第462話 留学生、一旦帰る

 すっかり勇者村の一員として暮らしていて忘れていたが、うちには留学生がいたのだった。


 来た当初はモヤシみたいだったが、なんか妙にたくましくなっている下級貴族の息子ヤシモ。

 クロロックの薫陶を一年の間受け、さらには食べたものを病みつきにする恐るべき豆を開発した才能ある若者。


 そして商人の息子にして、魔本図書館で色々学んだ男、バロソン。

 彼は宇宙船村との強いつながりを作り上げ、タダでさえなかなかな商才をさらに開花させた。


 最後に、ケットシーの生き残りニャンバート。

 うん、お前は何も変わってないな。


 この三名が、一旦王国へ戻るのだそうだ。


「勇者村で習い覚えた知識を、必ずや王国のために活かしてみせます!」


 ヤシモが決意を語る。

 すっかり別人だな……!


「頑張って欲しい!」


 俺はヤシモと堅く握手を交わした。

 彼ならば、王国に発酵食品を広めてくれることだろう。


 この世界、基本的には焼くか煮るしか料理法がないからな。

 勇者村が例外的に様々な料理ができるだけで、蒸すとか発酵させるとかは知識がなかったりコストが高かったりだな。


「ここで作り上げたコネクションを王国でも活かしてみせます!」


 バロソンの自信に満ちた顔よ。

 こいつ、最初とは自信のあり方が違う。

 根拠のある自信になっているのだ。


 さらには、悪魔の豆と呼ばれる中毒性の高い発酵豆を流通させ、危うく王国を危機に陥れるところだったという経験もある。

 彼ならば自らの生家である商会を大きくしていくことも容易いだろう。


「頑張れよ! お前ならできる!」


 バロソンとも握手を交わした。

 そしてニャンバート。


 ……前の二人以上に得意げな表情で手を……前足を差し出してきているな。


「お前なんかやったっけ……?」


「日々美味しいご飯をいただいてちょっと労働して、惰眠を貪っていましたニャ!!」


「あー」


 よく見れば、来た頃より肥えてるなこいつ。

 太ったかあ……。


「一回りでかくなった」


「そりゃあそうでしょうニャ!」


「まあ頑張れ……」


 握手をしたのである。

 何をやってもこいつがオチになるな……。


 こうして三人は王都へと戻っていったのだ。


「寂しくなりますねえ」


「ええ。彼には私も色々なことを教えたものです」


 彼らを見送るクロロックとブレイン。

 しみじみしている。

 一年間寝食をともにし、色々教えてきた弟子たちだもんな。


 なお、見送りに来たドワーフのガンロックスはと言うと。


「ニャンバートか? あいつは暇があればサボるし、雨が降ったら仕事しないし、特に何も学んでいかなかったな。ああ、飯だけはやたらと食うやつだったぞ」


「あの猫、本当に話のオチにしかならねえな!?」


 むしろ感心してしまった。

 こうして俺たちは留学生を送り出し、三人ほど面子が欠けた毎日が始まった。


 少しばかり勇者村は静かに……。


「おとたーん!! あそぼあそぼ! ねこさんがねー」


「ウグワーッ尻尾を引っ張るのはいけませんニャー」


 あ、そういえばケットシーあと一匹いたっけ。

 そして、砂漠の王国から移住してきた、アブカリフ王の第四婦人シルカと、砂漠の王子たちがいる。

 黙々と農作業してくれているから目立たないんだよな。


 まだまだ賑やかじゃないか。

 砂漠の王国の面々は、地元に帰ると権力闘争に巻き込まれるから、実質的には永住みたいなもんだしな。

 嫁さん問題とかは宇宙船村が近い以上、解決は容易だろう。

 砂漠の王国の男たちは堀が深いイケメン揃いだしな。


「あのショートさん。実は宇宙船村をそろそろ子どもたちに見せようと思うんですよ」


 シルカに相談され、なるほどと頷く。


「シルカが監督してる王子たちも、年頃のが増えてきたもんな……」


「はい。砂漠の王国では十二歳で一人前なんです」


「早いなー」


 こうして新たな約束をした俺なのである。

 宇宙船村まで出かけて、今度十二歳になる王子のお嫁さん候補を探す、と。

 よしよし。


 仲人みたいなことをしていくのも村長の仕事だもんな。

 人間、誰しもが自力だけで関係を築けるわけじゃないのだ。


 ちなみにシルカは一人でここにいるが、アブカリフの奥さんなのでお一人様を貫くのである。


「愛人は許されていますけどね」


「えっ、そうなの」


 割り切った世界だなあ。

 シルカにとっても、愛人探しみたいな意味があるのかもしれない。

 勇者村の世界観が深まっていくな……。


 俺はあくまでカトリナ一本だぞ。

 そんなこんなで、予定を立てていたらだ。


「おいショート」


「エンサーツじゃないか! どうしたんだ」


 いきなり、コルセンターの窓が開いたのだ。


「あのな、王国で色々会議をしてだ。留学生二人はとても良かった。うん、想定していた以上の成果を持ち帰ってくれた。本当に感謝しているぞ」


「うんうん」


「だが一匹はあれだな。うん、しっかり教育してやってくれ」


「やはりな……」


 エンサーツがコルセンター越しに手渡してきたのは、ニャンバートだった。


「ハハハ、まだ王国は自分を受け入れるところまで成熟していませんでしたニャア!」


「すげえ自己肯定感だ!!」


 俺はすっかり感心してしまった。

 こうして、ケットシーが戻ってきて、勇者村は二人ほど減った状態になったわけである。


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