調査開始~2

 午後一時半近くになり、木下はそろそろ大飯さんを呼びに行こうと席を立った瞬間、部屋をノックする音がしたため答えた。

「はい、どうぞ」

「ちょっと早かったかな」

 ドアを開けて顔を覗かせたのは大飯さんだった。それに佐倉さんが答える。

「いや、今から呼びに行こうと思っていたから丁度良かった。座っていいよ」

「食事も終えたし、仕事の区切りも良かったから早めに来たんだが」

「いいよ。こっちの仕事を頼んでしまって忙しい所申し訳ない。特に問題はないかしら」

「大丈夫だ。今のところは何とか回っている。でもまだやることも多いから、早めに済ませよう。何から話せばいい」

「では始めましょう。まずは甲府地検に着いて書類を受け取った際の話から説明して欲しい。局長室では一度聞いているけど、一応念のためにね」 

 そこから大飯さんは、前回話した通りの経緯を告げた。内容は全く同じだ。そこで間中に対しても質問した事を尋ねる。

「波間口監理官の印象はどうだった? どんな人だと思った?」

 これもまた間中の応えた内容とほぼ同じ答えが返ってきた。ここまでは特に問題無い。しかし肝心な点はこれからだ。

「では地検を出てからここに来るまでの事を教えて。車二台で移動したと聞いたけど」

「ああ。俺達も驚いたよ。てっきり電車で行くものだと思っていたからな。車だと万が一事故を起こしたり、巻き込まれたりしたら大変なことになるだろう。運転には気を使ったよ。もちろんスーツケースは特殊で頑丈だから、ちょっとやそっとの爆発や火災にも耐えられるらしいと聞いていたけど、百%安全とは言えないからな」

「どうして移動は車にしたんだろう。指示は課長から?」

 佐倉さんはふと疑問に思ったらしい。これは事前に用意していなかった質問だ。

「ああ。指示は昨日の夕方、呼び出されて運び屋に任命された時、聞いたよ。どうして車かと俺も質問したが、事故の恐れはあるが不特定多数の人と接する機会は少ない分、安全だからと説明された。それに甲府なら朝早く出発して高速を飛ばせば、片道二時間程度で着く。電車でも一時間半近くかかるから、それ程違いは無いだろうとも言われた」

「なるほど。電車だって事故などで止まることもあるからね。でも不特定多数の人と接する機会を気にしていたのは、何か不安な要素があったからかな?」

 予想していなかった質問だったのか、大飯さんも驚いていたが首を傾げながら答えた。

「そういう話は聞いていない。今回に限らず重要書類を運ぶのだから、不測の事態が起きる可能性を減らす為の選択だっただけじゃないか。例え誰かが荷物を奪い取ろうとしても、特殊なスーツケースにワイヤーで体と固定している。だからそう簡単にはできない」

「鍵はどうしていた?」

「これも当日、スーツケースと一緒に渡されたが、暗証番号は教えてくれなかったよ。だから間違っても書類を詰めるまでロックはするな、と注意を受けた。ここの駐車場に着いた時、課長に連絡した際メールで番号が送られてきた。それを見ながら会議室で初めて鍵を開けたんだ」

「そこまで徹底していたんだ」

「俺も初めてだったし、昨日の夕方で今日の朝だったからな。他にこの役割をしたことがある人を探して話を聞くような時間も無かったし、戸惑ってばかりだったよ。しかも今回の聴取以外で、こういう話も口外するなと言われている」

「そうなんだ。課長からのメールがまだ残っているなら、見せてもらってもいい?」

「ああ、まだ消していないから大丈夫だ」

 大飯さんが胸元からスマホを取り出し、画面を呼び出してから見せていた。木下も横から覗く。そこには確かに、アルファベットが混ざった数字が二つ記載されていた。下二桁が異なるその番号は、大飯さんと間中のスーツケースを開ける暗証番号だと書かれている。着信はお昼の十二時五十五分となっていた。 

 大飯さん達が会議室に着いたのは恐らく午後一時前後だったはずだ。間中と二人揃って入室した後、このメールに書かれた番号をみて二つのスーツケースを開けたのだろう。

 この件について間中や課長からも再度聞く必要はあるが、恐らく間違い無いと思われる。ということは大飯さんが途中でスーツケースの中から書類を出すことなど、不可能だったはずだ。サービスエリアで加治田の父親と遭遇し、何らかのやり取りの末に書類を出して渡そうとしても、できないことを意味する。 

 木下に視線を送ってきた佐倉さんもそのことに気付いたらしい。しかしこの件については聞かざるを得ない。そこで彼女は質問を続けた。

「では地検を出てからここに着くまでを説明して」

 大飯さんは間中と同じ説明をし、途中サービスエリアで待ち合わせた際の話をした。そして頭を下げた。

「すまん、佐倉。黙っていたつもりはないが、あそこで加治田死刑囚の父親らしき人物に声をかけられたことは確かだ。間中からあの件を伝えたと聞いたから、今さら隠すつもりはない。だがあの時は、おかしな奴に声をかけられたとしか思わなかった。それにその後は何もなかったから、言わなかっただけだ。もちろん加治田に関係する書類を持っていることを何故知っているのかは、疑問に思ったよ。でも今回の件とは関係ないと思ったし、話すと余計にややこしくなるから、つい何もなかったと言っただけだ」

「本当に声をかけられただけで立ち去ったの? その後に再度接触はしてこなかった?」

「ああ。ないよ。すぐにどこかへ行ったから、その時は余り深く考えていなかった。しかしサービスエリアを出た後、運転中にだんだん気にはなった。しかもその後書類が無くなったと騒ぎになったから気味が悪くなって、あの人物は誰かをネットで検索したんだ。もしかしてと思われる人物を打ち込んだ所、あの人物に似ていたのが加治田の父親だったんだ。それを間中に見せたら、あいつも似ていると言ったから怖くなったよ。何故俺達があの場所にいて、資料一式持っていることを知っていたのかは不明だ。でも俺は何もしていない。書類を取り出したり隠したりすることもしていないし、そもそもできない。それにそんなことをして何の得があると言うんだ」

「話を聞く限りサービスエリアにいた時点では、仮に書類を渡すよう脅迫されたとしても鍵の開け方を知らなかった。だから出すこともできなかったんだよね?」

「そうだ。それに脅迫もされてない。あと間中が言ったように、何となく似ていると思うだけで、あれが加治田の父親だと言う確証もない。会ったのもほんの短い時間だったからな。ただそれだけだ」

「分かった。じゃあ声をかけられた後はどうしたの? ここへ着いて会議室に入るまではどうだった?」

 ここからの経緯も、間中から聞いたものと変わったことは無かった。先に荷物を持ったままトイレに入り、用を済ませた後は車に乗ってサービスエリアを出たそうだ。そして定期的に連絡を取りながら、ここの駐車場に着いたという。

 そこから課長に連絡をしてメールを貰ったところ間中が来たので、一緒にB会議室へ上がったらしい。しかしここからは間中も木下達も知らない経緯がある。そこを確認しなければならない。佐倉さんはその点を尋ねた。

「確かにあの時大飯が間中に私達の荷物を運ぶ手伝いをするよう、指示してくれたよね。その後は峰島検事と二人で書類の確認をしていたはずだけど、その時の様子を説明して」

「ああ。暗証番号を入力して二つのスーツケースを開けた。その中に入れていたリストを見ながら二人でチェックしたんだ。俺は間中のケースを、俺が持っていたケースを峰島検事が確認したよ。そうしてしばらく経った頃に突然検事が無い、と言い出した」

「そういえば無くなった資料は、大飯が持っていたケースに入っていたと聞いたけど」

「あ、ああ。でも驚いたよ。散々甲府地検の資料室でも三人で確認したんだ。確かに移している時までは、一つ一つ確認しなかったさ。それでも波間口監理官が間違って落としたか抜くかしない限り、紛失するなんてあり得ない」

「大飯は監理官が怪しいと思っている?」

「いや、そうじゃない。しかしあれから俺も考えたが、タイミング的にはあの時しかあり得ないと思うんだよ」

「そこはこっちで調べる。まずはその前にこちらで起こったことを確かめないと。それで峰島検事と二人で資料が揃っているかを確認している間、大飯はずっとあの会議室にいた? 何か変わったことや、気になった事は?」

「変わったこと? ああ、二回ほど席を外した。一回目はチェックをし始めて間もなく、課長からスマホに連絡が入った時だ。鍵は開いたかとか、確認作業は無事進んでいるかを聞かれた。検事がいらっしゃったから、邪魔になると思って廊下に出て話をした。その後課長が峰島検事と代わってくれというので、ドアを開けてその旨を告げたよ。そしたら廊下に出て来られて課長と話をしていた。俺は部屋に入って確認作業に戻ったが、少しして話し終えた峰島検事が戻って来た。二回目は間中からだ。全て荷物を運び終わったからそのまま食事に行っていいかというので、良いぞと答えた。その時はそれこそ一瞬だけ廊下に出ただけだ」

「ああ、それは間中達が一階に着いてからかけた時だね。そうか。席を外したのは二回、それでも直ぐに戻ったようだけど、一回目はどれくらいだった?」

「一分も出ていない」

「その間、峰島検事はどうしていた?」

「資料の確認をしていたと思う。時々中身をめくったりしていたな。あの人が本当にやらなければいけない仕事は中身の審査だから、気になったのかもしれない」

「それはどんな風に?」

「机の上でめくる時もあれば、時々立ち上がって窓際の方に歩きながら、中身を見ていた時もあった。しかしそれほど長い時間じゃない。すぐに戻ってきて確認作業をしてくれたさ。本当は俺達の仕事だったのに悪い事をしたよ」

「いや、それに関してはこっちも悪い。大飯達が来る前に片付けろと言われていたけど、間に合わなかったんだから」

「それはしょうがない。佐倉も今朝になって急に言われたんだろ。課長達の不手際じゃないか」

 大飯さんの聴取はほぼ一時間で終了し、席に戻っていった。次は峰島検事だ。約束の時間は三時半だから後一時間弱ある。そこで木下達は間中と大飯さんから聞いた話を整理し、改めて確認すべき点を見直すことにした。

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