調査開始~1

 翌朝総務課の席に着いた木下は、佐倉さんと二人揃ったところで先に登庁していた間中に声をかけた。その日のスケジュールを調整して貰うためだ。その上で十時半から一時間の時間をとり、小さな応接室を確保して話をすることにした。その後大飯さんにも同様の説明を行い、午後の一時半から聴取する時間を取ってもらったのだ。

 間中からの聞き取りまでまだ時間があったため、次に峰島検事の籠っているB会議室へ佐倉さんと共に向かった。大飯さんの聴取が終わった後、検事にも時間を確保して貰わなければならない。といって書類の審査と起案書の作成という重要な仕事がある。ただその合間に時間を割いてもらうことは必要だったからだ。

 会議室をノックして名乗り、入室を許可する声がしたため佐倉さんの後に続き中に入った。会議室には峰島検事一人しかいない。この仕事は刑事局付の検事の中から選ばれた一名で行う、と決まっている為だ。

 死刑囚の判決が確定すると、判決謄本及び公判記録がその死刑囚の該当検察庁に送られる。高裁に係属する前に一審で判決が確定した場合は、判決を言い渡した裁判所に該当する地方検察庁、それ以外は二審裁判所に該当する高等検察庁に送付されるのだ。

 今回は一審を行った甲府地検で判決が確定していた。書類を送られた甲府地方検察庁の検事正は、死刑囚に関する上申書を法務大臣に提出する。それを受けて法務省刑事局は、検察庁から裁判の確定記録等を取り寄せる必要があった。そこで間中達が出向き、直接運んだのだ。

 本来ならその記録は刑事局総務課で、資料が全部揃っているか落丁が無いかを確認される。その上で刑事局付きの検事の中から選ばれた一人が、記録の審査をすることになっていた。しかし今回は選ばれた峰島検事が同席した上で、総務課の職員である大飯さんと共に記録のチェックを行っている最中、資料の一部紛失が発覚したのである。

「失礼します。峰島検事、少しお時間をいただけますか」

 佐倉さんが告げると山と積まれた資料に囲まれ、黙々と作業を続けていた彼が顔を上げた。

「かまいませんよ。書類紛失調査の件でしょうか」

「はい。早速ですが、今日の午後三時から三時半以降に、一時間程お時間をいただきたいと思いまして、お願いに上がりました」

「聴取ですね。私が夕方近くということなら、午前中と午後一番は大飯さんと間中さんから話を聞かれるおつもりですか」

 さすがは実際に事件を起こした被疑者の取り調べなどを行う検事だ。彼は転々と各地方の検察庁を経て、今回は法務省の刑事局付として出向してきた。確か半年ほど前だと聞いている。検事と言っても木下達のように国家公務員である彼も、同じように様々な異動をする。その中でも法務省の刑事局付になるのは、エリートコースの一つだと耳にしていた。

 なぜなら法務省の上層部のポストは、検事出身者などの法曹界で占めるというのが暗黙のルールらしい。他の省庁と違い、公務員一種試験を合格しキャリアとして法務省に配属された人材が上に這い上がることは難しい、とも言われている。

 現に今の柳生刑事局長も元検事だ。つまりいずれは目の前にいる検事が、木下の上司になる可能性もある。確か年齢は三十半ば過ぎだという。後二十年もすれば検事から法務省のポストに収まる人事に、彼の名があるかもしれない。そう思うと悲しいかな、どうしても緊張をしてしまう。それは佐倉さんも同じだったようだ。単に彼独特の威圧感のせいだけではないらしい。

「は、はい。その通りです。申し訳ございませんが、よろしいでしょうか」

「結構ですよ。わざわざここまで来ずとも、携帯か会議室にある内線電話で連絡して貰って良かったのに。私の前は何時に終わる予定ですか?」

 検事の問いに佐倉さんが答える。

「貴重な時間を頂くのですから、電話では失礼だと思いまして。大飯とは一時半から一時間を予定していますから、遅くとも三時までには終わらせる予定です」

「それなら余裕を持って三時半から一時間、ということでいいですか」

「結構です。場所はここで良ければお伺いしますが、いかがでしょう」

「構いませんよ、その方が助かります」

「分かりました。それでは三時半に改めてお伺いします。それではお仕事中、お邪魔しました。失礼いたします」

「ご苦労様です」

 彼は座ったまま木下達に対し軽く頭を下げると、再び書類へと目を通し始めた。その真剣な眼差しは、さすがに検事らしくシャープだ。あの目で彼は何十人もの被疑者の取り調べを行い、起訴してきたのだろう。または何十人もの被告人や弁護士と対峙し、裁判所で争ってきたはずだ。そう思うと日頃書類にばかり目を向け、事務仕事に没頭している木下にとっては脅威に感じた。

 そんな相手に佐倉さんには申し訳ないけれど、自分達なんかが聴取など出来るのだろうか、と不安に駆られる。それでもやるしかないのだろう。調査を命じられ、また甲府での聞き取りの事を考えると、こちらでできることは全てしておかなければならないのだ。

 応接室に戻り、佐倉さんと簡単に聞き取り項目や確かめる順番などを打ち合わせした後、十時半近くになったため間中を呼んだ。四人座れば一杯になるほどの小部屋だが、職員達が座っている席とは少し離れた場所にある。小一時間ほど話すには丁度良い。

 聴取や打ち合わせに使用する為、そこを夕方五時まで抑えてあった。質問は基本的に佐倉さんが行い、木下は横で会話の内容をパソコンに入力する役目を買って出た。念のため録音レコーダーを回すが、報告書類を作成する際に後で聞き直すより、その場で流れを作成した方が早い。

 それに佐倉さんが聞き漏らしたり、会話の流れがおかしな方向へと逸れたりした時は、木下が画面を見ながら口を挟むこともできる。

 打ち合わせ通り、佐倉さんから会話を切り出した。

「二人分の仕事を肩代わりして貰っているというのに、時間まで割いてごめんなさいね」

「いいえ、佐倉さん達にはこちらこそご迷惑をおかけしてしまったと思っています。私達がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのですから」

「大飯や間中くんの責任かどうかも、今の段階では何とも言えない。早速だけどまず甲府地検に着いて、先方の資料室で資料一式を受け取ったところから教えてくれるかな」

 話を促したことで彼は記憶を辿りながら、スーツケースに資料を入れて地検を出るまでを説明してくれた。木下もパソコンに入力しながら聞いていたが、これまで聞いていた事と全く相違点はない。

 そこで対応してくれた波間口という責任者におかしな動きがあったか、書類を落とすまたは意図的に抜き取ったとすれば、それが可能だったかを佐倉さんが尋ねた。するとおかしな動きには気づかなかったけれど、両方とも可能性は否定できないという返答だった。

「じゃあ、波間口監理官の印象はどうかな。どんな人だと思った?」

 漠然とした問いだが間中がどう感じたか、今後甲府で調査をする場合に備えて人となりを知っておきたいという意図があっての、事前に用意していた質問だ。

「そうですね。特にこれといった特別な印象はありませんでした。年齢は恐らく五十代くらいで本当にごく普通の方です。強いて言えば温和というよりは、厳しい表情をした真面目で厳格な方だと思いました」

「確か甲府地検の検務監理官で、書庫管理責任者の立場だったよね。扱っている事案も重要な書類だと分かっているから、そういう顔をしていたのかもしれない」

 検務監理官とは、甲府地検においては裁判書類などに不備が無いかを確認したり、保管したりする責任者の役名だ。地方の検察によって組織の形態が違うため、肩書も微妙に異なるらしい。だがいずれにしても、重要なポジションの責任者であることは確かだ。

「私もそう思います。へらへらと笑ってやり取りできることではありません。あの場でも間違いなく資料が揃っているかを確認している時は、お互い緊張感を持っていましたから」

「書類は全て二人のスーツケースに分けて入れた。それで間違いないかな。それから書庫を出てここに着くまでの事を説明して欲しいの。どういう経路を辿ってここまで来た?」

 どのような移動手段を使ってどういうルートで帰ってくるかは、受け取りを指示した課長と本人達しか知らない。それほど慎重を期して運ばなければならない重要書類なのだ。場合によっては、警視庁や警備会社に同行を依頼するケースもあると聞く。世間が注目する大きな事件で、死刑を阻止しようとする動きなどが予想される場合だ。

 しかし今回は大きな死刑反対運動など起こっていない。そうした経緯もあってそこまでする必要がないと判断され、今回は法務省職員二名で運ぶことになったのだろう。それに毎回、厳重な体制を取って運べば余計に目立つ。また人員をそれほど割くことができない実態もある。だからそのような手段を選んだと思われた。

「間違いありません。資料が膨大でしたので、私と大飯さんが持つ大型のスーツケースに分けて運びました。移動手段は車です。念のためそれぞれ別々の車に乗って離れて走り、時々定期連絡を取ることで無事運んでいると互いに確認しながら、ここまで来ました」

「車だったんだね。しかも前後で走ることもせず、離れて走行していたのはどういう理由で? 当然高速道路を乗ったんだよね?」

「時間を短縮する為、高速に乗りました。そこで事故をしたり巻き込まれたりした場合、近くにいると二台とも被害を受ける危険があります。その為一定の距離を取って走行するように、と事前注意を受けていました」

 それぞれが一人で車を運転し運ぶことは、リスク管理上やや甘い気がした。しかしその方が目立たず動けるという意味では利点もある。

「地検を出てからここまでずっと別々だった? 途中で合流したりはしなかった?」

「一回だけ途中にあるサービスエリアで合流し、お互いの書類に問題は無いかを確かめました。といっても鍵を開けて中身を見ることまではしていません。きちんと鍵を掛けられているかを目視し、書類が入っているかを外から触っただけです」

「なるほど。その時には異常がなかった?」

 その質問に、彼の顔色が変わった気がした。佐倉さんも気づいたらしく顔を覗き込むようにして聞いた。

「どうしたの? もしかして何かあった?」

 そこで間中は勇気を振り絞るかのように言った。

「実は二人で書類を確認するため車を隣り合わせに駐車した際、一人の男性が近づいてきて、話しかけられました」

 これには木下も驚いた。顔を上げて二人で目を合わせた後、佐倉さんはさらに尋ねた。

「何と話しかけられた?」

「お前達の持っている荷物は、加地かじを死刑にするためのものか、と」

「え? それを知っていた人は誰? どんな奴だった?」

 加治田とはまさしく今回彼らが運んでいた裁判記録によって死刑執行される、加治田永智えいじ死刑囚の事だ。彼は所属していたカルト教団を糾弾する運動をしていた城崎(きのさき)弁護士を狙い、山梨に住む一家四人を惨殺したことで死刑を求刑された人物である。

 殺人を指示したのは教団の教祖だろうと追及されたが、加治田はあくまで自分一人の判断により行った行為だと主張し続けた。それ以外については素直に供述して罪を認め、死刑判決が出た際も上告しなかった。その為甲府地検の一審で出された死刑判決が、すんなりと確定したのである。

 死刑判決が確定すると、判決謄本及び公判記録がその死刑囚の該当検察庁に送られる。加治田の場合は一審で確定した為、判決を言い渡した甲府地方裁判所の管轄だ。その為裁判書類一式は甲府地方検察庁に送付された。

 その後書類を受け取った検察庁の検事正が、その死刑囚に関する上申書を法務大臣に提出する。それを受けて法務省刑事局は、起案書を作成するために該当する検察庁から裁判の確定記録等を取り寄せるのだ。それが今回彼らの請け負った仕事である。

 しかしそれは秘密裏に行われるため、外部に漏れることはまずない。それなのに声をかけた人物は、それを知っていたことになる。しかもピンポイントで声をかけたと言うのなら、ただ事ではない。木下は鳥肌が立つ思いをした。

 間中は恐縮しながら佐倉さんの質問に答えていた。

「その時は誰だか分かりませんでした。しかし後でこちらに戻って確認した所、あの事件を起こした加治田の父親に似ているかもしれないと、大飯さんは言っていました。今はネットで検索すれば、どこからか流出した画像写真が見られますから」

 それが本当ならば機密漏洩の問題となる。その為佐倉さんは厳しい声で詰問していた。

「前は何も変わったことがないと言っていたけど話が違うのは何故? 声をかけられてどうしたって?」

 彼は体を小さくして頭を下げ謝った。

「隠していてすみませんでした。しかしあの時は本当に誰だか分からなかったのです。声をかけられた時にも二人で何のことですか、と惚けて相手にはしませんでした」

「その人はその後どうした?」

「そうか、といってそのままどこかに行ってしまいました。ですから何もなかったというのも、まんざら嘘ではないのです」

「その男は加治田の父親で間違いない?」

「いえ。ただネットに張り付いていた数年前の画像を見る限り似ている、と思っただけです。二人共確信がある訳ではありません。もちろん向こうも名乗りませんでした。名前は加治田智彦ともひこ、年齢は現在六十八歳であることまでは調べました」

「その後、その男と接触はした? それが最初で最後?」

 そこで一瞬の間が空いて、間中は答えた。

「私はありません。大飯さんともそこで別れ、ここに来るまでは会っていませんから」

「大飯が会っていたかどうかまでは知らない、ということ?」

「は、はい」

「紛失した資料が入っていたのは、どっちのケースのものだったか覚えてる?」

「そ、それは、後でリストを見て確認しましたが、大飯さんの方に入っていたようです」

「それは間違いない?」

「はい。裁判資料を移す際、リストのどこからどこまでは大飯さんの方へ、残りは私のケースへと決めましたから。無くなったと聞いてからリストを見た所、大飯さんの持っていたスーツケースに入れたものだと分かりました」

「それはいつ確認した?」

「佐倉さん達に地下の書庫へ呼び出されて話を聞いた後、大飯さんが食事を終えて席に戻られてからです。峰島検事へ甲府地検には無かったと言う連絡が入り、私達が呼び出される間に、気になっていたため二人で話をして分かりました」

「大飯はその時、加治田の父親らしき人物とはそれっきり会っていないと言っていた?」

「そこまでは聞いていません。声をかけて来た人物が死刑囚の父親だったかもしれない、と知って驚いていたところに呼び出しを受けたので、話はそれ以上していません」

「それなのに局長室で話をした時、黙っていたのは何故?」

 しどろもどろになりながらも、彼は何とか答えた。

「今でもそうですが、父親だったかという確証はありません。それに襲われて書類を奪われそうになった訳でもありませんから」

「それは間中くんの場合で、大飯がその後襲われたかもしれない。その可能性は無かったと言い切れる?」

「でも大飯さんもあの時、何もありませんと言われたので、私もそうなのだと思いました」

 そこで木下は思わず口を挟んだ。

「確かに大飯さんはそう答えていました。しかし実際声をかけられた事実を隠していたことになります。そうなるとこれまでの証言自体も、信用できるとは言えなくなりませんか。それに相手が加治田の父親でなかったとしても、加治田死刑囚の事件に関する資料を彼らが持っていると知っていた第三者がいる事自体、大問題です。死刑囚の裁判記録等一式を運ぶという重要機密情報が、外部流出していたことになりますから。これも重点的に調査すべき事案ではないでしょうか」

 佐倉さんは無言で頷きながら、間中に別の質問をした。

「二人が合流したサービスエリアでは、どういう行動を取ったの?」

「書類の確認をした後、トイレに行きました。もちろんスーツケースを持ったままです。それで個室に入りました」

「その間、大飯はどうしていた?」

「大飯さんも同じくトイレに行かれました。私より少し先です。時間をずらして後から私が行きました」

「トイレの中やその後で、二人がすれ違うことは?」

「いいえ。入った時も出た後も大飯さんとは会っていません。私が車に戻った時には、すでに大飯さんの車もありませんでした。事前にトイレを済ませたら出発する予定でしたから、何も不自然には思わなかったのです」

「サービスエリアを出た後、大飯とは話をした?」

「こちらに着くまで二度、ハンズフリーの携帯で定期連絡をしました。お互いに異常がない事を告げました」

「どっちが先にここへ着いたの?」

「大飯さんです。これも事前の打ち合わせ通りですが、地下の駐車場へ先に着いたら待機することになっていました。そして合流し、二人揃って会議室まで上がったのです。どこの部屋に向かうかも、大飯さんがここに着いてから課長に連絡し確認していたようです」

「なるほど。そして運び込んだ先に私達がいて驚いたということね」

「そうです。本来なら誰もいないか、課長がいらっしゃると思っていました。それが峰島検事と佐倉さん達がいらっしゃったので」

「そうだろうね。本来は誰もいない会議室で書類を出し、間違いなく揃っているかを再度確かめる。その後峰島検事を呼び、中身の審査を依頼する段取りだったと聞いているけど」

「はい。その通りです。そこで会議室を抑える際に不手際があったと説明を受けました。そして私が荷物を運ぶお手伝いをし、検事と大飯さんが書類確認することになったことはご存知の通りです」

 そこからの経緯は木下達も分かっていることだ。ここまで話を聞いて時計を見た所、ほぼ予定の一時間が経過しようとしていた。そこで佐倉さんはもう一度サービスエリアで声をかけられた時の様子、駐車場のどの辺りに車を停めて声をかけられたのか、その後その人物はどちらの方向へ歩いていったのかを確認した後、最後の質問をした。

「ここまでの説明で何か言い残したことや、新たに思い出したことは?」

「いえ、ありません。もし話忘れていることがありましたらお伝えします。ただこれだけは信じてください。大飯さんも私も、全くやましい事はありませんから」

 真剣な目で佐倉さんを見つめるその表情から、嘘は感じられなかった。

「分かった。忙しい所悪かったわね。とりあえず今日はこれで終わりにしようか。また何かあれば声をかけるから。代わって貰った仕事の件は、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそお手数をおかけして申し訳ございません」

 彼はそう言って席を立って一礼し、応接室を出て行った。その後木下は佐倉さんに尋ねられた。

「どう思う?」

「私からは間中が嘘をついているように見えませんでした。それに紛失した書類が大飯さんのスーツケースに入っていたはずのものなら、彼が抜き取って隠すチャンスはないでしょう。それに動機も全く見当たりません。しかし駐車場で声をかけられていたなんて、厄介な問題が出て来ましたね」

「そうだね。午後からの大飯の聴取は、少し時間がかかるかもしれない」

「仕方がありませんね」

 応接室は夕方まで確保している為、二人は一旦部屋を出た。外に出てコンビニ弁当を買い、再び戻って昼食を取りながら打ち合わせをした。午後から行う大飯さんの聴取が始まるまで、用意していた質問に新たな項目を加えるなどの修正を話し合う。大まかな流れは間中の時と変わらないが、途中で寄ったサービスエリアでの出来事は詳細に聞き取る必要があったからだ。

 その点をどのように質問するかを整理し、木下はパソコンへと入力していく。先程も用意していた項目が記載された画面を横目で確認しながら、佐倉さんは間中に質問をしていたのだ。

 一通り目を通し直した後、木下は気になった点を尋ねた。

「サービスエリアで声をかけて来た人物について、どこまで調べるおつもりですか?」

「どこまでも何も、どうせ二人で甲府には、再作成された書類を取りに行かなければならないよね。恐らく加治田の父親も甲府の近くに住んでいるはず。だから詳しい住所を調べ、途中で訪問して話を聞かなければならないと思う」

「そこまでされますか」

 彼女は力強く頷いた。

「もちろん。本当にサービスエリアに寄って声をかけたのは彼なのか。もしそうだとすれば、どういう意図があったのかを聞かない訳にはいかないでしょう。それ以上にどうやって書類一式を運ぶ重要機密を知り得たのか、調べる必要があるわね。後はサービスエリアでの防犯カメラをチェックしたい。警察でもないのに見せてくれるかどうかは疑問だけど」

「そこまで調べるとなれば、私達二人だけでやれるでしょうか。応援を頼んだ方が良くありませんか」

「もちろん加治田の父親が絡んでいたとしたら、一度上に報告して指示を仰いだ方が良いと思う。しかしそうなると増員までして、本気で調べるかどうかは疑問ね」

「どういうことですか?」

「書類紛失に加えて情報漏洩の可能性まで出てきたら、上は本気で隠蔽を考えるかもしれない。ただでさえ他の省庁でも色んな問題が噴出している時期だから余計よ。それを自ら調査し、恥を晒すことを上層部が決断するとはとても思えない」

「なるほど。だから応援要員は期待できない訳ですか。私達は後日明るみに出た場合に備え、調査はしていたというアリバイ作りの為に利用されているだけだから、ですね」

「そう。だから邪魔まではしないと思うけど、これまで以上の協力は期待しない方が良い」

「結局私達、二人で調べるしかないのでしょうか」

「多分。その分動きやすいとでも思った方が良いかもね。そうでないとやっていられない」

 佐倉さんが吐き捨てるように言ったため、木下は黙らざるを得なかった。しかし心の中は穏やかではなかった。彼女としては法務省に勤める官僚の一人としての矜持を捨てたくないと考えているだろう。最近の他省庁の無様な姿を見れば見る程、決してああなりたく無いと思っているはずだ。

 それに過去に起こった、佐倉さんの親戚を巻き込んだ事件の事もある。最悪今回の件で省を追われることになったとしても、隠蔽体質だけには大きなメスを入れなければならない、と胸の奥では覚悟しているに違いなかった。それが分かるだけに木下も辛かった。

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