第434話 冷やしきゅうりについての考察
「ふーむ」
クロロックが唸っている。
横にパピュータもいる。
ここは川べり。
乾季の間は、彼ら両生人は水辺や森の中で過ごしているのだ。
夕方から夜になるとこっちにやって来るぞ。
「二人揃って何をしているんだ」
「やあショートさん」
クロロックが顔を上げた。
付き合いが長いので、表情が分かりづらいカエル人でも、どんな顔をしていたのかが分かるようになったぞ。
「思い悩んでいたな。クロロックほどの男が悩む問題とは……。畑関係? そうでなくば食の問題だろうか」
「ご明察。後者です。先日カッパの九千坊さんが遊びに来ましたからね。彼から、きゅうりの食べ方について色々とご指導いただいたのです」
「ほう。味噌をつけるとかは俺もよく知っているが……。それにクロロックはどちらにせよ丸呑みじゃないか」
「のどごしが変わると言われたのですよ。これは放ってはおけません。ですので、その教わった調理方法を今行っているところです」
調理方法……?
二人で川面を覗き込んでいるだけに見えるが……。
「これです! です!」
パピュータが、手にした紐を指さした。
紐が水面に垂らされている。
そして、川の中にあるのは……。
「あっ、流水できゅうりが冷やされている!!」
俺はショックを受けた。
都会(東北のとあるタコに似た半島と大きな干拓島がある県の県庁所在地)出身の俺ではあるから、きゅうりを川で冷やしているのを見たことはない。
だが、心の奥底にある日本人的ノスタルジーがしっかりと覚えているのだ!
まあ、川の水は雑菌も多いから、それにまるかじりするきゅうりを浸けるのはどうかと思うけどな。
両生人は胃が丈夫なんである。
「村長がこんなことで驚くとは! とは!」
「うむ。驚くポイントみたいなのがあるんだ。これはなんか無性に懐かしくなってな……。ああ、流水はいろいろばっちいから、人間向けは汲み上げてから一旦沸かして冷ましたものにしよう」
「なるほど! 疑問を感じながら冷やしていたのですが、そうでしたか。ワタシ、よく理解しました。湯冷ましを使って冷やしたものも用意しましょう。乾季なら夜は多少冷えますし、それを使えばいいでしょう」
そういうことでまとまった。
なお、俺は流水に濡れたきゅうりも、ドクトールの魔法で無害化できる。
いい加減冷えただろうということで、三人できゅうりを引き上げた。
「いや、ちびっこが近くにいなくて幸いだったな」
「ああ、子どもはすぐに手にしたものを食べてしまいますからね」
うむ、ぽんぽんが痛くなってしまうだろう。
ということで、実食。
クロロックはぺろんと飲んだ。
やっぱり丸呑みじゃないか。
だが、のどごしが変わった事がよく分かったようだ。
「おや! 確かに冷えたきゅうりは、よりつるりとしたのどごしでしたよ! なるほど、これは美味い」
「師匠ののどこしは僕にはよくわかんないんですよね! ですよね!」
イモリ人のパピュータが、カリッと冷やしきゅうりを齧る。
「おおーっ! やや変温動物に近い僕の体を冷やしながら、きゅうりがつるっと体の中に入っていきますよ! ますよ! 乾季の熱さが薄れるようです! です!」
「美味そうな食レポするじゃん」
俺は感心してしまった。
自分の分のきゅうりを、ドクトールで解毒。
これをアイテムボクースから取り出した味噌をつけて、カリッとやった。
おおーっ!
暑い日差しの中を抜けてきたからな。
熱を持った体に、冷えたきゅうりと味噌が染み渡る……!
塩分とカリウムを補給できてしまったな。
完璧じゃないか。
問題は、湯冷ましで冷やす必要があるのでひと手間かかるわけだが。
なに、これは勇者村で共有し、乾季の風物詩としようではないか。
水で冷やすという手法は当然ながら勇者村にも存在していたが、異国の作物であるきゅうりは最近来たばかり。
食べ方については、熱を通すのが基本であった。
あるいは、ぬるい水でざっと洗っていた。
夜を経て冷えた水で冷やし、そいつを齧る。
これは未体験の快感であろう。
ということで。
「ここに、昨夜沸かしてから冷ました水がある。いつもの飲料水とは別に冷ましたやつで、器は金属を使っていたから、夜の涼しさでかなり冷えたぞ」
朝食時に、俺はみんなの前で声を張り上げた。
「ここに人数分のきゅうりをつけてある。キンキンに冷えているから、おのおの手にとって味噌やドレッシングをつけて食うのだ!」
「確かに、金属の器に水を入れておくと冷えるもんな」
フックがふむふむと頷いた。
隣でミーも、
「でも、金属って希少だし、鍋とかにつかっちゃうでしょ? 放置して水を冷やすために使うのは思いつかなかったなあ」
勇者村の水は、土の水瓶で保存していたからな。
これだと一定の温度を保つことができる。
「いたらきます! あーん!!」
おっ、マドカが行った!
味噌をたっぷりつけて、カリッといい音を立てて齧った。
もぐもぐしながら、目を丸くする。
「つべたーい! おいしい!」
マドカの一声で、他のちびっこたちも冷やしきゅうりをもりもり食べ始める。
大人たちも負けてはいられない。
これ、朝食前の軽い前菜くらいの気持ちで出したんだが、配膳係の奥様方まできゅうりを食べてるじゃないか。
乾季の冷やしきゅうり。
仕事を忘れるほどに絶品なのであった。
とりあえず、配膳は俺がやるとしよう……。
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