第438話 革の鎧から可愛いお洋服へ……

 日々、カトリナは刺繍の練習をしていた。

 お仕立て能力は確実に向上しており、俺が日々身につける野良着はカトリナ謹製だ。

 貫頭衣に毛が生えた感じだった服が、ちゃんと縫製されたものになり、着心地もアップだ。


「最初の頃はすごく頑丈な服を作ってたのになあ」


「うん……毛皮を縫い合わせるのと同じ感じで作ってた。私やお父さんが着てた服は、あの頃は見よう見まねで作ってたから……」


「うんうん、多分あれ、縫製の部分が異常に頑丈で、布が破れても縫い目だけは絶対ほどけないやつだったよね。懐かしい」


 俺は遠い目をした。

 我が家の子どもたちは二人共寝てしまい、今は夫婦の時間。


 カトリナが針仕事をするのを、のんびりと眺めているのである。

 手付きもどんどん様になってきている。

 凄いものだなあ。


 カトリナの向上心は凄い。

 彼女はオーガという種族で、これが創造性というのものが無い種なのだ。

 これは仕方ない。


 だから、独創性というものを出すことが出来ない。

 その分、カトリナは愚直に教えられたことを繰り返しながらマスターしていく。

 パワー特化のオーガながら、繰り返せば繊細な動作もマスターしていけるのだ。


 人の可能性を感じる……。


 俺はちょっと共同台所へ行き、アイテムボクースから干し肉を取り出した。

 これを薄切りにし、指先から炎を出してちょうどいい感じまで炙る。

 今回はちょっと固めで行こう。


「カトリナ、お茶にしよう」


「あっ、ショートがお茶淹れてくれたの? ありがとう!」


「おう。手を離してもモグモグやれるように一口サイズ。お手製ジャーキーだ。塩味付けてあるから、喉が乾いたらこの冷たいお茶を飲んでな」


「気が利くなあー。あむっ」


 ジャーキーを口に運び、カトリナがニコニコする。


「おいひい」


「そりゃ良かった。エネルギーを補給しながら頑張ってくれ!」


「うん、頑張るよーっ!」


 ガッツポーズをするうちの奥さん。

 うむうむ、頑張って欲しい!


 ちくちくあみあみと作業を進めているカトリナ。

 ジャーキーはいつまでもモグモグ噛んでいられるので、いい感じみたいだな。


 そうこうしていると、真夜中の訪問者がもがもが言いながら現れた。


「アリたろうじゃないか。どうした。暇になったのか?」


「もがー」


「ほう、いつもは寝ている時間なのにまだ明かりがついていたから覗きに来たのか。そうかそうか。せっかく来たのにそのまま帰るのもなんだ。ちょっと待ってろ」


「もが」


 トコトコ入ってきたアリたろう。

 いつもはマドカが座っているちびっこの座席を、えっちらおっちら登って、ストーンと腰掛けた。


「器用なもんだなあ」


 俺は感心しながら、アイテムボクースから丘ヤシを取り出す。

 これを結界魔法で包みながら、複数の超小型結界を同時展開。


「内部結界右回転。外部結界左回転。超小型結界群は適当に暴れて」


 俺の手のひらの上で、丘ヤシを包み込んだ結界が荒ぶり始めた。


「もがー!」


 驚くアリたろう。

 カトリナは一心不乱に刺繍をしており、全く気付かない。

 凄い集中力だ!


 それに俺がやってることは、注目されるような事でもない。

 この世界の一般的な魔法の最高難度のものよりも幾つか次元が上の魔法なんだが、やりたいことは分かりやすいのだ。


「見ろアリたろう。丘ヤシが……ほーら、半固形状のドロドロになっちゃったぞ。これはミキサーをする魔法なんだ」


「もがー」


 アリたろうは感心して、前足をペタペタ叩き合わせた。

 超高難度な魔法を使用して、スムージーを生成するだけの行為!


 まあ、魔法なんかこういう下らない使い方をするものでいいのだ。


 俺は結界を器にして、アリたろうにスムージーを差し出した。

 ちゃんと触れられるよう、結界の反発力のバランスをコントロールしてある。


 アリたろうがこれを、ペロペロやり始めた。

 おお、もりもり飲んでる。

 飲んでるというか食べてる。


「ショート、私も飲みたーい!」


「はいはい。可愛いお嫁さまのご注文とあらば」


 俺はさらにミキサー魔法を使用し、丘ヤシスムージーを生産した。

 これ、今思いついて使ったから命名してないな。

 ミキッサーとか呼んでおくか。


「もが」


「なに? 今すごくネーミングセンスに問題がある名付けがされた気がするって? 気にするな気にするな」


 こんな魔法は適当でいいのだ。

 活用すれば小さな並行世界を滅ぼすくらいのことができるだろうが、今は丘ヤシスムージーを作るためだけの魔法だからな。


「おいしいー!! やっぱり甘いものも大事だよねえ」


 カトリナが笑顔になった。


「タンパク質に塩気に、お茶に甘味。すべて揃ってしまったな。で、進捗はどうですか」


「ひとまず完成です」


 奥さんはえっへん、と胸を張った。

 おお、頼もしい!


 それは、鳥が翼を広げた刺繍だった。

 なるほど、スーリヤが教えてくれたサバクハヤブサの……。


「おや? 色がサバクハヤブサとは違う?」


「気づいた? 本当は黄色を使うそうなんだけど、私は別の色を使ったの。ね、きれいな緑色でしょ?」


「緑色の鳥……。翼を広げて……。ああ!」


 俺は手を打った。

 その刺繍が、誰を表しているかが分かったからだ。


「トリマルかあ……! そうか、デザインはそのままで、色を変えたらトリマルに見立てられるんだ! カトリナが考えたのか?」


「うん。一生懸命頭を捻って、そうしたらやっぱり、マドカが大好きなお兄ちゃんの刺繍だと喜ぶだろうなって」


 それでサバクハヤブサを選んだわけか。


「あー、これは俺も嬉しいなあ。そして俺も欲しい!」


「そお? じゃあ、張り切って作っちゃおうか!」


 カトリナも乗り気になった。

 これは近々、マドカと俺でペアルックになりそうなのである。


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