第466話 うちからも出すか留学生

 砂漠の王子たちの中でも凡人であるニルス。

 この男が野心にあふれているのだった。

 身の丈に余る野心もまた才能である。


 彼には帝王学の魔本の他に、師が必要だろうと俺は考えた。

 ということで……。


「うちに来たのか」


 先代グンジツヨイ皇帝がふむふむと唸った。


「ああ。そろそろ次男も皇帝として板についてきただろ。やることなくて退屈してるんじゃないか?」


「していたところだ。やはりショートは余と気が合うな」


 ニヤニヤする先代。

 ニルスは完全にかしこまっているが、目だけはギラギラしている。

 おうおう、溢れ出る野心!!


「こいつはさっき説明したとおり、砂漠の王国の王子の一人だ。能力的には凡人もいいところだが、野心だけはある。それからサポート能力に長けているお陰か、他人の挙動や顔色、気配を察する力はピカ一だ」


「ほう、面白いな……。寝首をかかれぬタイプは貴重だ。小さくまとまりやすいという欠点はあるが、部下にグイグイ突き進むタイプを付けてやれば真価を発揮するだろう」


「新しい覇王を生み出してしまうのも面白いと思わないか……」


「面白いな……。実に面白い」


 俺と先代皇帝で、ぐふぐふと笑うのだった。

 ニルスが恐る恐る手を挙げる。


「あの」


「どうしたニルス」


「自分を鍛えて覇王にして下さるのは嬉しいのですが、いいのですか」


「何がだ」


「せっかく魔王を倒して世界は平和になったというのに、自分がまた戦乱を起こすかもしれないということです」


「ああ、それは困ったことだな。だが仕方ないことだ」


「仕方ない……!?」


 ニルスが目を剥いた。


「いいか? 平和なんてものは永遠に続かない。誰かが絶対に野心を持って戦乱を起こす。これだけは断言できる。必ず起きるものなら、管理できる戦乱がいい。それが俺の考えだ」


 先代皇帝もうむうむと頷いている。

 彼も持論を開陳した。 


「良いかな? かつてグンジツヨイ帝国は、もっと強大な大帝国の一部であった。大帝国は大陸を統一し、長く平和が続いた。細かな小競り合いはあっても、食料も仕事もあり、人々は生きるために闘う必要などなくなった。それでどうなったと思う?」


「どうって……」


 ニルスが考え込んだ。

 当たり前の答え、いつまでも平和に暮らしました、が出てくるわけがない。

 なぜならその帝国はもう存在しないからだ。


 平和だった帝国がなぜ存在しなくなったのか?


「へ……平和が国を押し潰したのですか?」


 帝王学の魔本から学んだな。


「その通りだ。貴様、今、自らの理性や常識を押し留めて答えを口にしたな? センスがあるぞ」


 先代皇帝は嬉しそうだ。


「平和になった大帝国は、衰退を始めた。人が生まれなくなったのよ。人が消えれば、国は維持できぬ。様々な文化が消え、仕事が消え、やがて食料にすら事欠くようになった。ここで、我が国の父祖たる初代皇帝が反乱を起こした。戦火は瞬く間に広がり、大陸全土を覆い尽くした。同時に蜂起した貴族たちは、各々の土地を王国であるとして独立。大帝国は滅亡したのだ」


「なんと……。では魔本で学んだことは真でしたか……!!」


「今はまだ良い。魔王という危機の後、人々は子を作るという意欲に燃えている。だが、これがあと十年もして平和が定着したらどうなる? 国々の協定が結ばれ、戦争は起こらなくなる。文化が成熟し、やがて世界はまるでひとつの国のようになり……」


「大帝国の過ちが繰り返されると? 自分は人間はそこまで愚かだとは思いませんが……」


「人とて所詮は獣のうち。危機がない世界で自らがのうのうと暮らせるならば、命を繋ぐ意義など持たなくなろうよ。ケンサーンめはクソ真面目に協定を守り、平和を維持するであろうが……あれは覇王の器ではない。平和を守り、維持する新たな時代の皇帝だ」


 グンジツヨイ帝国の二人の皇子。

 ハナメデルは心優しく、ケンサーンは生真面目で世界が自らに求める役割を愚直に務める。


 先代皇帝の意志を告げる、戦ができる男はこの皇室にはついぞ生まれなかった。

 だが、血ではなく、価値観を継承できる男は外部にいたのだ。


「ってことで、ニルスを預ける。帝王学の魔本も一緒だ。先代、退屈を紛らわせるついでにこいつを教育してやってくれ」


「良かろう! 血筋は申し分なし。覇気もある。野心もある。自らの理性と常識をねじ伏せる胆力もある。未知の価値観を受け入れる度量もある。こやつは化けるぞ! ぐははははは、楽しみだわい!!」


 先代グンジツヨイ皇帝は、俺が会ったばかりの頃のように目をギラギラと輝かせた。

 そうそう、今ではすっかり好々爺という感じなのだが、本来はこういうギラギラした男なのだった。

 故に、魔王軍と拮抗していられたのだ。


「ありがとうございます!! 自分、先帝陛下の全てを学び取るつもりで参ります!!」


「良かろう! 余の全てを貴様に伝授してやる! いやはや、時代が変わり、跡継ぎたちに教えられるものでもなく、余の思想と技術は消えていくものだとばかり思っていたが……。ニルスよ! 貴様はこれより、余の三番目の息子である。そのつもりで、余の教えを受けるが良い!」


「はい!!」


 俺はこの光景をニコニコして眺めた。

 よし。

 勇者村は平和なままでいられるな!


 ちなみに皇太后は、「うちの人がまた元気になって嬉しいわ。それに新しい息子だなんて。生活に張りができるというものね!」

 こっちも喜んでいるようで、なんだかんだでウィンウィンなのだった。


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