モヒカン軍団、襲来!
リビングの食卓に四人が座っている。三対一である。真智子と澪と三代目、対するは山谷。
「なんでウチに置くんだ、その小僧を」
「なんでって、李の通訳によると行くアテもないらしいし」
「だからなに? 三代目だかなんだか知らんが、自分で選んで日本に来たんだろう。自分の力で生きて行けばいい。おれは知らんぞ」
「冷たい奴だな、貴様……」
真智子が冷たい視線を送ってくる。子どもひとりになにをムキになっているのか理解ができない。
「逆になぜ、そう入れ込む?」
「面白い子どもだぞ、コイツは。強くなったこの三代目が見てみたい。それに一戦を交えた
妻、真智子も山谷と同じく現役のころは裏でバチバチやっていた女である。もう嫌気が差したと言って一線を
武人肌で一徹者の真智子のことだ、なにを言ってももう耳を貸しはすまい。
「澪もか」
「なんかかわいそうじゃん」
「もう~」
勝ち目のない勝負だったらしい。
「小僧」
三代目が顔を上げた。家に上がってきた最初こそ緊張の面持ちであったが、途中からそわそわとこちらの様子をうかがっていた。それに気づかない山谷ではない。
「おれは子育てには
「なにを偉そうに。貴様が澪の子育てなんてよく言えたものだ」
「黙ってろ、ババア」
椅子から立って、リビングから出ようとドアノブに手をかけたときには既に三代目が背後から飛び掛かってきていた。よくしなった、いい蹴りである。狙いも悪くない。
ザンッと体をひるがえし、三代目の差し出された足を逆手で獲る。そのまま、ぐるりと三代目を回す。宙を一回転して、三代目が着地した。
奇襲を受け流された三代目は信じられないという顔をして、山谷を見上げている。
ハハハと笑いながら真智子が少年の横までやって来て「上からの攻撃は素人にならよく刺さる。防ぐので精いっぱいになりがちだからな。だが返されると
話を聞きながら三代目はなにやらあせあせとして、そして悔しそうに下唇を噛んだ。
「ほらースネてんじゃん。負けてあげたらいいのに、パパ」
「さすがのおれもな、子どもに負けたとなったらスネちゃうぞ」
「あはは、キモー」
「おっとっと、傷ついたから風呂入る」
子どもの面倒を真智子に任せて、山谷はリビングを出た。
脱衣所で服を脱ぎながら、三代目について思考していた。言語は通じないが、軽く立ち合ったことで会話以上に三代目という人間と語り合えた。
透明感のある純度と素直さを持ち、血が燃えたぎっている。ぼくは弱いという謙虚さと、ぼくは負けないという自信を持っているのが面白い。真智子の言うとおり、成長が楽しみになる男ではある。
しかし、それ以上に。真智子は口にしなかったが、きっと同じことを考えていたからこそ
三代目は危なっかしすぎるのだ――中途半端に強く、向上心に満ちたあの真っ直ぐな性質は、この東京では食い物にされてひねり潰される。闘争から身を退き、おとなしく帰国しなければ、生ごみになって朝っぱらに出されて終わるのが関の山である。現時点では、そういう未来しか彼にはない。少なくとも彼ひとりであったなら。
三代目の奇襲を受け、投げて。そうした瞬間に、奇縁とはいえ出会ってしまった以上、見捨てるのも忍びない――と、山谷は思ったのだった。
夕飯をいただき、風呂にも入れてもらい、空き部屋まで与えられた三代目はこの出会いに深く感謝していた。
もう人間として終わっていると思っていた真智子はやはり尊敬できる女武人であり、温かな優しさが伝わってくる。
澪もからかう様子を見せてくるが、あの分け隔てない感じが心地いい。
当主の山谷は、自分にあまりいい印象を抱いていないんだろうなとは察することができたし、初対面のときは素直に怖い人という印象があった。怯えつつ、食卓に座って向き合っている内に、その半拒絶は腫れ物を扱うというよりはもっと不器用な優しさに起因しているように思えた。
加えて、強い男だとビシビシ伝わってくる。肉体を見てもそうだが、精神性が強い、気が強い。修羅場を潜ってきたのであろう凄味がある。
強いんだろうなぁ強いんだろうなぁと
悔しくはなかった。むしろその美しい戦闘所作とも言うべき体系に惚れ惚れとした。
ではなぜ、下唇を噛んでふくれっ面で視線を下に落としたのか。
会話を交わせなかったのが悔しかったのである。なにがすごかったのか、どんな感覚がしたのかなど言葉にして、感謝したかった。それができなかったのが寂しい。
横から真智子が入れてくれた解説らしき内容が理解できなかったのが、感情に拍車を掛けた。きっと宝物になる大事な話だっただろうに、それを言語の壁という小さなもので
山谷夫婦に絶対に師事してやるぞ。そのためには日本語をすぐにでも習得しないといけない。明日は日本語の勉強をするぞ。
三代目は決意して布団をめくりベッドに潜り込んだ。来日してから道場破りをして野宿をして……を繰り返していた彼は、潜ってものの二秒で深い眠りに就いた。
ブオンブオンブオン!
爆発的なエンジン音に目が覚めた。真っ暗な部屋の窓に、不規則な動きの光がうごめいている。何事かとそろりと窓に近づいて、覗き込んだ。
家の前にバイクにまたがったモヒカン頭の男たちが大量にいる。
「なにあれ!?」
ギアをニュートラルに入れて、ブウウウンとスロットルを回すことで空ぶかしを行う者。改造したラッパをパラリラ鳴らして回る者。前輪にブレーキを掛けて、浮かせた回転をその場で回転させる曲芸みたいなことをしている者。さまざまだが、とにかくやかましい。
「うっさい!!」
三代目の隣の部屋の窓を開けて、澪が顔を出して怒鳴った。
「何時だと思ってんの、近所迷惑だからやめてよ!」
「女性器ちゃんの登場だぜ!」
下品にモヒカンたちが笑った。
その内のひとりが拡声器を取り出し、大声を張った。
「オメーら全員、皆殺しにしてやかっらよォー!」
キィーンとハウリング音が響く。
「回転寿司屋では世話になったらしいじゃねーか! 見ろ、オメーらの犠牲になったおれたちの仲間の姿を!」
バイクの群れがいっせいに、グンと一か所を向いてライトで照らした。三人の男が座っている。寿司屋にいたあの三人組である。
「ぷるぷるぷる、マーマー、マーマー」
下唇を指でぷるぷるしながら左右のふたりが鳴いた。
「このふたりは腹部に受けた衝撃で気が狂った!」
三代目と澪が殴った男たちだ。三代目は拡声器モヒカンがなにを言っているかわからないが、お礼参りの雰囲気は察している。
座るふたりは変になっているらしいが、服が赤く染まっていることと、垂れた両腕や曲げた両脚の向きが絶妙におかしいことが気になった。遠くから見るだけではわからないが、自分たちの攻撃でああはなるまい。まさか制裁を食らい、それで変になってしまったのではと、三代目は推測した。
「そして金玉を打たれたコイツは!」
真ん中の男は体育座りをして丸くなっている。
「失った金玉を取り戻そうとして、ついに自分自身が金玉だと思い込むようになった! もうなにを語りかけてもなんの返事もしない、なにもしない、丸くなっているだけだ! それはなぜか、コイツそのものが金玉という設定だからだ!」
背骨が折られている。無理に丸められた形跡が見て取れる。
恐ろしい力で生きながらに丸め込まれて……死んでいる。確実にあの座りこむ男は絶命している。
三代目は戦慄した。そんな芸当ができる奴が群れの中にいるのか――
「きんた……とかやめろ!」
一階のガラス戸を開けて、真智子が叫んだ。
「あなた、ごめんなさい……わたしはモヒカンの若い男たちに抱かれて感じてしまいました二十四時間スペシャル。そうなるぜー、そうするぜー!」
「AV会社に売り込んでやらー!」
また男たちが下品に笑った。
「男は撲殺! 女はレイプ! オメーら一家をメチャクチャにしてやるぜ!」
「うるっせーなー」
真智子の隣からのそりと山谷が出てきた。ねむけ
「どうでもいいけど回転寿司がなんだって?」
「そこの女ふたりとガキが回転寿――」
「論点をズらすな!」
真智子が割りこんだ。
「喧嘩のお礼参りってことだ、貴様。あたしと澪と三代目でちょっと揉めてな」
「回転寿司屋で?」
「いや……それは……」
「だとしたら、お前がうるさかったからアイツらが絡んできたとかじゃないの?」
「そ、そういうのでは……」
「回転寿司屋に近づくなと言ったはずだが?」
「い、行って、行ってないが……?」
「人の迷惑になるし、こういうことになるから行ったらド突くって言ったよな」
「よ、よくわからん……あたしが悪いみたいな、そういう言い方? よ、よくわからんのだが……?」
「くっちゃべってんじゃねーぞ!!」
ふたたびキィィィンとハウリングした。
「父、殺害! 母、レイプ! 娘、レイプ! 息子、殺害! そう言ってんだおれはー! 覚悟できたか、コラー!」
「なにがレ……だ、貴様ら! 生かしては帰さん!」
真槍を手にして真智子が表に出たが、山谷が彼女の襟を掴んで引き戻した。
三代目は窓をガッと開けて、一足勢いよく跳んだ。敷地外、家の前の通りに立つ拡声器モヒカンの顔面を踏みつける。なかなかの距離を跳んだ。
わあと男たちがバイクから降りて、殴り掛かってきた。
「あのバカ」
スリッパを履いて山谷も表に出る。
拳をかわし、すかして反撃する。アスファルトの上を転がって、足払いを仕掛ける。敵は多いが、コンビネーションに慣れていないから崩しやすい。素人の喧嘩である。
鉄パイプやナイフを取り出して突っ込んでくる者もいるが、そちらは余計に動きが読みやすい。単純に突いてくる者は軽く避けてカウンターパンチを顔面に叩きこんでもいいし、腕を獲って折ってしまってもいい。あるいは肩を横から押してほかの仲間を刺させても構わない。どうにでもなってしまう。
鉄パイプが振られてもテレフォンすぎて、どの方向にでもかわせる。空振った鉄パイプはかなり高い確率で味方を殴る。たいして広くない家の前の道、それもここまで密集した人数。置かれたバイクが輪をかけて場を狭める。そんなところで大振りの武器など使ってもなんの脅威にもならない。
三代目は跳ねて、回って、舞うように次々とモヒカンを殴り飛ばして行く。
「おっさん、ドラァッ!」
山谷に向かって、男が殴り掛かる。肩で受け流し、男の顔面に掌を当てると、山谷はそのまま後頭部から地面に叩き落とした。
本当ならば頭が割れて、脳が吹き出す攻撃であるが、山谷は男の後方に力を少し掛けるだけで接地するまで顔面を押さえているわけではない。だから後頭部をゴンと打って意識不明になるまでである。これでも運が悪ければ死ぬが。
山谷は徹して、その攻撃しかしなかった。
似た技だと合気道の入り身突き。自衛隊でなら基礎の首返し、柔道なら大外刈りだが、山谷のこれはそれよりも技らしさのないパワープレイである。足も掛けない、腰も崩さないというただ押すだけの力で有無を言わせないのは、特殊と言えば特殊であった。
三分が経つころにはモヒカン全員が地に伏していた。立っているのは三代目と山谷のみだ。
うう……とうめきながら、ひとりふたりとバイクを置いて逃げてゆく。中には「覚えてろよ」と月並みなセリフを残して、バイクを駆る者もいた。
「リーダーが黙っちゃいねぇぞ……」
言って、最後のひとりも消えてしまった。
リーダーという言葉だけはわかる。どうやらこの場にリーダーはいなかったらしい。
「ぷるぷるぷる、マーマー、マーマー」
三代目は取り残された三人のモヒカン男に近づき、服を脱がした。
「うわ」
腕が捻じ曲げられており、恐らくは両脚もこうなっているのであろう。両乳首が千切られ、丸い肉が丸見えになっていた。気が狂うのも無理はない。
三代目が金玉を打った男はやはりと言うべきか、絶命していた。彼らは死体を運んできたのだ。
「物騒だな、これは……」
ざわざわと近所の人間や、警察が集まってきた。この騒動で通報しないわけもなければ、起きないわけもない。
「中山ンとこの部下どもじゃないですか」
駆けつけた警官が、三人の男を見て言った。
「中山?」
三代目と山谷が反応した。
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