第432話 帰還の勇者村
途中、ヒノモトの村に立ち寄り、珍しい保存食などを勇者村のスイーツと交換してきた。
甘味は極めて貴重だったらしく、めちゃくちゃに喜ばれた。
丘ヤシを乾燥させたものなんだが、これが乾いたまま齧っても甘いドライフルーツで、水で戻すとジュースみたいになる。
「遥か南の国でしか獲れない果実なのだ……。大切に食べるんだぞ」
村人全員が食べられるくらいを提供した後、大量に保存食をもらって帰還である。
これは基本的に、ヒノモトの北方で作っている漬物と乾物だな。
冬を過ごすための食べ物であろう。
今年は豊作だったんだそうで、余裕を持って保存食を作っていたらしい。
で、冬場はたまにこれを里に売りに行くんだとか。
だが、今年は丘ヤシの乾物をたくさん手に入れられたので、冬はこれを楽しみにしながら凌げそうだという話だった。
さて、ふわりと浮かび上がった岩の塊。
バビュンと飛翔し、あっという間にヒノモトを飛び出す。
そしてぐんぐん進んで、セントラル帝国が見えてきた。
「お漬物美味しいね」
カトリナがポリポリと大根っぽい漬物を食べている。
「お塩だけで漬けてるんでしょう? こんな美味しくなるんだね」
「野菜が持ってる味が凝縮されるんだろうな。あと、なんか塩漬けされてアクとか雑味が塩の方に抜けてくんじゃないか」
俺も一切れ貰って食ってみた。
こりゃあ美味い。
白米が進みそうだ。
「これ、刻んでお肉と混ぜてパンに挟めば……」
おお、小麦食の世界の住人カトリナよ。
この辺り、旨いものを食ったら何に合わせようかっていう発想が、みんな違ってて面白いな。
俺なら米だし、カトリナなら小麦だし、フックとミーならコーリャンだろう。
他、別の穀物を常食する民も勇者村は多い。
アキムの家は豆だったっけ。
みんなそれぞれの主食である穀物を美味しく食べてはいるが、自分たちの畑では主食の穀物を育てたりしているわけである。
なお、この穀物をみんなで手伝って育てたりするので、結構な量が採れる。
それに勇者村だしな。アホみたいに収穫量が増える。
「みんな喜ぶかしらね」
「喜ぶだろう。食って一番の娯楽だし」
今は静かなマドカも、目覚めたら美味しく漬物を食べ始めるに違いない。
「マドカがどんな顔して喜ぶかな? 楽しみだねえ」
「楽しみだな」
ぷうぷうと寝ているマドカの頭をそっと撫でる。
まあ、この子はこれくらいじゃ絶対に起きないが。
それからシーナ。
マドカと並んで、ぷうぷうと寝息をたてている。
寝ていると姉妹はそっくりだな。
マドカほどの健啖家では無い……のか?
フックのうちのギアは、シーナと同い年。
だが明らかにシーナより小さい。
ギアが小柄なのではなく、シーナがでかいな……?
これはおそらく、オーガの血が色濃く出ているためだろう。
マドカは肉体的には俺の血が色濃く、魔法能力も俺のそれを受け継いでいる。
シーナは肉体的にはオーガの血が濃く、角こそ無いが馬力は赤ちゃんのそれではない。
自分の腕くらいの太さの枝を、気合い入れて折ってるのこの間見たしな。
パワーだけなら小学生男子くらいあるんじゃないのか。
そうすると……成長したら、シーナの方がマドカより大きくなるかもな。
うーむ、楽しみである。
「ショート、何をニコニコしてるの?」
「ああ。マドカよりもシーナは大きくなるかもと思ってな。だけど、マドカの方が食う量は多いかもなって」
「ありそう!」
二人で顔を見合わせて笑った。
子どもが育っていくのは楽しい。
食は最大の娯楽だと言ったが、なかなかどうして。こちらも凄い娯楽だぞ。
さて、マトメテバビュンの魔法で空を飛ぶが、こいつは無理をしないくらいの速度なんで、おおよそ勇者村まで数時間。
俺たちも軽く一眠りしよう……という話になったのだった。
案外疲れていたらしく、目を閉じて……「おとたん!」と言う声とともに額をペチンとされて目覚めた。
「おう、マドカ。おはよう」
「おはようー。おとたん、つくよー!」
「ほんとか」
起き上がってみたら、確かにハジメーノ王国に近い辺りだった。
通り過ぎても別に問題はないが、時間をロスしないに越したことはない。
「よーし、ゆっくりとブレーキ」
「ぶれーき!」
「うえー!」
「シーナまで起きてきたのか」
ちびっこ姉妹が俺がブレーキをとるポーズを真似ている。
可愛い。
だがお前たちもすぐに、同じことが出来るようになるかもなあ。
楽しみである。
お父さんはいつでも英才教育するからな……!
一緒に空を飛ぼうな!
ニコニコしていたら、着地をミスった。
勇者村の裏山に突き刺さる岩盤。
衝撃はツアーッ!と相殺しておいた。
「うわー」
まだ寝ていたカトリナが、ゴロゴロ転げ落ちていった。
「おかたーん!」
「んまー!」
「二人とも大丈夫だぞ。カトリナはむちゃくちゃ頑丈なんだ。ちっちゃいけどオーガだからな……」
すぐに、岩盤をよじ登ってくるカトリナである。
「うひゃー、びっくりしちゃったよ。でも、すっごく暖かくなって、お日様も眩しくて……到着したねえ、勇者村! 旅行、楽しかったー!」
「そう言ってもらって何より……おっと」
マドカとシーナが、猛烈な勢いでカトリナの懐に飛び込んでいった。
これをバシーンと見事に受け止めるカトリナ。
このパワー、さすがはうちの奥さんである。
「それじゃあ、岩盤はちょいと着地させるからな。今度は失敗しないぞ。それっ」
念動魔法でふわっと浮かべて、一切の衝撃もなく平行に着陸。
ちょうど炭焼小屋の裏だったらしく、覗きに来たドワーフのガンロックスが、目を丸くしているのだ。
「村長、ずいぶん派手なお帰りだったなあ! どうだった、ご旅行はよ」
「おう、最高だったぜ」
「そいつは何よりだ。土産、期待してるぜ」
まずはお漬物、ガンロックスにおすそ分けすることになりそうである。
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