第446話 思わぬ再会
さて、地元の市役所回りには全く時間をつぶせる場所がない。
せっかくなので、久方ぶりの街中を眺めながらカトリナと歩くことにした。
「ほえー。何回来てもびっくりすることばっかりだよー。本当に、異世界なんだなあって思うなあ」
「だよなー。文明の進み方が全く違う。こっちは物質文明で、ワールディアは魔法文明だ。色々変わるよなあ。あっちだと、魔法が発達しすぎて現代兵器より強いのがガンガンにあるからな」
「へえー。こっちにも凄い魔法みたいなのがあるんだ! 怖いなー」
「ハハハ、俺の故郷は比較的平和だから安心だ。だから海乃莉だって一人で通勤したりしてるんだぞ」
「ええーっ! ワールディアだと、女の子一人だと危ないから絶対に暗くなったら歩かせないのに! 勇者村が例外だけど」
「だよなあ」
勇者村、極めて平和な場所なのだ。
ワールディアにおける特異点と言えるだろう。
「あ、ここ運動場」
「運動場!? あの立派な建物が!? 国の、その、えーと」
「コロシアムみたいな?」
「そう、それ! グンジツヨイ帝国にあったと思うけど。ああいう風な」
「俺の故郷はこの国だとそこまで栄えてない地方なんだよ。でも、そこでもこれくらいの運動場はある。あとスケート場もある」
「スケート……?」
「こっちの世界の冬にまた一緒に来ような。きっとマドカも喜ぶぞ。凍ったリンクの上をこう、刃物みたいなのが付いた靴でツルーっと滑る」
「???」
カトリナには想像もできないらしい。
では、ここで映像を出して説明を……と思ったが、空中にスケートリンクの映像を投影した所で、近くを歩いていたお年寄りたちがポカーンと口を開けて立ち止まったので思いとどまった。
いかんいかん!
ここはワールディアじゃないんだから自制せねば。
運動場は自由に入れるので、ぶらっと覗いてみた。
ゴムが埋め込まれて作られた地面に、白墨でコースが描かれている。
学生の頃はここで走ったなあ。
俺はオタクだったが、体力だけは馬鹿みたいにあった。
なので、運動部連中とマラソンで凌ぎを削ったもんだ。
帰宅部だったが、自宅まで数キロを全力疾走で帰宅したりしてたからな。
心肺能力が鍛えられていたのだ。
思えば、あの頃から俺はおかしかった気がする……。
「ショートが遠い目をした!」
「遠い目にもなる。若い頃な」
「えっ、ショートの若い頃の話!? 聴きたい聴きたい!!」
カトリナにはしゃがれてしまった。
ハハハ、では語らねばなるまい。
……そう言えば、彼女に俺の過去の話をしたこと無かったな。
運動場の観客席……芝が植えられているところに上がって、二人で座り込んだ。
「学生の頃になー」
「うんうん」
並んで昔話などを聞かせている。
運動場では、親子連れが一緒に走ったり跳んだりしている。
ここは一般にも解放されていて、存分に走り回れるんだな。
その親子の一組が、近くまでやって来て「あれっ!?」と言った。
「お?」
「もしかして、翔人じゃないか!?」
「おー!! 貴之か!」
高校の頃の同級生だった男だ。
顔がよく似た小さい男の子を連れている。
男の子は、俺が立ち上がると、貴之の足にムギュッとしがみついた。
人見知りだ。
可愛い。
「あ、うちのちび。貴博。ほら貴博。パパの友達だぞ」
「ん!」
小さい男の子の貴博くん、貴之の足にくっついたまま離れない。
微笑ましくて、思わず、俺もカトリナも微笑んだ。
「しかし翔人、お前、本当に帰ってきたんだなあ……! いきなり行方不明になって四年だろ。そしたら今度はいきなり捜索願いが打ち切られてさ。お前が見つかったって、しかも結婚してたんだって?」
「おうおう。お前ももう子どもいるじゃん」
「おー、貴博なー。俺にそっくりで可愛いだろ!」
この貴之、元陸上部で、俺と体育祭において、マラソンで競い合った男なのだ。
あの頃は、帰宅部でありながら規格外の心肺能力を持つ俺をライバル視していた気がする。
「で、翔人。そっちの美人さんがもしや……」
「俺の奥さんのカトリナだ」
「が、が、外人さん!!」
貴之が衝撃を受けた。
カトリナがニコニコしながら会釈する。
日本人的な礼儀にも慣れてきたものだ。
俺はカトリナに、ちょろっと翻訳魔法を掛けた。
「ショートの妻のカトリナです。よろしくお願いしますね」
「おおーっ……」
貴之、まだ衝撃でぶるぶる震えているな。
「パーパ! おに! おに!」
貴博くんがカトリナの角を指さしている。
鋭い。
「こら! 人に鬼っいうやつがあるか!」
「いいんですよー。貴博くん、こんにちは」
カトリナが優しく声をかけると、貴博くんはハッとした。
そして、もじもじする。
「ほら貴博、こんにちはしような。こんにちはーって」
「にちわー」
「はい、こんにちは」
カトリナに返されて、貴博くんがぴょんと飛び跳ねた。
そして貴之の後ろに隠れてしまう。
……いたいけな男子の心を乱してしまったのではないか?
若くて溌剌とした、外人のお姉さんだからな、カトリナは。
ライトブラウンの髪に、ほどよく日焼けした健康的な肌。
そしてボリューミーかつ引き締まったプロポーション。
貴之の影から、チラチラカトリナを見る貴博くんなのだった。
ハハハ、うちの奥さん可愛いだろう。
「ちなみに貴之。うちにもちびが二人いる。どっちも女の子だぞ」
「そうなのか! ははあ……、お前も人の親かあ」
「お互いにな!」
そんな話をして、わははと笑いあったのだった。
最近のこの辺りの話などをする。
「人は減ってるよな。生まれる子どもの数も減ってる。仕事も多くはないし、まあ大変だよな」
「そうかー。子どもが少ないと、やっぱ寂しいよなあ」
小さい子がたくさん駆け回る、勇者村の光景を思う。
あれは俺の理想像である。
「お前はどうなんだよ、翔人」
「おう。俺は村長やっててな」
「村長!?」
おっと、俺が話す内容、こっちの世界だととんでもない事ばかりなんだった。
「つまりな、俺は外国みたいなところで村長になってて、村人もたくさんいる……」
「へえー!! 人生色々だなあ……」
大変感心されてしまった。
その後、SNSのアドレスを交換しよう、という話になったのだが。
俺がスマホを持ってないと聞くと、貴之が唖然とした。
「お前、今の時代に持ってないのか! あ、いや、海外にいるんだもんな。電波が通じないんだろうな」
理解が早くて助かる。
ワールディアでスマホは役に立たないぞ。
インターネットが無いからな
こうして思わぬ再会をした俺は、故郷を堪能したのだった。
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