行くことにしよう」

「ありがとうございます!」

 今回の行動であの証拠さえ押さえておけば、佐倉さんが最も恐れていた、事件をうやむやにすることだけは避けられる。後に大飯さん達の死などが明らかになるまで時間がかかったとしても、だ。木下はそう考えていた。

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