BMM第一試合目 船坂軍曹vs.マシンガンペニー

 壁耳のシズカから得た情報を、山谷が真智子と澪に話していた。

「なんてことだ!」

「パパ、それマジ?」

「シズカの情報は信じられる」

「行かねば!」

 四人で後楽園ホールに行くことになった。

 今度は澪に手を引かれながら電車に乗り込み、池袋で丸ノ内線に乗り換え、後楽園に到着した。そこから徒歩五分で東京ホールシティに着いた。九時三十分、いい時間である。

 後楽園ホールビルの外では、関係者らしき男たちに突き返される若者が数多く見受けられた。

「なんかイベントあるんだろぉ、金払うって言ってんじゃん! 入れろよ!」

「なにもない、帰れ」

 揉めている横を老紳士が抜けて、ホールの中へ入って行った。

「今のジジイは止めねぇのかよ!」

「子どもは帰って寝ろ」

「なんだと」

 食い下がる若者もなかなかいいガタイだ。少し酒が入っているが、なにかをやっている。そこらの喧嘩であれば――

 男が若者の顔面を殴った。綺麗な、よく伸びたストレートだ。その一撃で若者は失神して倒れた。それを見ていたほかの若者も、とたんにホールから離れて行った。

「山谷さま」

 男が一礼した。

「おう。後楽園なんかでやるから野次馬が集まるんじゃねぇか」

「おっしゃるとおりで。ですがこれは上のお達しですので」

 先ほどまでの態度はどこへやら、山谷にはかしこまった態度を取っている。

「真智子さま、澪さま。それに三代目ポポアックさま。ようこそおいでくださいました」

「やあ」「どうもー」

 真智子と澪が会釈する。三代目は自分がすでに彼らに知られていることに驚きつつも、ぺこりと頭を下げた。

「どうぞ、特別リングサイドへ。山谷さま方は無料で結構です」

「誰がそんな危ないところに行くか。立ち見席でいい」

 こうして四人はあっさりと後楽園ホールの中に入ったのであった。


 普段はプロレスやボクシングの試合で使われていると澪の説明を受けたが、立ち見席の最前列から一望してみるとリングにロープが張られていないのが、すぐに目についた。キャンパスマットだけの簡素な舞台だ。

 客層はさまざまだが、見るからに強そうな者や堅気ではない者、セレブな身なりをした者、スーツを着た中年たちの一団などなどどうにも得体が知れない。国籍もバラバラだろう。

「山谷さん」「真智子の姐さん」「澪ネキ」

 三代目はたびたび、一家の誰かが声を掛けられるのを見掛けた。この三人もここではかなりの有名人のようである。

 ぞろぞろと観客が増えていくのと比例するように、どんどんホール内が暗くなっていっていた。映画でも始まりそうだな……と三代目が思っていると、

「一試合目ッ!」

 と、なんの脈絡もなくイベントの開始が実況席から告げられた。

 バーニングムーン・マッチが始まった。

 暗くてわからないが、このホールの中のどこかに「女王」がいるのだろうか。

「船坂軍曹ッ!」

 割れんばかりの拍手喝采が響き、北側西通路にスポットライトが当てられる。軍服を着た男が立っている。

 丸刈りの比較的、身長の低いその男はかかとをピシとつけて力強く敬礼した。そして勇壮にリングサイドまで歩いて、まるで機械人形のように南側を向いた。三代目たちがいる方角である。

「普通じゃねぇ……」

 無意識に三代目の口から、その一言が絞り出た。

 船坂と紹介されたその男を見ていると、震えてくるのだ。ただならぬオーラをまとっている。

「マシンガン・ペニーッ!」

 また拍手喝采。北側東通路からカウボーイ風の葉巻をくわえた男が登場した。アメリカ人だ。両手にマシンガンを持っている。

 待て。それで戦う気か、アイツは。

 言葉にこそしなかったが、三代目のそんな表情を見て、横で李が「ここではなにを使ってもいいネ。勝てばそれでOK」と言った。

 正気か。いくらノールールとはいえ、マシンガンって――

 マシンガン・ペニーもリングサイドに立つ。

「この試合のプロモーターは日本政府とアメリカ政府であります! 勝った選手を擁していた国が条件を呑ませられますッ!」

 日本語の実況のあとにつづいて、英語の実況が流れた。

 三代目の顔が青くなる。

 これは国と国の代理戦争じゃあないかッ!

「世界中の裏側でこういう大勝負が行われているのネ。これみたいに国と国。あるいは派閥。あるいは大企業。あるいは個人同士の決闘。あるいは惚れ合った強者同士の合意……」

「世界は殺し合いで成立しているんだよ、三代目くん」

 澪がリングのふたりを見ながら言った。つまりは客もそっち側ということか。

「決着は?」

「それは戦う彼らの決めること。相手が降参したときや……相手が死んだとき」

 中山との死闘が脳裏によぎった。恐らくは、あれくらいの純度がここでは求められる。命を差し出さねばお話にならない狂戦士たちだけの宴――

「両者、リングへ!」

 船坂とペニーが同時にリングに上がって、向かい合った。

 しゅるりと船坂がハチマキを懐から取り出し、頭に巻いた。真っ白な布地の真ん中に日の丸。それを挟むように「憂国」と書かれている。

 ペニーがニタニタ笑いながら、マシンガンを構えた。ふたつの銃口が船坂に向いている。西側の観客がわっと避難し始めた。当然だ、そこにいたらハチの巣にされてしまう。

「船坂さん、構えないんですね」

「奴の流派に型はないからな」

 李の通訳を挟んで、真智子が答えてくれた。

 三代目が拳をぎゅっと握った。緊張が走る。どうなるのだ、この戦いは。この戦いは――

「はじめいッ!」

 ゴングが盛大に鳴ると同時に、ホール内の照明がふたたびバチンとついた。明るい。目が痛くなるほど、まぶしい。

「ヒャーハァーッ!」

 爆笑しながら、ドガガガとペニーがマシンガンを乱射した。弾丸が船坂を貫く。血が立ったままの船坂の背後に飛び散り、ペニーの背後にはおびたただしい量の薬きょうが転がった。

 弾が切れたかと思うと、ペニーがすぐにマシンガンをリロードする。そのスピードが並ではない。

 三代目の目でもって捉えきれなかった。リング上に落ちている弾倉を見て、リロードしたことに気づいただけだった。

 あっという間に船坂の体が穴だらけになった。倒れずに仁王立ちのままなのはすごいが、完全なオーバーキルである。

 バチィッと水に濡れた布を空中で叩くような音がした。船坂の頭から血が飛んだ。彼の体がうしろにぐらついた。脳天に弾丸が当たったのだ。

 ペニーはマシンガンを上に向けて、船坂の顔面までも撃った。頭から鼻、頬、口、喉と下にさげながら撃ちつづけた。

「こ、これのどこが勝負なんだ……」

 吐き気にも似た嫌悪感が溢れ出る。これのなにが戦いなのだ。ただの一方的な暴力、蹂躙じゅうりんするだけの処刑だ。

「ヒハーハハァーッ!」

 笑いながら、マシンガンの乱射をペニーがやっと止めた。に慣れている。ペニーは誰かを殺すということに、なんらいっさいの気おくれや躊躇ちゅうちょを持たないようだった。殺しの技術を持ったサイコパスと表現してもいいだろう。

 硝煙しょうえんがリングの上を曇らせている。

 これは決着だろう。最初からわかっていたのに、いやはや最悪の決着だ、と三代目が鉄柵に身を落としてうなだれた瞬間のことである。

七生報国しちしょうほうこくゥッ!」

 ホールを揺らすほどの歓声がわき上がった。

 えっ、と三代目が顔を上げる。目を疑った。

 ズタボロになった船坂がペニーに向かって、走っているではないか。ありえない。生きているはずがない。走れるはずがない。人間じゃあない。

 予想外のことにペニーの笑顔が、恐怖のそれに変わった。リロードしようとするが焦りで手をすべらせた。予備弾倉がマットの上に落ちた。

 船坂の上向きになった二本の指が、ペニーの両目にざくりと突き刺さった。

「んぎゃあああっ」

 ペニーのつんざくような悲鳴。

 船坂が体をうしろに回した。指はペニーの内側を掴んでいる。目の内側をぐいと引いて、船坂がペニーの巨体を投げた。眼窩がんかの窪みを使って、背負い投げを決めたのである。

 ダアンとマット特有の音が鳴った。ペニーは死んでいた。

「勝負アリっ! 船坂軍曹の勝ちィーッ!」

 敬礼して、血だらけの穴だらけのまま、船坂は自分の足で自分の出て来た西側へ歩き、退場した。

 三代目は口をぱくぱくと言わせながらリングを指さし、山谷一家を見た。

「日本自衛隊陸軍軍曹、不死身の船坂。ペニーは油断したな、あれじゃ死なんのだな船坂は」

 山谷が微笑して言った。

 そんなわけあるか……ゾンビか、あの男……

 さすがに人外だが、その残虐な技術体系には目を見張るものがあった。投げる際の力の流し方が怪物レベルにうまい。容赦のなさも極まっている。もし自分が戦ったとしたら、勝てるとは到底思えなかった。

 リングではペニーの死体が運ばれ、血が洗い流されている。薬きょうもほうきで吐かれて消え失せた。ペニーという狂漢の存在など最初からなかったかのように、ある種の否定を持って原状復帰が行われていた。

 勝てば人間、負ければ餓鬼畜生。この世は餓鬼畜生の世界ではないので、敗者は消えねばならない。

 三代目はごくりと唾を飲んだ。

 ――第二試合目が始まる。

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