第4話 美しく残酷に
王がこと切れたのを確認すると、バモスはかつて王には見せたことのなかった狡猾な笑みを浮かべ、王妃ルルカを抱き寄せた。
「御自ら手に入れた毒薬で崩御とは…なんともむごいことですな」
ルルカのきらめく耳飾りを指でもて遊びながら、
「ルルカ様、お疲れではございませぬか?」
とバモスは王妃の耳元にささやいた。
「めったにないことでしたから、少しばかり疲れました」
ルルカもまた、かつて夫には見せたことのなかった妖艶な笑みで愛人にしなだれかかる。
「夜も更けましたわね…」
誘う言葉に、バモスは目をぎらつかせた。
ルルカの腰に手を回した、その刹那。
バモスの顔がふっと歪み、不審そうに眉をひそめたかと思うと、次の瞬間目をかっと見開き、額にはみるみる玉の汗が噴き出した。
バモスは二、三歩後ろによろめくと、目を血走らせ汗をぼたぼたと垂らしながら、真っ青な顔色で
「むむ…」
と唸ると、膝から崩れ落ち、絨毯の上にばたりと倒れた。
「ま、まさか…ルルカ様…」
バモスもようやく事態を悟った。
「ど、毒を私にも…?」
王妃は苦しみ悶える愛人の傍らに立つと
「バモス、お前ともお別れですね」
と美しい笑顔を見せた。
バモスは喉元を両手で掴み、不気味なうめき声をあげている。
「王のグラースに入れた量の半分を、お前のグラースに入れましたのよ。
その分、効くまでに時間がかかりましたね。
でも望みどおりに、タリア王の最期を見届けられて満足でしょ?」
王妃はあの小鳥の瓶を取り出して
「さあ、お前はこれが何かわかっていますね?
小鳥のように軽やかな体に戻れるお薬。
王もさぞかし、お飲みになりたかったでしょうね…」
「ルルカ様、そ、それを早く私に…」
「いいえ」
王妃はまた瓶を振った。
透明な解毒剤がキラキラと揺れる。
ルルカは小瓶を握りしめて、のたうち回るバモスの上に身をかがめて言い放った。
「お前との夜はいつも楽しかったですよ。
ですからわたくしも、こんなことはしたくないのです。
けれどもマティア国が、我が国を密かに乗っ取るつもりなら、わたくしはおろか、跡継ぎのシャルルもとっても邪魔な存在でしょうね。
お前は我が国の実権を握ったら、王子の暗殺も目論んでいるのでしょ?
可愛いシャルルにそんなこと、このわたくしが絶対にさせませんよ。
ですから、ねえバモス、わたくし心苦しいわ。
本当はこんなことはしたくなかったのですけれどね…」
王妃は、謝罪の言葉とはうらはらに、目を見開き深青色の瞳を輝かせた。
「毒薬屋が『毒薬は美しく残酷にあやめるためのもの』と申していたと、王が仰ってましたわ。
相手に、より残酷に絶望を味わわせるためにこの解毒剤があるのだと。
今やお前の最後の希望はわたくしが握っているのよ。
わたくしは美しいでしょう、バモス?
何度もそう囁いてくれましたね。
美しい者こそ、最も残酷であることが許されるのですよ…」
ルルカは瓶の小鳥をつまんで栓を抜くと、倒れているバモスの顔のすぐ横に中身を振りまいた。
「さようなら、愛しいバモス」
「ああっ…!」
バモスは必死に解毒剤を舐めとろうと身をよじらせたが、透明な薬は一瞬キラリと輝くと、みるみる絨毯に浸み込んでしまった。
「ぐ…ぐ…」
血走った目に絶望の色を浮かべ、喉の奥からごろごろと息を吐くと、唇から血の泡を吐き、バモスはついに息絶えた。
ルルカは二人の死体を見下ろすと、テーブルの上のベルを取ってチリチリ…と鳴らした。
次の間へと入ってきたのは、王子シャルルに毎日剣術を教えている色黒のたくましい剣士である。
剣士が膝をついてルルカの手を取り礼をすると、王妃はあの妖艶な笑みを浮かべて言った。
「さあ、打ち合わせた通り、二人が隠し持っていた短剣で刺し違えたよう装いなさい。
むごいさまを見なくて済むよう、わたくしは寝室で待つことにしますわね。
終わったらすぐ、わたくしのところへ報告にいらっしゃい。
すぐに、ですよ。
すっかり夜も更けましたからね…」
(完)
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王と毒薬 ちびねこ @kermit
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