第2話 共犯者

タリアの王は城の瀟洒な寝室で、優美な曲線で形作られた椅子に座り、目の前のテーブルに並べて置いた二本の瓶を見ている。

寝室の扉が開き、艶やかな白い絹の夜着をまとった王妃ルルカが入ってきた。


「お帰りなさいませ、王」


王妃は瓶に気づいて少し近寄ると、


「そちらが例のお品物?」


と上品な微笑みを浮かべた。



王と王妃は共犯者だった。

彼らが毒を盛ろうとしているのは、タリア国の重臣バモスである。


バモスは隣国マティアと密かに通じており、マティア王の密命を受けてタリアの王を亡き者にしようと機会を伺っていた。


王の後継の王子シャルルはまだ成人前で、いま王が亡くなればタリアの王政は大混乱に陥る。

その機に乗じて隣国に攻め込まれたら、国はたやすく征服されてしまうであろう。


油断なく大臣たちの身辺を間諜に探らせていた王はそれを知り、逆にバモスを殺そうと決意した。


しかし自らの剣で重臣を斬れば、臣下の中に他にも潜入しているかもしれぬマティアの手先が完全に身を潜めてしまう。

かといって暗殺者に命じても、バモスは常に手練れの私設警護たちを伴っていて失敗するかもしれぬ。

タリア王は、私的な談笑中の急病死ともとれる手段でまずバモスを排除し、当座の身の危険を遠ざけてから、他の裏切り者をあぶりだそうと考えたのだった。




「シャルルは剣の稽古を続けているか?」


「今日も昼食前に剣士と立会稽古を三度。でも勝てなかったようですわ」


「またか。せめて三度のうち一度でも勝てぬものか」


ため息をついた王を、王妃は微笑んだまま軽く諫めた。


「あの子は王のように成人前から戦に出てはいませんから、そう早くは上達していかないものかと。

剣士も毎日熱心に鍛えてくれています。

ゆっくり見守ってあげなくては」


そしてテーブルにまた少し近づき、ロウソクの光にきらきらと輝く二つの瓶を見つめ、


「美しい瓶ですわね。ひとをあやめる薬が入っているとはとても思えません…でもどうして二本あるのかしら?」


王は毒薬屋から聞いたとおりに、一本は解毒剤なのだと答えた。


王妃が細い眉をすっとひそめて、


「まあ…そんな残酷な喜びを味わいたがる者もいるのですね…信じがたいことです」


とかぶりを振ると、遠国の使者から献上された、青紫色の宝石の耳飾りがキラリと揺れた。





王妃が自分の寝室である続きの間へ引き取ると、まとっている東方の香水の残り香もやがて消えた。

王は二本の小瓶を寝室の秘密の引き出しに隠した。


…眠る前に少し強い酒を飲みたい。


控えの間の小姓に持ってこさせたランデ酒を味わいながら、供もつけず夜闇に紛れて一人、紫色の灯りを目指した今宵の高揚感を反芻した。


毒薬屋が丸眼鏡を光らせて陰気に告げた言葉が思い出される。


「美しく残酷に、か…」


天高く、銀色の月が王宮を冷たく照らしていた。

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