ガールズバーに潜入せよ

 日曜日の朝、三代目と澪は聞き込みを行っていた。警官が口にした中山という男についてである。

 練馬を拠点に悪ガキどもを率いて、えげつない犯罪ばかり犯す怪力の喧嘩師。警察も手を焼いているのだという。

 山谷家前で起こった騒動によって、三代目はすぐに中山か、中山の部下たちが報復に来ると考えて張っていたが、一週間経っても一向に攻めてこなかった。待ちぼうけだ。じゃあ、こちらから行くぞと三代目は澪に泣きついて調査を開始した。

 澪が休みの土日を利用した聞き込み調査二日目、ふたりのコミュニケーションは少し変化した。

 泣きついて、百均で買ってもらったスケッチブックとマジックペンに伝えたいことを書いて、澪に見せる。返事を澪が書いてくれる。そういう会話になった。日本の学校で英語をどこまで勉強するのかは知らなかったが、英会話よりも英文読解と筆記のほうが慣れているらしい。澪にはそれなりに意味が通り、なんとなく理解できる英文が帰ってくるので、大雑把ながら意思疎通ができた。

「中山ってあの練馬最強の男だろ。知ってるよ、突っ込んできた軽トラを片腕で上から叩き潰したとか先輩から聞いたことあるぜ」

 中山は若い世代には有名な男らしく、バラエティに富んだ嘘臭い喧嘩武勇伝が広く出回っているのだが、肝心のアジトがわからない。詳細なプロフィールも目撃情報もない。ただただ噂だけが独り歩きしているという印象であった。

「中山なんて実は存在しないんじゃないかな。チンピラたちの作り上げた嘘ってこともありえるんじゃ」

「OK」

 澪はたまに「OK」とだけ書いて、スケッチブックを返してくる。

 流れに沿っていないので最初は理解に苦しんだが、どうやら三代目が書いた英文を読み解けなかった場合に「OK」と書いているらしかった。「OK」にしておけば大丈夫だろうという雑さだ。

 悪ふざけ気分で「FUCK」と書いて渡してみる。「SHIT」と返ってきた。互いに笑う。そういうことができるくらいには、ふたりの距離は縮まっていた。

「中山なら石神井しゃくじいのガールズバー『ちむちむハウス』によく行ってるぜ」

 もうこれで最後にしようと、マクドナルドで隣り合った男に中山について訊いたら、まさかの有力情報を手に入れてしまった。

 ケチャップをバカ掛けしたハンバーガーを頬張りながら三代目は地図を確認し、フライドポテトをチマチマ摘まむ澪がスマホで『ちむちむハウス』の詳細を調べた。

「明日、いっしょに行こうよ」

「わたしは明日、学校だし。ていうかガールズバーとか入りたくないし」

「FUCK」

「SHIT」

 家に帰る途中、三代目がまた澪に泣きついた。古本屋の前で澪の足にすがりついて、ぎゃあ~と泣きわめくのだ。周囲の視線で狼狽ろうばいさせて、買ってほしい物に誘導する作戦である。

「なになに? もうやめてよ、それ。なに買ったらいいの?」

 店頭のボロボロになった本を指さす。淡白な表紙に『Study Japanese』とだけ書かれたペーパーブック。その外国人向け日本語学習本が目に入ったため、よくないことだと自覚しながらも大人の弱点である子どもの駄駄を敢行した。

「し、仕方ないなァ……」

 澪に本を買ってもらい、三代目はほくほく顔で山谷家に帰った。

 夜になり、真智子の手作り料理が並ぶ夕飯の席で、澪が調査結果と以降の動向について、両親に話した。

 呆れたように澪が三代目を指さす。まだ子どもなのにガールズバーに行こうとしている、そんな話だろう。

「中山に会えるまで、毎日おっぱいパブに通うつもりか?」

「ガールズバーね、パパ」

「ガールかあ。いいねえ、おれも行きたイデデデ」

 机の下で真智子にももをつねられ、山谷が体をくねらせた。

「小学生とはいえ、ガールズバーに通うも通わぬも個人の自由ではあるしなぁ。本人が行きたいなら止めないが、金がな」

 澪がスケッチブックに「MONEY」と書いた。

 ガールズバーに通えるお金など、たしかに持ち合わせていない。依然として二十円が彼のすべてだ。

「お金ちょうだい、澪」

「KILL」

 ダメ元で頼んだら、即殺害予告のような返事が来た。

 三代目は、自分が山谷家にはお金くらいは入れて然るべき立場だと思ってはいる。なにかをしたいなら自分のお金でやり、なおかつ家にお金を入れたいという気持ちがあった。

 ただ日本語を聞けない話せないという点で踏ん切りがつかず、主に澪に甘えていたが、それではダメだと考えていた。

 それならば働けばいい。働いて、かつ中山を見張りたいなら……そのガールズバーで働けば、なにもかもが丸く収まるのでは。自分がヒト科のオスであることを忘れて、そういう結論に落ち着いた。

 昔から女の子みたいと言われつづけてきたのもあるが、三代目は親の二代目に似て少しバカなところがあった。

「ガールズバーでぼくが働きます」

「CRAZY」

 澪が顔を真っ青にして、スケッチブックにマジックを走らせた。

「ボウズがガールズバーで働けるなら、おれだって働けるだろ」

「……」

 誰も反応しない。真智子も、澪も、三代目も全員がノーリアクションに徹した。

「しめしめ、ウケたウケた……」

 肩を落としながら、山谷がリビングから消えた。

「見た目的にはいけるかもしれんが、やはり少年は少年だろう」

「ウィッグと服で誤魔化せるんじゃ?」

 澪がいたずらに笑った。


 二日後の火曜日、山谷家にネット通販サイト『Zomahon』から紫色をしたロングのウィッグと女子用の服が届いた。澪が注文したものだ。

「はい、どうよどうよ。かーわいい!」

 楽しんでいる澪にお披露目された三代目は、なるほどかわいらしい女子に変身していた。幾分ガタイが良過ぎる気もするが及第点であろう。

 三代目が女物の服装に恥じらいながら、

「ガールズバーの面接に行きます」

 と、スケッチブックに書いた。

「ひとりじゃ心配だな。澪、貴様もせっかくだしいっしょにガールズバーで働いたらどうだ」

「普通にやだよ。ママがやれば?」

 そうきたか……まぁ、いけるっちゃいけるか……

 真智子が両腕を組んで、むうとうなずいた。ご近所の奥様方から「ええ!? 本当に四十一歳!? 二十代に見えるわ~!」と言われてきていた真智子は、それなりに自分に自信があったのだ。


 流れのまま、ガールズバー『ちむちむハウス』の事務室にブラウンの口ヒゲをたくわえた店長と女装した三代目、真智子がパイプ椅子に座っていた。

「サン美ちゃん、かうぁいいねぇ~! 何歳!?」

 サン美とは三代目の「三」を取って、澪が名づけた偽名である。

「フィフティーン!」

 元気よく三代目が発声したが、嘘である。彼は十二歳の少年で、しかも男で、さらにたとえ十五歳であっても雇ってしまったら風営法違反でしかない。

「いいねえ! 風営法、違反しちゃお~!」

 三代目の雇用が決定した瞬間だった。

「で、そっちのおばはんは?」

 急に冷めた目になって、だるそうに店長が真智子に訊いた。

「山谷真智子、十四歳だ」

「死ねば? ウチは若いピチピチの女の子を採用してるお店なワケ。わかる? オメーどう見ても二十代じゃねーか」

 節穴である。真智子は四十一歳。

「冗談はそのヒゲだけにしておくんだな」

「サン美、まっちゃんも採用してくれなきゃバイトしな~い!」

 片言で元気よく叫んだ。澪に仕込まれた言葉で、これを流れがあまりよくないと感じたときに言っておけば、道がひらけるかもしれない魔法の言葉なのだという。

「そんなぁ~!わかったぁ、このオバハンも採用しちゃう!」

 店長の困り顔としょうがないなぁという表情から、なんとなく流れが変わったのを三代目は感じた。

「そういうわけだからテメー、店の端っこで牛乳ドリンクバーでも勝手にやってろよ」

「貴様の声は周波数が合ってないから、あたしの耳に届かんのだわ」

 険悪に店長と真智子が言い合っていた。

 その日の晩、ガールズバーに三代目どころか真智子まで付属したことを知った山谷は案の定、激怒。夫婦喧嘩が勃発したのは言うまでもない。

 

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