第435話 サーラはオシャレさん

 アキムとスーリヤのうちの末娘、サーラ。

 マドカのいい遊び友達だった彼女も、すっかりお姉さんだ。

 マドカよりもひとつ年上だから、四歳だろうか。


 この間まで、お兄ちゃんたちの後ろをトテトテついて回っていたかと思ったら、今度はマドカの手を引いて色々教えてくれるようになり、気付いたらもっと年下の子たちのお世話などするようになっていた。

 マドカの中では、この一つお姉さんなサーラは特別な位置にいるようである。


「マドカー!」


 ある朝のこと、サーラがトテトテ走って我が家にやって来た。

 朝食が終わり、午前の野良作業を始めようかという頃合いである。


「サーラー! あーっ!!」


 マドカ、すぐに気づく。

 やって来たサーラの服は、きれいな刺繍が施された可愛らしいワンピースだったからだ。


「凄いなサーラ。それどうしたんだ」


「えへへ」


 俺が問うと、サーラが照れてもじもじした。

 照れ屋で人見知りするタイプなのである。


「どしたのサーラー!」


「うん、あのねー。ママがつくってくれたの。マドカにみせたくってー」


「おー!!」


 マドカ、感嘆の叫び。


「さわっていーい?」


「いいよー」


 マドカ、指を自分の服でゴシゴシしてから、そーっと刺繍に触る。

 そして、「おおー」と感動しているのだ。

 

 丘ヤシの花の刺繍だなこれは。

 見事なものだ。

 スーリヤの指先は本当に器用だからなあ。


 マドカがくるっと振り返った。


「おかたん!!」


「はい!」


 カトリナがビクッとしたな。

 今、気配消してたからな……!


「まおもあれほしい!!」


「あれって、可愛い刺繍のワンピース?」


「うん!!」


「うわー」


 呻くカトリナ。

 別に不器用ではないのだが、刺繍とかのセンスはオーガという種族の特性上乏しいのだ。

 見本があればできるだろうが……。


「じゃあ俺がやろうか?」


「だめ!!」


 カトリナ、割りと強い語気で止めてきた。


「ショートなんでもできるけど、これはお母さんの仕事だから! 私のお仕事に入ってこないでね! すぐ取られちゃうから!!」


「アッハイ」


 凄い危機感だ。

 確かに、俺はアホみたいな集中力で刺繍をすぐさまモノにするであろう。

 だが、ワンピースはサーラのママたるスーリヤが仕上げたのだ。


 これは、母としてカトリナが仕上げねばならぬ。

 そういうことであろう。

 女のプライドだ。


「がんばれ、カトリナ!」


「がんばるよ! ……まず、スーリヤさんに教えてもらいに行ってくるね……」


「ですよねー」


 これからしばらく、カトリナの戦いが始まりそうである。

 それはそうと、可愛いワンピースを着たサーラは、マドカを誘いにやって来たのだ。


「これからね、むらをぐるーっと回るの」


「おー! かわいいふくみせるのね!」


「そう! いっしょにいこ!」


「いこ!」


 二人はトテトテーと駆け出していってしまった。

 いかん!

 これはどこかでサーラが転び、泥がワンピースに付いて泣くパターン!


 俺はそれに備えねばならんのだ。


「アリたろう! いるか?」


「もが」


 ここに!という感じで、アリたろうが現れた。

 彼はどこにでも現れる。


「頼みがある」


「もが」


「サーラが可愛い服を作ってもらって、マドカと二人で村を練り歩く」


「もがが」


「絶対に転ぶ。そう思わないか?」


「もがー」


 アリたろう、頷く。


「だから、転んだところをカバーしてやってくれ。小回りの効くお前にしか頼めないことなのだ」


「もがー!」


 お任せ!ともふもふの胸をぱーんと叩くアリたろうである。

 頼れるやつだ。

 これで安心して、俺は野良仕事をすることができるというものだ。


 畑の世話をしていると、アキムが雑草を抜いているではないか。


「おいアキム。サーラがめちゃくちゃ可愛いワンピース着てたな」


「おっ、見たか? 宇宙船村できれいな布を仕入れたんだ。スーリヤが釣った魚を干してな、売りに行ったら交換してもらえてな」


「そうだったのか。あの村、どんどん市場規模もでかくなってるからなあ。そろそろ町だろ」


「宇宙船町か! そうかもしれないなあ……」


「マドカがカトリナに作ってくれってせがんでな」


「マドカちゃんがかい? わっはっは、そりゃあ、カトリナさんは大変だなあ……」


「スーリヤ器用だもんなあ」


「おう。俺の奥さんは本当になんでもできるからな! あんな出来た女が、俺を選んでくれたってのが本当に嬉しいよ。俺の人生最高の勝利だよ」


「アキムはなんだかんだで真面目に働くからな。これからの平和な時代、男は地道に仕事できるのが一番だ」


「そんなもんかね……!」


 だが満更でもなさそうなアキムである。

 そうやって仕事をしていたら、遠くをちびっこたちが通りかかるではないか。


「パーパー!」


「おとたーん!」


 サーラとマドカの二人が、あぜ道でブンブン手を振っている。

 いつもはお姉さんなサーラも、可愛いワンピースをもらって浮かれている今日は、年頃の子どもに戻っている。

 いいことだいいことだ。


「パパー! あのねー! おようふくがねー!!」


「あっ、サーラ!」


 進み出たサーラ、ずるっと滑った。

 来ましたわー。


 そこへ、「もが!!」と疾風のように駆け寄るアリたろう!

 畦をズザザザーっとスライディングしながら、今まさに転ぼうとしていた、サーラの真下に滑り込んだのだ。


 サーラがぼよーんと、アリたろうお腹の弾力で撥ねて元の位置の戻った。

 これをマドカがガッチリキャッチする。


「ふわー」


「あぶなかったねーサーラ。アリたろうありがとー!!」


「もがー!」


 俺はこの光景に、悲劇を防げたという達成感を得るのであった。


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