第441話 王子、初めての壁
「おまえ、なんだ!」
「まおだよー。あれくすちっちゃいねー」
「うーわー」
マドカにひょいっと抱っこされて、くるくる回られてしまったアレクス王子。
大混乱である。
「あわわわわ、あばば、びえー!」
泣き出してしまった。
「ないちゃった!」
さすがのマドカもこれにはびっくり。
トテトテとトラッピアの足元まで走ってきた。
「はい!」
「ありがとう。アレクスったら、びっくりしてしまいましたのね」
母に抱っこされて、落ち着いてくるアレクス。
そして愕然としている。
敗北を刻まれてしまったな。
アレクスが、すっかりマドカを恐れてトラッピアから降りてこなくなってしまった。
流石に長時間抱っこするのは大変なので、トラッピアからハナメデルへと王子の譲渡が行われた。
マドカから少しでも離れたところへ移動できたためか、アレクスはホッとしたようだ。
「ぶー! いっしょにあそぼうよー」
「マドカ、人とライオンは一緒に遊べないのだ」
「んー?」
「あまりにも力に差があり過ぎると、一緒に遊ぶのが難しい。もうちょっと大きくなってからだな」
「そかー」
納得してくれたようである。
こうして、女王と王配に案内されつつ、城内の中庭へ向かう。
俺がこの城にいた頃とは違って、大きく改築がされている。
未だにあちこちで工事が行われているのだそうで、槌音が響き渡っていた。
「公共事業なのですわ。城をより大きく、あるいは古い部分を新しく作り直すことで、常に金の流れが生まれるの」
「確かになあ……。これがあれば、細かい細工や城を作れる技術者を常に維持できるってわけか」
「そうなりますわね。無駄遣いのように思われても、それはお金の動きを生み出しますもの。金は人に流れ、社会に流れ、多くの人々を養うことになりますわね」
「視野が広い」
「平和な時こそ、意識して金の流れをコントロールせねばなりませんわよ? エンサーツが教えてくれたのですわ」
「あいつ、いい先生になってるんだなあ」
人は変わっていくし、人間関係も変わっていくのだ。
諸行無常である。
マドカは中庭を、トテトテと走っていく。
中央に噴水を見つけて、水面を覗き込んだ。
「おさかないる!」
「魚いたかー」
色鮮やかな淡水魚が何匹か放されていて、そいつらがすいすいと泳ぎ回っている。
「中庭にしては妙に明るいな。これは……。あっ、あちこちにガラスが嵌め込まれているのか。自然光が入ってきてるのだ」
「ええ、そうですわ。ガラスは常に磨き、多くの光を取り入れるようにしているのですわよ?」
「自然環境のままとは行かないけれどね。できる限り、安全な環境でアレクスにも緑と触れ合って欲しいしね」
「つまりこれは、王子のために作られた人工庭園ってわけか。王室の居住空間に、こんなとんでもないものが作られているとはなあ……」
天蓋で覆われているから、雨風に晒されることはない。
季節が変われば花が咲き乱れるのだそうだ。
「鳥や虫はいないのか」
「自然をそのまま取り込むことはできませんもの。鳥は天井にぶつかって死んでしまうでしょう? 虫は不衛生ですわ」
「確かになあ」
花の受粉などは、業者を呼んでやらせているらしい。
いちいちやる事の規模がでかい。
虫の代わりを務める仕事があるのか。
マドカはしばらく魚を眺めていたかと思うと、木々の間をトテトテ走っていく。
おっ、木登りを始めた。
猛烈な勢いで、一番高い木を登りきったぞ。
「おとたーん!! あれくすー!」
「おーう!」
俺は手を振り返す。
アレクスはと言うと、ポカーンと口を開けてマドカを見上げている。
木登りという概念すら知らなかったのだろう。
「アレクス、木登りをしてもいいんだよ。だけど、落ちたら危ないからちゃんと僕らがいる時にすること」
「うー」
ハナメデルの言葉にも上の空だな。
マドカの挙動が気になるか。
年格好が近く、自分にひれ伏さず、エネルギーの塊みたいな娘だ。
「ううううう、うー! あれ!」
「おう、マドカな」
「ま、ま、まど、か」
「優秀優秀。2歳で分かるってのは、本当に頭いいなアレクスは」
アレクスのできの良さを理解しているトラッピアとハナメデル、にっこりする。
周りに競う相手がいなければ、優秀なアレクスは勝利し続けるまま成長してしまう。
それは、どれほど優れた人品の素養があったとしても、歪んだ人間になってしまうと二人は考えているのだろう。
壁が必要だ。
身近だが届かない存在。
それが、世界の広さを理解させてくれる。
そして、新しいチャレンジを行い、自ら世界を広げなければいけないというモチベーションを与えてくれる。
「アレクス、マドカは凄いだろ。お前さんは優秀なお子さんかもしれないが、世界は広いんだ。超広い。マドカよりある意味ヤバいやつもいる。そいつは人格まで優れてるから本当にヤバいぞ」
「おお……」
意味は理解できないまでも、マドカみたいなのがゴロゴロいるらしいと察したアレクス。
ポカーンと口を開いている。
おお、よだれよだれ。
ハナメデルが、アレクスの口をごしごしした。
「あれ! あれ!」
「おや、アレクスも木登りしたがっているみたいだね」
「ちょうどわたくしたちもいますし、チャレンジさせてあげてもいいんじゃないかしら」
夫婦が顔を見合わせて笑った。
よしよし、では王子様が木登りチャレンジしやすいように、マドカを回収するとしよう。
俺はヒョイッと木のてっぺんまでジャンプし、そこに浮遊した。
「マドカ!」
「はーい!」
木の枝を蹴って、マドカがジャンプしてくる。
キャッチ!
ふと見下ろすと、アレクスは目をまんまるに見開いてこれを見上げているのだった。
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