第444話 勇者村、異常なし

 その日、子どもたちはもりもりとご飯を食べ、すぐにぐうぐう寝てしまったらしい。

 生まれて初めて魔力を練った子がほとんどだったのだ。

 そりゃあ疲れるだろう。


 だが、子どもの回復力というのはとんでもない。

 翌朝、元気になったちびたちが食堂に現れた。

 みんなできゃいきゃいとお喋りをして、いかにシャーベット魔法シャリシャリを使うかという話をしている。


 内容そのものは、川の水をシャーベットにするとか、熱いスープが苦手だからシャーベットにするとか他愛もないものだ。

 しかし、小さい人々は真剣そのものなのだ。

 自分たちに与えられるこの力を、いかに使うかを話し合っている。


 いいことだ。

 まだ、大人のよこしまな感情がないからこその発想。


 なお、シャリシャリは多分、子どもサイズの器一杯の丘ヤシジュースをシャーベット状にする程度の威力しか無いので、スープや川の水には通じないだろうな。


 二日連続子どもたちをフリーにするのはいけないということで、ヒロイナとリタが教会に彼らを集めた。

 お遊戯などをするのであろう。


 俺も午前中は仕事だ。

 野良仕事に精を出す。


 なんか両親もやって来てて、市郎氏と挨拶している。

 市郎氏はシャルロッテと同棲するようになり、大変仲睦まじいようである。


「ところで子どもはできたのかい?」


 うちの父親がいきなりデリカシーのない質問を!

 済まんな市郎氏!!


「いやあ、その、すぐにできてしまってもカールくんに悪いですし……」


 耳をそばだてる俺なのである。

 つまり、ちゃんと愛を育んではいるわけだな。

 奥手そうな市郎氏だが、ちゃんとシャルロッテをリードしているではないか。


 俺はホッとした。

 カールくんがどれくらい、市郎氏を受け入れるようになるかが肝だ。

 彼にとっての父は、いつまでもあの伯爵であろうしな。


 ただ同時に、伯爵は自分と母を追い出した存在でもある。

 伯爵としては、シャルロッテとカールくんを守るためでもあったのだろうが……。


「ししょう!! ざっそうをぬきおわりました!」


「おお、お疲れ、カールくん。そっちでルアブと一緒だったと思ったけど」


 ルアブは、アキムとスーリヤのうちの次男坊。

 今は長男アムトと夫婦になった少女、リタに惚れていたのだが……。


 兄にかっさらわれたし、自分はまだまだ子どもだしで、早急に大人になるべく頑張っている。

 そろそろ十歳が見えてくるのではないか。

 村に来た頃の、リタとピアくらいの年頃だ。


「ルアブはガンロックスさんのところにしごとにいきました!」


「そっか。あいつも色々やってるなあ」


 どうやら、午後も休まず様々な仕事を手伝いに行っているらしい。

 魔法の才能が全くない彼だが、勇者村の実務要員としてどんどん力を上げていくことだろう。


「ししょう、もうすぐおひるですよね」


「そうだな」


「シャリシャリ、ぼくなりにかんせいさせてみました」


「ほんと!?」


 俺の魔法を受け継ぐ秀才、カールくん。

 なんと自宅でお椀に水を入れ、これをシャリシャリによってシャーベット状にする自主練習をしてきたらしい。


「こんなかんじで……シャリシャリ!」


 カールくんが魔法の名を唱えると、彼の足にまとわりついていた水が、少しだけサラサラのシャーベット状になった。

 すぐに周囲のぬるい水に溶かされ、流れていく。


「凄いな。間違いなくシャリシャリだ。これはカールくんが名付け、形として規定したことで、世界にシャリシャリという名の魔法が誕生したことになる。君は一つの全く新しい魔法を作り上げたぞ」


「そうなんですか!? ししょうだってできます!」


「俺のは、もっと火力が高い魔法を無理やり調整して、力技で再現しているだけだ。君のシャリシャリは、お椀一杯ぶんの水分をシャーベットにすることだけに特化した、全く新しい魔法だ。凄いな。いや、驚いた!」


 これなら、小さい人々はシャリシャリをすぐに習得するだろう。

 若き秀才が、シャリシャリを新たな魔法として規定し終えているからだ。


 既にあるものを身につけるのは、まだないものを生み出すよりもまだ容易い。


 午後になって、わーっと集まってきたちいさい人たち。

 昨日の容量で魔力をねりねりして、みんなが目の前のお椀に集中した。


 そこにあるのは、丘ヤシのジュースである。


「シャリシャリ!」


 ちびっこたちが叫んだ。

 正しき手順で魔力を練り、正しき魔法の名前を呼び、正しき対象に放った。

 そうなれば、才能など関係ない。


 全員が魔力を練れるならば、やり方が正しく、対象が正しいなら、魔法は効果を発揮する。

 果たして、丘ヤシジュースは見事なシャーベットに変化したのである。


「うわー!!」「やったー!」「つめたーい!」「おー」


 小さき人々が口々に喜びを表現する。

 そして、ハッとした。


 匙がない。


「匙は俺がサービスしよう。今度はこれも魔法で作ってみような」


 念動魔法を用いて、人数分の匙を作る。

 そして、みんなはシャーベットをパクパクと食べ始めた。


 これで、いつでもどこでもシャーベットを作れてしまうな。


「ところでみんな、一つだけ注意だぞ」


 食べ終わった頃合いで、俺は告げた。

 ちびっこたちの視線が集まる。


「シャーベットは、一日一回まで。そうじゃないと、怖いことが起きるぞ」


「こわいこと!?」


 驚きで目を見開くマドカ。 

 そう、怖いことだ。


「シャーベットの食べ過ぎでお腹が痛くなる。お腹が痛くなると、その後のご飯が食べられないぞー! 外でも遊べない。一日中お家の中で寝てないといけなくなる」


 ちびっこたちは、「キャーッ」と震え上がった。

 ご飯も、外遊びも大好きなのである。


 彼らはきっと、シャリシャリを一日一回しか使わないでいてくれることだろう。


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