第485話 開戦のグンジツヨイ帝国

「和平の試みは成らなかった……。開戦か……」


 ケンサーン皇帝が頭を抱えている。

 俺は彼の肩をポンポン叩いた。


「帝国の長であるお前がそんな気弱な様子でどうする。空元気でいいから堂々と胸を張れ。みんなお前を見ているぞ」


「だ、だが私はそのような器では……」


「お前が逃げたら多くの民が死ぬぞ。グンジツヨイ帝国は魔族のものとなり、魔王大戦時代の再来となる。お前の名前は世界を魔族に売り渡した者として歴史に刻まれる……というのはちょっと威しすぎたな。そこまではいかないから」


 真っ青になってるケンサーン。

 やはり、部下が平和な時代の政治に長けた宰相と官僚だけでは戦争はできんわな。

 軍人たちは平和になってから冷遇されたり、左遷されたりしてたらしい。


 魔王大戦の頃に冷や飯を食った官僚の意趣返しだろうな。

 だがそんなアホな事をするから、この状況下で兵力をまとめられず、軍もまともに指揮できなくて詰むことになるのだ。


「俺には隠し玉があってな。実はお前の親父の上帝ととある男を育成していた……。いや、上帝がほぼ趣味で一人でやってるんだけど。おいニルス! 入ってこい!」


「はっ!」


 俺に呼ばれて、扉の外に控えていた男が入室する。

 背丈はさほどでもなく、体格もいいわけではない。

 ケンサーンよりも一回りは小さいだろう。


 だが、こいつの目にはめらめらと野心が燃え上がっていた。

 立ち姿に少しの遠慮もない。

 覇気に満ち満ちている。


「ニルスと申します。上帝陛下の養子となり、皇帝陛下の軍事を手助けすべく遣わされました」


「お、おお。噂には聞いている。そなたが……」


 ニルスは皇位継承権を持っていない。

 砂漠の王国の王子だからな。

 そんなことをしたら、こいつが皇位についたら砂漠の王国とのあいだで複雑な話になってしまう。


 あくまで今は、軍事司令官。

 ケンサーンの命を受け、全軍を動かす将としてこの地位についたことになる。

 まあ、ポッと出の男が総司令官でござい、と出てきても誰も信用はしない。


 ということで、上帝がちょっと顔を出して、「余が鍛え上げている、ケンサーン皇帝の側近である!」と箔付けをしてもらった。


「ありがとうな」


「なあに、構わん構わん。余としても、余の有する軍事知識と理論を実践する者が欲しかったところよ。ダイテイオーはあまりにも才覚に恵まれていた。故に、余の理論を受け継がなくともそこそこのことができてしまった故な」


 他、ハナメデルは優しすぎ、ケンサーンは生真面目で融通が効かなかった。

 一番向いてたのはダイテイオーだろうになあ。

 ままならんよな。


 ということで。

 ほとんど才能を持たず、野心と貪欲さだけは人並み外れているニルスは、上帝にとって最高の生徒となったわけだ。


 こうして、グンジツヨイ帝国軍とダイテイオー軍の戦争が始まったのである。


「……で、どう見るのだニルス」


「魔法兵に上空偵察をさせてますが、敵軍は散兵にて個の力で押してくる戦術ですね。噂には聞いていましたが、魔族は単体で一部隊に匹敵します。選択としては堅実かと」


「う、うむむ。ではどうしたらいい」


 ケンサーンがニルスと話し合ってるな。

 

「兵の質に差がございます。劣勢になっている場所に援軍を差し向けましょう」


「よし、そうしてくれ!」


 こうしてグンジツヨイ軍は、堅実な動きをしている。

 兵の何割かは、魔王大戦を生き延びた歴戦の戦士なのだ。

 魔族との戦い方も知っている。


 だが、新兵はそうではない。

 なので、彼らがおじけづいたり、逆に相手の力を測れずに突出したりして……。

 そういう目立ったのが死んでいるな。


 死体は俺の方で回収しますねー。


 そしてアイテムボクースの中でサッと復活させて、モニター越しに戦況を眺めてもらうのだ。

 俺の分身を置いておいて、いかに自分がアホな動きをしたのかをみっちり教え込んでいる。

 うむうむ、アフターサービスもバッチリだ。


 魔族は昼夜問わずに攻撃を仕掛ける。

 だが、人間は夜になると基本的にスペックが落ちる。


 ここで、昔はグンジツヨイ帝国に夜型の兵士が配置されており、こういう夜行性の連中が国を守っていたのだが……。

 平和になって、夜型も辺境に左遷されちゃったんだよなあ。


 平時の国がやるポカをたいていやってるんだな!

 だが、それはつまり、ケンサーンの価値観が現代の地球に近いものであると言えるのだ。

 単純にそういうのは、モンスターや魔族がいる世界との相性が悪いだけで。


 夜は城壁に籠もり、これを超えてこようとする魔族を不寝番の兵士たちが撃ち落とす。

 二交代制になってるんだな。

 だがまあ……大変そうだ。


 おっ、侵入を許した!

 これは一体の魔族だったので、兵士たちがうわーっと集まってきてみんなでタコ殴りにした。


 いいんじゃないのいいんじゃないの。

 こうして日が昇り、魔族が撤退していく。


 魔族、基本的に昼日中元気に動くのは苦手なんだよな。

 月が出ている時に、こいつらの魔力は最高潮になる。

 あくまで一般兵レベルの魔族だけど。


 なので、昼は攻めるときだぞ。

 ガンガン攻めろ!


 俺はずーっと空の上で見守っているのだった。

 ……そろそろ一旦村に戻って飯を食おう……。


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