捜索

 一体これからどうするのだろう。そう思っていたところに峰島が言った。

「佐倉さん。申し訳ありませんが、あの会議室にいた残りの二人を呼び出していただけませんか。恐らく今頃は食事も終えて、戻られているでしょうから」

 時計を見ると確かにあれから一時間は経ち、二時を過ぎている。途端にまだ食事をしていないことを思い出す。大飯も同じだ。といって先程と同様、空腹なので食後にしましょうなどと言い出せる雰囲気ではない。

「木下と間中ですね。分かりました。どこに呼びますか」

「とりあえず、ここへ来てもらいましょう」

 早速スマホを取り出して木下にかけた。そして理由は告げず、二人でもう一度書庫に来てくれないかと頼む。彼は訝しんでいたが、了解を取り付けて通話を切った。

「十分もすれば来られるそうです」

 峰島に告げると彼はゆっくりと頷いた。だがどうしても彼らが到着するまでに聞いておかなければと思い、尋ねた。

「峰島検事、あの二人を呼ぶのはどういう意味があるのですか」

「あくまで確認です。書類が紛失した時点であの会議室にいたのは、ここにいる三人の他に彼らしかいません。合わせて五人の証言を確かめ、心当たりがあるかを聞いておかなければなりません」

「あの二人が裁判資料を隠した、とでもいうのですか」

 思わず抗議口調になる。しかし彼は冷静に首を横に振った。

「いいえ。あくまで時系列を追っての立証です。それを済ませないと次の調査の段階に進めませんから」

「調査、ですか?」

 今度は大飯が尋ねた。これには峰島も眉間に皺を寄せて答えた。

「しょうがないでしょう。重要な書類が紛失しているのです。ここに持ち込まれてから紛れ込んだのか、誰かが持ち去った可能性を探らなければなりません。もし何も分からなければ、次に確認するのは書類を受け取り、運ぶ間に何か起こらなかったか、です。現在はこの三人しか知らない事実ですが、上に報告もしなければならないでしょう。そうなれば本格的な調査が入るかもしれません」

 大飯の顔が青ざめていく。当然だ。重要書類を間違いなく運ぶ任務を、彼達が果たせなかったことになる。そうなると間違いなく責任問題へと発展するだろう。

「信じてください! 俺達は間違いなく資料一式を確認した上で、ここへ運んで来ました。途中で紛失することなどありえません!」

「落ち着いて下さい。疑っている訳ではありません。ただ資料が一部無いという事実を鑑(かんが)みて、その行方はいかなる方法を使ってでも探し出す必要があります。あなたに心当たりがなければ、そう申し開きすれは良いでしょう。それはご理解頂けますよね」

「理解はできます。しかし納得がいきません」

「申し訳ありませんが、私の仕事は地検から届いた資料一式の中身に問題がないかを精査し、死刑執行起案書を作成することです。しかし今回はそれ以前の問題ですから、これ以上は、上の判断に従っていただくしかありません」

 そうこう言っているうちに、木下と間中がやって来た。

「佐倉さん、何かありましたか? 間中も連れてと言われましたが、何か問題でも?」

 一度深呼吸をしてから答えた。

「実はね。甲府地検から運びこんだ資料の一部が紛失しているらしいの」

「え! いつ? どこで、ですか?」

 間中が叫び、目を見開いて固まった。その質問に峰島が答えた。

「大飯さん達が会議室に運びこんだケースから書類を出され、その中身が揃っているかどうか二人でチェックしている時に発覚しました。佐倉さんにも手伝って頂き、散々探しましたが、一部だけ無いことは明らかです」

 木下と間中が佐倉に視線を向け同意を求めたため、黙って頷いた。

「ということは、会議室に持ち込まれる前から無かった、ということですか?」

「そんなはずはありません! 大飯さんと私と、それに甲府地検の資料室を管理している波間口はまぐちさんとで、全てリスト通りに揃っていることを確認しました。その後スーツケースに入れましたから、それは有り得ません」

 木下の疑問を間中が打ち消した。大飯も横で大きく頷いている。

「そこで峰島検事が、私達の運んでいた資料に紛れ込んでいるかもしれないとおっしゃったの。それで念のために今、間中くんが手伝い始めてくれてから運んだ段ボール箱の中を三人で確認したところ。しかしここにも無かったのよ」

 そう佐倉が説明すると、木下はようやく理解したようだ。

「食事にも来られないでその後も席に戻られなかったのは、ずっと書類を探していたからですか。それでも見つからないので、あの場にいた私達を呼んだのですね」

「私がお願いしました。この事はまだ上に報告していません。その前に紛失が分かった際、あの会議室を出入りしていたあなた達から、話を聞きたかったのです」

「峰島検事、それはどういうことでしょうか?」

「まず木下さんは佐倉さんを手伝って、会議室の段ボール箱を書庫に運んでいましたね」

「はい。中身は先程見られたのならお分かりでしょうが、今年保管期限を過ぎた書類です。昨日までそれらの中身を見て、破棄して問題ないかの見極めを行っていました。一応問題のないものは順次破棄するよう指示されていたので、運び込んだものは保管しておくと判断したものばかりです」

「そのようですね。それでホルダーは全て新しいものに代わっていたと先程伺いました」

「そうです。ただでさえ期限が過ぎた古いものですので、残すものは差し替えるよう指示されていましたから」

「なるほど。そして書庫に戻す作業中に大飯さん達が山梨から到着し、部屋の中央にあった長机の上へ資料一式を置いた。ちなみにその時の様子は見ていましたか?」

 中会議室は結構な広さがある。保管期限が過ぎた資料の見極めの為に、部屋の中央に机を集めて作業し、区別できた箱から順に端へと運んだ。壁まで距離は五メートル程あった。

「はい。丁度書庫から戻って来て、また運び出そうと台車に乗せている途中でしたから」

「そうでしたね。そして全てスーツケースから書類を出し終えた後、あなた達が運んでいる理由を聞いて、大飯さんが間中さんに手伝うよう指示された」

「そうです。おかげで後三回は往復しなければいけないところを、二回で済んだはずです」

「その間、あなたは運び込まれた資料に近づきましたか?」

 先程佐倉が感じたように、言葉遣いとは違って厳しい目つきで木下を見ている。裁判所で被疑者を尋問しているかのようだった。彼も疑われていると思ったのだろう。首を大きく横に振った。

「いいえ、近づいていません。少なくとも私と佐倉さんは、離れた場所から見ていただけです。壁際に置かれた段ボールを片付けることで必死でしたから。しかも二人が甲府から到着するまで会議室は空にしておくよう指示され焦っていたので、それどころではありませんでした」

 峰島は質問する相手を変えた。

「大飯さん、それは間違いありませんか? 資料を机の上に積んだ後、お二人が近づいてきた形跡はありませんでしたか」

「い、いいえ。二人共近くには来ていません」

「なるほど。分かりました。私の記憶でもそうでしたので、間違いないでしょう。それでは間中さんにお伺いします。あなたは先程言われた通り、甲府地検からここに着いて書類を出すまで、スーツケースから目を離したりはしていませんか」

「し、していません! 書類を入れて鍵を閉め、ロープに繋いでから一度も肌身離さずここまで運んできたのです。会議室に入り、初めて鍵を開けて中身を取り出しました」

「全て残さず取り出したことは、間違いありませんか」

「はい。完全に出し終えて、後は間違いなくリスト通りに揃っているかを確認しようとしたところ、大飯さんの指示で木下さん達の作業を手伝うことになったのです」

「ではケースから資料を出した後、書類に近づいていませんか」

「はい。その場で台車を一台持ってきて段ボールを乗せこの書庫まで運び、もう一度だけ会議室に戻りましたが近づいていません。二回目に箱を積んでいた所、三人で全ての荷物を載せ終わったことが分かり、これを運びだせば作業は終わりだと思った覚えがあります」

「その後はどうしましたか」

「私と同じくお昼をまだ取っていないという木下さん達に誘われ、そのまま外へ出ました。ですから会議室には戻っていません。その旨は大飯さんにも携帯で伝え、了承いただいています」

「確かにチェックしている途中、大飯さんの携帯が鳴りましたね。その報告でしたか」

「はい。書類の確認はこっちでするから来なくていいと言われたので、木下さんと食事してからそのまま自分の席に戻り、仕事をしていました」

「分かりました。さらにお伺いしますが、あなたは先程甲府からこの会議室に来るまでスーツを肌身放さず持っていたと言いました。それは同行していた大飯さんも同じですか」

 間中は一瞬驚いていたが、記憶を遡るような素振りをしながら斜め上に目を向けた。その後一度大飯の顔を見てから峰島に視線を戻し、はっきりと答えた。

「はい。大飯さんも同じく、ここまでスーツケースから目を離したことはありません」

「なるほど。それでは間中さんと木下さんに伺います。最後の二回で運んだ箱は、ここかからここまでの四十二箱と佐倉さんから教えて頂きましたが、間違いありませんか」

 二人は彼が差した箱を見て、置かれている場所や横に書かれている期限、おおよその中身を記した文字を確認し、頷いた。そして木下が代表して答えた。

「間違いありません」

「そうですか。ではここにいる全員に伺います。大飯さん達が書類を運ばれた後、何か不審な動きをしたか、あるいは書類を見ている、または段ボールを運んでいる間に気付いたことはありますか」

 全員が互いの顔を見渡しながら思い出しているようだ。特に何もおかしな点は無かった。そう告げようとした時、一瞬大飯が何かを言いたげな表情をした。その為思わず尋ねた。

「何? 何か気付いたことでも?」

 声をかけられたことでびくりと驚いた彼だったが、直ぐに否定した。

「いや、何もない。いえ、何もおかしな事はありませんでした」

 彼は峰島に対し、そう言い直す。続けて木下や間中もありませんと答え、佐倉もその言葉に続いた。

「何もありませんか。困りましたね。そうなると書類の紛失は、会議室へ到着する前に起こっていた、と考えざるを得ません。そのことを上に報告し、後は指示に従いましょう。報告はここにいる五名一緒に揃ってした方が良いと思います。これから行きましょう」

 峰島が告げた後、そのまま廊下に出て歩き出した。大飯と間中が目を丸くしている。困惑するのは当たり前だろう。書類紛失の不手際の責任は二人にある、と宣言されたと同じことだからだ。

 特に大飯は反論しようと口を開いたが、言い返す言葉が見つからなかったらしい。そのまま黙って彼の後について行った。佐倉もまたその後ろを歩きながら木下と顔を見合わせ、小声で謝った。

「厄介な事に巻き込んじゃってごめん。手伝ってくれただけなのに悪い事をしたね」

「いえ、それはしょうがありません。佐倉さんの責任ではありませんから。悪いとすれば会議室の手配を間違った、課長かその指示を受けた人じゃないですか。お互いとんだとばっちりですよ」

「確かにそれは言える。私はまだ昼食も取れていないしね。大飯だってそうだけど」

「食事は報告を終えてからしか無理ですね。でも私達に責任が降りかかることは無いと思います。だから大丈夫だと思いますが、大飯さん達の立場はまずい事になりそうですね」

 肩を落としながら前を歩く二人の背中を見て、佐倉も頷きながら大きく息を吐いた。

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