第459話 異世界お地蔵さん

 地蔵でいいのか?

 以前に約束した、牧畜神パンガーの手伝いに出かける俺なのだ。

 ふと考えた。


 地蔵でいいのか……?

 彼の権能を世界に広め、あらゆる牧畜を守護させるために、シンボルとなる神像やらを作る必要がある。

 それを俺は彼の前で地蔵と表現したのだが……。


「地蔵でいいのか?」


『どうしたんですか勇者様』


 ここは草原のど真ん中。

 考え込む俺を、パンガーが不思議そうに覗き込んだ。


 彼は一見して、十代前半の少年みたいな姿をしている。

 下半身が山羊の後半身なので、見分けはつくのだが……。

 純真そうな目で心配されてしまうとな。


「大丈夫だ。地蔵で本当にいいのかと考えていたんだ」


『地蔵ですか。逆に言えばどういう問題があるんですか?』


「俺の世界の、別の宗教のシンボルなんだよ。似たようなものに道祖神とかトーテムポールとかもある。ああ、トーテムポールという手があったな。だが……」


 じっとパンガーを見る。

 角笛だけを持った、上半身裸、下半身は山羊の彼だ。


 どこにもトーテムポールっぽいイメージがない。


「うーん」


『あっ、また考え込んでしまった。ここはあれですね。僕が親しい牧夫たちを集めて知恵を借りましょう』


 そういうことになった。

 パンガーが角笛を吹くと、あちこちから牧畜に関わる人々が走ってくる。


『彼らを呼び寄せる音色です。あまり長時間留まらせると、家畜によろしくないので短時間でやりましょう』


「なるほど、流石は牧畜神の権能だ」


 俺は感心した。


「なんだべなんだべ」「牧畜神様、どうしたんだべか」


『こちらの方は世界を救った勇者様』


「ほえー」「はえー、たまげた」


 素朴に驚かれたな。


「どうもどうも。証拠を見せます。はい、これ何もないところからお裾分けのイノシシ肉。燻製してジャーキーにしてあるからみんな酒のアテに食って」


「ほえー! 虚空からジャーキーが出てきた」


 虚空って言葉知ってるのかよ。

 とにかく、食べ物をあげるとみんな仲良くなるものだ。


 ここから、牧畜神の加護を世界中に広めたいという話になった。

 どういう物が、そのためのシンボルにちょうどいいだろうか。


「そうだべなあ。やっぱり家畜っちゅうたら犬でねえか」


「牧畜の手伝いしてくれるのありがてえよなあ」


「だけんども、犬の像だとパンガー様だってわかんねえよなあ」


「パンガー様は山羊だもんなあ」


 おお、みんな考えてるな。

 だが、叩き台も無いところであれだこれだと言っても非生産的だろう。


「俺の持ってきた見本を見せる。こいつとこいつとこいつ」


 俺はその場で、地蔵と道祖神とトーテムポールを作ってみせた。

 ほえー、と感心する牧夫たち。


 そこから、ああだこうだと相談が始まった。

 あまり長引いても良くないので、俺は茶を淹れ、彼らはジャーキーを食いながら激論を交わした。

 三十分ほどで結論が出た。


「角笛の形がええだな!」


「この、勇者様が出してくださったイチモツの像と同じ感じだべ」


「山羊だからちょっと曲がりくねってもいいだな」


「おらのも右に曲がってるだけどな!」


 おっ、下ネタを言ってだっはっは、と盛り上がる牧夫たち。

 俺も笑った。


 そして解散である。

 みんなそれぞれの持場に戻っていった。


 気持ちのいい連中だなあ。


「一瞬で片がついてしまったな」


『はい。ありがたい限りですよ。彼らのために僕も頑張りたいです』


 牧畜神と牧夫たち、ウィンウィンな関係なのだ。

 では、角形道祖神を作っていくとしよう。


 俺はパンガーを連れてまた勇者村に戻った。

 ブルストに作業を依頼するためである。


「牧畜神のシンボルをな。この角笛みたいな感じで、でかさは1m……」


「なるほどな。地面から生えて天を突く角ってわけだ。え、山羊だから曲がりくねってる? いきなり難しくなったな」


 だが、ブルストと言う男は有能なのだ。

 図面さえあれば、それをバッチリ作ることができる。


 今回の図面は、賢者ブレインに依頼した。


「なるほど、神の権能を広く伝えるためのシンボルですか。でしたら設計図で、地面深くに埋め込むための根を用意せねばですね。素材は石材がいいでしょう」


「なになに? 神様の像を作ってんの? なにこれ? 曲がったちんちん?」


 ヒロイナもやって来た。

 大胆なことをいうやつだなあ。


「いやいや、元ネタはそれだが、こいつは角笛だ。パンガーの角笛の音色が遠くまで届き、牧夫たちを守れるように、というイメージでだな」


「ふうん……。だったら、ユイーツ神様のシンボルはここに聖印を刻むわね。基部の部分。見えないとこだけど、角で信仰を受け止めて基部で土地に根付かせるみたいな……」


「なるほどな!」


 現役聖職者の意見は参考になるなあ。

 連れられてきたダリヤちゃんが、試しに作った角笛の像を興味深げにじっと見ていた。


 子どもが触るかも知れないな。

 尖らせるのは止めたほうがいいだろう。

 尖ってると欠けてしまうかもだしな。


 こうして、シンボルは徐々に完成へと近づいていった。

 そしてついに……!


「よし、完成だ!!」


 ブルストが宣言した。

 でかい。

 太い。

 そしてねじくれている。


 見事な角笛の像がそこにはあった。

 地面に深く埋め込むための根があり、像の中央部にはパンガーの聖印がある。


 聖印デザインはヒロイナだ。

 世界最高レベルの司祭の作ったもんだからな。

 しかも最高神であるユイーツ神が協賛してる。


 これは効果があるぞ……!


『皆さん、ありがとうございます! ありがとうございます!!』


 パンガーが飛び上がって喜んだ。


『後はこれを世界中に植えるだけで……世界中に……!』


「おう、手伝うからな」


『何から何までありがとうございます……!!』


 気にするな。後でチーズとかミルクで返してくれればいいから。


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